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凡人の根回し

「それでは一度領内に戻られる、と?」

「おう、一度きっちり領内をまとめとかんとな。

 しばらくしてから改めて出仕するさ」


 これからの袁家と何進一派の動きの打ち合わせを王允としている。

 ここで決まったことが割とそのまま袁家と何進のこれからの動きを決めると言ってもいい。

 つっても、こっちの言い分を概ね丸のみしてもらってる感じで割と拍子抜けである。

 ……まあ、袁家と組むというのはそれだけ何進にとっても価値のあることなのだろう。

 間違っても俺の交渉力が高いとかいう話ではない。背負っている後光の違いである。ぴかり。


「それでは袁家の協力を疑う者も出てくると思いますが」

「旗色を鮮明にしたし結構士大夫層も動いたと思うけど?」

「今は袁家が洛陽に逗留されてますからね。ですがその影響も去れば薄くなるかと」


 ふむ。

 確かにそうかもしれないなあ。


「おし、落ち着いたら人を先行させる」

「それなりの方でないと意味ありませんよ?」

「分かってる。袁家の窓口として士大夫の相手もせんといかんからな」


 何進とか皇甫嵩とかの相手をせんといかんとなるとずいぶんと限られてくるが、まあ致し方なし。

 軽く思案し、頷く。


「ではお願いしますね」

「おうよ、んで、出仕したら……分かってるな?」

「ええ、袁紹様には太尉の地位をお約束いたします」


 三公のうち軍事を司る地位である。

 これであれば万が一黄巾の乱みたいな大規模反乱があっても袁家がイニシアチブをとれる。

 更に、内向きにはそれほど介入しないという意思表示でもある。外敵である匈奴の動きがおとなしい今、三公のうち最も名誉職に近かったりする。

 袁家は洛陽の権力争いで何進に協力するがけして矢面に立つ気はないのである。あくまで北方で匈奴に備えるのが本分。この姿勢は貫く。


「それと……曹操に適当な官位を見繕ってやれ」


 王允の顔が僅かに歪む。ふむ。


「名門袁家が宦官の孫を推挙する、と?」


 聞かれたならば、答えてやるのが世の情けという奴だろうよ。


「おうよ。どうせ宦官との争いは数年じゃきかんだろ。 

 それに勘違いすんなよ、敵は十常侍であって宦官じゃあない」

「同じでは?」

「違う、な。

 ああ。全然違うぜ?」


 宦官とて一枚岩ではない。こちら以上に。

 ただ、敵が大将軍という圧倒的な勢力であるから十常侍の下で団結しているだけである。

 そこに楔を打ち込むのだ。


「あの曹操が十常侍ごときに遅れを取るかよ。

 見てなって。宦官勢力をきっとまとめ上げるぜ?」

「そのような傑物が宦官勢力をまとめると非常に厄介と思うのですが」


 ぎろ、と王允を一瞥しながら俺は言い放つ。


「勘違いしているようだな?

 袁家の目的は権力にあらず。漢朝の再生こそがその本懐だ。

 ……既に一番の懸念である売官制度は崩壊した。させた。

 汚濁の根源たる十常侍の排除こそがその目的だぞ」


 十常侍には個人的に含むところもある。だからこいつらだけは排除する。それくらいはさせてもらうし、そうする。

 まあ、そのあとは何進と曹操による楽しい陰謀劇の始まりだろう。

 ……だが、民にとっては宮中の陰謀などどうでもいいものだ。粛清が相次いだ則天武后の治世において民の反乱がほぼなかったことを考えればいい。

 好きにすればいいのさ。そして袁家はキャスティングボードを握りつつ静観させてもらう。

 そうなれば俺ものんびり隠居できるだろう。


 何進と曹操。

 どちらが権力を手にしても十常侍よりひどくなることなどありえんさ。

 名宰相として歴史に名を刻むのじゃないかな?


 王允は黙り込み、こちらを窺う。俺の思惑をどれだけ読んだかは知らん。

 そう。

 別に何進政権にひれ伏すためにここにいるのではないのだ。

 ただまあ、危険視されても粛清されないだけの戦力、勢力は保たないといけない。

 それと、中央から退いてもこっちを潜在的な政敵と思わないようにあからさまな政敵も作ってやる、と。

 何進も曹操も殺しても死なないような奴らだ。

 俺が寿命をまっとうするまできっと仲良く喧嘩するに違いない。いやむしろしてくれ。

 いやいや、するように頑張ろう。頑張れ。仲良く喧嘩しといてくれ。


「まあ、敵の敵は味方と考えるこったね」

「……」


 物言いたげな目つきで俺を見てくるが知らん。

 ぶっちゃけ漢王朝とか俺はどうでもよかったりする。

 ただ、破壊からの再生とかめんどいだけである。既存のシステムが上手く回ってるんだからそれでいいじゃないか。上手く回るのならそれでいいじゃん。

 どうせ王朝が変わっても社会システムが変わるわけじゃなし。

 大概のものは壊すのは簡単だけど作るのは大変なものだ。社会を変えたいとか言うなら地道に既存の制度で権力を握ってちまちまやってくしかないのだ。

 俺にはできないけどねー。

 変革はいいことだけど、それを目的にするとロクなことにならんっちゅうのは歴史が証明しているのさ。


 そういえば、王允といえば……。

 黙り込んでいる彼女に――これまた妙齢の美人である――純粋な好奇心で聞いてみる。


「そういや王允の手元に絶世の美女という貂蝉って人がいると聞いたんだけど、どうなの?」


 日本で一番有名なハニートラップの使い手じゃあなかろうか。

 二番目には話しかけるだけで相手が寝返る天馬に乗ったシー○さんを推したい。手ごわいシミュレーション。


「……ええと。あの。当家にそのような人物はおりませんのですが……?」

「あ、そうなの。なんかどっかと勘違いしたのかなあ」

「きっとそうでしょうね」


 ふむ、残念。

 しかしまだいないのかそもそもいないのかも分からん。

 魏や呉の有能な人物が袁家で働いてるしなあ。中途半端に予備知識があると逆に色々足を掬われかねんなあ。

 とは言え、別に自重するつもりは全くないけどな!俺に自重させたら大したもんっすよ。


 そんなことを思いながらその場を辞する。

 あー、やること一杯あんなあ、とか思いながら。


 この時はまだまだ平穏だったのよなあと、後になって思い返すことになんてならないといいなあとか思いながら。


◆◆◆


「なるほど、袁紹殿は太尉となられるのか」

「ええ、まあ領内を安んじてからではありますが

 優先順位はそっちなんで」

「道理だな。匈奴への備えこそ我ら武家の本分であるとも」


 深く頷く馬騰さん。

 いや、そこまで感じ入られるほどのことを言ってるつもりもないんだけども。


「そしていささか耳が痛くもあるな。

 翠に軍をまとめる経験を積ませるというつもりでもあったのだがな」

「涼州が、何か?」

「うむ、匈奴よりも周辺の豪族が蠢動し始めたらしい。

 まったく、忌々しいことよ」


 なるほど、韓遂やらが動き出したのかな。アレって生涯叛乱って困ったチャンだし。

 や、それと義兄弟という馬騰さんについてもわけわからんが。


「なれば我らも一度涼州に戻る必要がある。

 中々洛陽を去るわけにもいかなかったが、袁家のおかげで同志たる者が増えた。

 獅子身中の虫を潰す時間くらいはあるだろう」

「それでは?」

「うむ、明日にでも発つ」

「そりゃ急なことで」

「先んずれば人を制す。……拙速であろうとも鶏口牛後だ。覚えておきたまえ」


 ありふれた言葉ではあるのだが、この人が言うと重みが違うなあ。だってこの人漢朝に喧嘩売ったんだぜ?


「ご教授ありがたく」

「はは、そうしゃちほこばるものではない。

 いかんな、年を食うと説教臭くなってしまうものだな」


 からからと笑う馬騰さん。マジ好漢である。

 そんな俺たちに慌てたような声がかけられる。


「えー、叔父様ほんとに明日発っちゃうの?

 たんぽぽまだちょっと準備ができてないんだけどー」

「準備など無用。身一つでついてくればよかろう」

「え。いやそうじゃなくてー。もうちょっと洛陽で色々学びたいなーとか思ったりするんだけども」

「いかんな蒲公英、優先順位を間違えてはいかん。そもそもだな……」

「あ、わ、分かりました!たんぽぽこれから準備に取り掛かります!」


 説教が始まるかと思ったら慌ててその場を立ち去る。

 なかなかに微笑ましい。

 軽く苦笑しながら馬騰さんは俺に向かう。


「機会があれば涼州に来るといい。歓迎しよう。

 大したもてなしはできんがね」

「いえ、ありがたく。 必ず伺います」


 がっちりと握手をして、再会を誓う。


 ……手、痛い。骨が軋んだ。

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