凡人と袁家の面々
章の終わりは初期メンバーと。
「あら二郎さん、いらっしゃい」
遠慮というものをまったくせず、食事を堪能した蒲公英。いや、割と楽しい時間だったんだけどね?
活発系美少女との夕食……ご褒美であると断じて何か不都合があるだろうか、いやない(反語)。
それはともかく、彼女を送り出してから俺が向かったのは麗羽様のとこである。
「あ、アニキだー」
「こんばんわ」
「おう、猪々子と斗詩もいたのか。今日もお疲れな」
どうやら宴席という名のお仕事を終えて女子会まっただ中だったようである。お邪魔したのかもしれない。だが俺は謝らない。
昔は三人まとめて文字通り手玉に取ってたものだが、最近は三人揃うと俺の方があしらわれている気がする。
女子が三人揃ったら姦しいんだっけか。だったら仕方ないね。
「で、どうなさいましたの?」
「いや、ちょっと今後のことをご相談に来まして」
んー、と思いながらもとりあえずの用件を伝えると不思議そうに問われる。
「今後……ですか?とりあえあず一度南皮に戻るのでしょう?」
「で、姫が袁家を正式に継ぐ式典なんやらをして領内が安定したら洛陽に出仕するんだよなー」
おおう、猪々子にしては珍しくきちんと把握している。えらいえらい。
「うん、そうなんだけど、ちょっと事情が変わってな。先行して洛陽に人を派遣して袁家の窓口とすることになる」
まあね、多少はね。譲らんといかんのですよ。
「それは構いませんけど、どなたを派遣しますの?」
不思議そうな麗羽様に応える。そして、斗詩を見る。実際彼女しかいないのだ。
「斗詩、頼むよ。つか、頼んだ」
「え?わ、私ですか?」
茶を淹れてくれていた斗詩が慌てた風に声を上げる。
「うん、他に人がいない。頼むわ」
そして、ある程度自分の判断で動いてもらうことになるのだ。
十常侍や李儒だってちょっかいかけてくるだろうし、な。
比較対象である猪々子の評価が悪いということではない。立場と適正の総合的な判断である。
「えと、です。二郎さまが私を推してくださったのです。全力で頑張ります。
頑張りますけど。わ、私で、大丈夫でしょうか……?」
「斗詩なら大丈夫だって。一応実務の補助に顧雍を付ける。よく相談してくれ」
江南もずいぶん治まってきたし、虞翻一人でなんとかなるだろう。
しかし、随分と人材が手薄になってきたなあ。
これは本腰入れて在野武将をスカウトせんといかんかもわからんね。アテはないけど。
「わ、分かりました。うう、不安だなあ」
「斗詩なら大丈夫だって!アタイが保証する!」
なんの根拠もなく勢いだけで言ってるよねこの子。
そんなこんなでお仕事の話はさくっと切り上げ、きゃいのきゃいのと女子会に巻き込まれてしまったのだった。
いや、いつものことではあったのだけれども。
◆◆◆
さて、あれよあれよという間に洛陽を去る日がやってきた。
流琉が引いてきた烈風に跨ろうとすると、ぐい、と服の裾を掴まれた。
振り返るとどことなく不機嫌そうな美羽様である。
「あの、美羽様、どしたんですか」
「それは妾の台詞じゃ。
どうして馬に跨ろうとしておる」
「いや、烈風は俺の馬ですからねえ」
「ならん、ならんぞ。
二郎は妾と一緒に馬車に乗るのじゃ。
二郎はな。目を離すとすぐどこぞへ行ってしまうからのう」
人を糸の切れた凧のような扱いにして……。
って確かに俺の動きってそんな感じだなと思いました。だが俺は反省しない(二度目)。
ですが、美羽様の冷静で的確なご指摘は至極真っ当なものでありまする。
「はあ、分かりました」
故に烈風とは暫しの別れである。
流琉に烈風を預けて馬車に乗り込むのは袁家御用達の豪奢な馬車だ。無駄に思えるほどに装飾兼装甲が施されているのが俺にすらわかる。
そしてそこには先客の姿が。
「いらっしゃいませー」
張家次期当主の七乃である。
せやな、お前はいるよな。むしろいない方が怖いわ!
「七乃の言った通りじゃったぞ。二郎め。さっさと馬に跨ろうとしておったわ」
「やっぱりですねえ。駄目ですよ二郎さん、美羽さまとご一緒しないと」
まあ、行きは好き勝手しちゃったしな。ここはおとなしく馬車の旅を楽しむとしようそうしよう。
◆◆◆
「で、妾は太守として如南に行くのかや?」
「いえ、それはまだ先でしょうね」
「ほぅ?」
不思議そうにする美羽様に説明をする。
「まあ、確かに印綬も授かったわけなので美羽様は如南の太守なわけですが。
流石にすぐに赴任してもお仕事とかわかんないでしょ?」
「そうじゃな。まるでわからんぞ」
そらそうよ。
「というか仕事以前にまだまだお勉強しないといけないことがたくさんありますしね」
「むむむ」
むむむと唸っているが美羽様の就学態度は実に理想的なものである。優等生そのものである。
いや、ご立派すぎて俺が何か口出しする必要がないくらいである。
「ですから当分は代官を派遣します。
そしてお仕事ができそうな感じになってきたら先に洛陽に出仕して頂きます」
「なんじゃ如南には行かんのか」
「そうですねえ。洛陽での目的を果たしたらすぐにでも如南に向かいます」
「洛陽での目的、かや?」
可愛く小首をかしげる美羽様。ベリーキュート。
「ええ、十常侍の排除です」
「おお、なるほどじゃな」
「でもそれだと相当時間かかりませんか?」
ここで口を挟んだ七乃の問い。本気でやるのか、という問いかけでもある。
「いや、そんなに時間をかけるつもりはない。
別に宦官全部を殲滅するわけじゃないからな。
そのために曹操を推挙するんだし」
宦官殲滅ではないと主張する俺なのである。
「そう上手くいきますかねー?」
「なんとかなるんじゃね?」
ぶっちゃけ最悪武力行使をすればいいと思ってるし。
「では、如南は誰に任せるんです?」
「袁胤と許攸だな」
「おやおや。
……それはまた大胆ですねー」
ぶっちゃけ袁家の非主流派、不満分子の首魁である。
「煮えたぎってるとこを如南に押し込める。
南皮での争乱は避けたい」
「では如南で暴発させればいいですか?」
くすり、と笑みを深める七乃である。いやあ、笑みの嫣然さが怖いよ。
「や、まだ早いな。
お掃除は十常侍の始末をしてからだ」
「生かさず殺さず、ってとこでいいですかー?」
いや、そこまでは考えていなかったというのが実際なのです。
「塩梅は任せる。頼りにしてるぞ?」
「任されましたー」
ふむ、と思索にふけろうとする俺の膝に美羽様がよいしょとばかりに昇ってくる。
「話は終わったかや?」
「や、美羽様をほったらかしにしちゃいましたか」
「構わぬ。妾のために謀ってくれていることくらいは分かるのじゃ」
「美羽様はお利口さんですねえ。えらいえらい」
わしゃわしゃと頭を撫でてやると目を細めて嬉しそうな顔をする。
「じゃが、もういいのじゃろ?三人でしりとりをするのじゃ。
妾、二郎、七乃の順番じゃ。いくぞ、らくよう!」
「う、優曇華」
「げ?げじげじ」
「じ……じゃと……?むむむ。じ、か。なんぞないかのう。じ、じ、じー!」
唸る美羽様を愛でながら思うのだ。この平穏、守らなきゃ、と。
暗闘編最終回でございまする。




