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凡人と英雄譚

或いは少年漫画的な。

「突撃!袁家の晩御飯!」


ま た お ま え か


つまり蒲公英の襲撃を受けたわけである。

うん。うん?


「洛陽最後の夜じゃない?せっかくだから最後に美味しいもの食べとこうと思ってー」

袁家うちはそこいらの定食屋じゃねえぞ」

「たんぽぽお小遣い残ってないしー。

 どこの定食屋さんよりもおいしいの確実だしー」


 まあ、道理ではあるとも。うむ。いっそ清々しいやね。

 俺は流琉に料理の追加を命じ、蒲公英に問いかける。


「明日発つんだろ?準備はいいのか?」

「うん、どうせ荷物なんて身一つ。どれだけ水物を持ち込めるかだしね。

 細々とした身の回りのものは後で送ってもらうし」


 なんと。そら強行軍だ。


「……そんなに急ぐのか」

「急ぐのは叔父様とたんぽぽだけだよー?

 たぶん替え馬を用意して昼夜兼行すると思うなー。

 そうなると叔父様に着いていけるのたんぽぽくらいだしー」


 叔父様についていくのって正直しんどいんだけどねーと笑う蒲公英。馬上で寝ながらも進軍とかなにこの……なに?

 ええと。……なるほど。洛陽に来ている手勢はそもそも多くないから将だけが先行するわけか。

 きっちり戦力として計算されているところを見ると、やはりこの少女只者ではないのだろう。


「ん?なにたんぽぽの顔を見つめてるの?」

「いや、お気楽そうに見えても将なんだなー、と思って」

「んー、正直たんぽぽの柄じゃないと思うんだけどねー」


 向いてないもの、と。

 きゃらきゃらと笑うたんぽぽにふとした疑問をぶつけてみる。


「そういや、馬騰殿はえらく俺を買ってくれてるみたいだけどなんで?」

「ほえ?」


 前菜をすっとばしてメインディッシュたる肉にがっつき始めていた蒲公英が素っ頓狂な声を上げる。


「いや、初対面の時からえらい好意的でさ。正直戸惑ってんだよ。

 実際、あれほどの方に高く評価されてるのは嬉しいんだけんどもね」


 もっきゅもっきゅと料理を咀嚼し、飲み込み、蒲公英が応える。なお手には新たな料理。また肉かい。


「んとねー、叔父様って真面目じゃない?」

「そうだなあ。真面目というか、堅物というか、武人というか」

「でねー、結構本気で漢朝の行く末とかを憂いてるの」


 言外に自分はそうでもないというニュアンスを纏わせながら蒲公英が言葉を続ける。

 おい。


「でね、洛陽って名門の士大夫とか、地位のある人っているじゃない?

 そういう人達を説得して回ったの。

 でもね、だーれも応えてくれなかったの。誰も、だよ?

 叔父様の落ち込みっぷりはひどかったなあ。

 それでも諦めずに奔走されてたのには頭が下がったなあ」


 どこか遠い目をする蒲公英。


「そんな時なんだよね、二郎さまが洛陽に来たのは。

 そしたら名門袁家も打倒十常侍に協力するって言うじゃない?

 久しぶりだったなー、叔父様が笑うのを見たのは」

「な、なるほど」


 袁家は袁家の都合で動いただけなんだけど……。それを言うのは野暮ってもんだろな。


「袁家が立ってからは協力してくれる人もすっごく増えたしね。

 更に売官?ってのも二郎さま主導で潰したんでしょ?

 正直、絶望的だと思ってたのがころっと引っくり返っちゃったの。

 だから叔父様は本気で感謝してると思うよ?

 もちろん二郎さまを見て気に入ったってのもあると思うけど」


 ……なんだか過大評価されてるというか微妙に思惑がずれているというか。

 などと思いつつ、この際とばかりに最大の疑問をぶつけてみる。


「そういや馬騰殿と何進大将軍って何で仲がいいの?

 正直理解に苦しむんだけど」


 あんな経済ヤクザと由緒正しい立派な武人が組んでるとかありえん。


「んとねー、叔父様って一度漢朝に弓を引いたでしょ?」


 汁物をすすり、肉にかぶりつきながら蒲公英は続ける。……やだこの子肉食系女子?


「おう、詳細は知らんが」

「きっかけはささいなことだったのね。

 ほら、官吏の搾取ってひどいじゃない?涼州でもそれは一緒でね。

 州牧の叔父様のとこにも民からの陳情が相次いでたの。

 それでまあ、その官吏たちを呼び出して査問するんだけど、のらりくらりとかわされてね。

 どう見ても黒なんだけど証拠とかが集まらなくてねえ。

 それに気をよくしたのか、まったく反省の様子もなくってさ。

 その、切れた叔父様がこう……」


 首に手刀を当てるしぐさをする。


「おい。まさか」

「うん、ばっさりとやっちゃったの」

「まずいだろそれは」


 いかんでしょ。……いかんでしょ。


「うん、結構偉い人をやっちゃったからねえ。

 それで覚悟を決めちゃって、どうせ逆賊となるならば、と兵を挙げたの」


 なんということでしょう。


「別に叔父様は漢朝に背くつもりもなかったんだけど、実情を宮中に伝えたかったみたい。

 それでもののついでに大掃除をしようということになってね。

 道すがらに、ね。所業の悪い官吏を刈り取っていったの。

 そしたらあれよあれよという間に兵が増えるわ城邑も民が門を開くわの快進撃」

「……それはすげえな」


 涼州で馬家への声望が異常に高いわけである。


「とうとう長安近くまで進んじゃってねえ。で、討伐軍が到着してたんだけど、それを率いていたのが何進さんだったのよね」


 それ、かなり深刻な事態です。いやほんと。どっちの意味でも。


「大将軍自ら出るのかよ」

「下手に軍勢を出して裏切られるよりは……ってことじゃない?

 それにしたって背中を気にしながら戦うってやだよねー。たんぽぽなら逃げ出しちゃう」


 俺だってやだよ。逃げるかは置いといて。


「まあ、それでいざぶつかり合うって時にね、何進さんから申し入れがあったの」

「ほう」

「このまま相討ってもいたずらに兵を喪うのみって。

 ならば総大将同士の一騎打ちにて決着を着けん……だったかな」

「なんとまあ」


 暑苦しいというか、ロマンチックというか。ぶっちゃけありえなくね?

 いや、おかしいだろ!軍のトップ同士が一騎打ちとか!


「叔父様も本懐である、とか言っちゃってね。

 翌日の払暁から始まっちゃったのよ、一騎打ちが」

「やっちゃったんだ」


 え、ガチでやったのか。ガチなのか。ガチなんだろうなあ、馬騰さんの性格として。

 それに何進が付き合うのが意外なんだが。


「うん。すごかったよー。たんぽぽ何が起こってるかよくわかんなかったもん。

 んでお昼になっても決着がつかなくてね。叔父様の馬が潰れちゃったのね」

「万事休す、だな」


 まあ、何進のことだろうから馬の餌に毒でも盛ったのだろうと思ったり。でもそれは多分不可能犯罪だなと思いなおす。


「そう。でも何進さんはおもむろに馬から降りちゃってね。いったん休憩を挟もうって。

 で、今度は二人とも馬から下りて続きを始めたんだけど……。

 今度も決着がつかなかったの。互いに手傷は負わせてはいたんだけどね。

 ほら、何進さんの顔に傷跡あるじゃない?あれ叔父様が付けた傷なのね」

「壮絶すぎだろがよ……」


 待って。それ待って。それってガチで英雄譚レベルの逸話やで?

 いや、それがあったから漢朝が治まってるのか……?


「で、日没を迎えちゃってね。どちらからともなく矛を収めたのね」

「ま、まさか一日矛を交えて分かり合っちゃったとかじゃないだろうな」


 そんな少年漫画みたいなことがあってたまるか。


「すごーい!よく分かったね!やっぱ叔父様が見込むだけのことはあるなあ。

 正直たんぽぽには理解できないよ」


 俺にも分からん。実際分からん。


「それでまあ、叔父様は無罪放免。以来二人はいつの間にか義兄弟。

 たんぽぽわけわかんなーい」


 俺はもっとわけわかんないよ!そんなん普通できひんやん!


「ま、まあ馬騰さんを敵にするよりは味方に抱きこんだ方がいいってことなんだろうけど、過程がなあ」


 世の中には不思議なことがたくさんあるよ。どういうことだ京極堂!オラァ!


「そういうわけで、お二人は仲がいいの。

 あ、杏仁豆腐おかわりしていい?」

「……好きなだけ食ってくれ」


 わーいと歓声を上げる蒲公英を見ながら嘆息する。

 なんだかなあ……。


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