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地味様の努力

地味様のお話です。

「ああああ!これじゃいつまでたっても仕事が終わらないー!」


 太守、という地位。その権限は多岐にわたり、格式も高い。皇族がその地位に就くと王や公と呼ばれることになるくらいに。そして当然業務も責務も重く、大きい。まだ引き継ぎ段階なのにもう処理能力が追い付かない、と公孫賛は頭を抱える。

 そして天を仰いで嘆く。これでもそれなりに事務仕事には自信があったんだけどなあ、と。

 ぐったりとした様子を隠そうともせず身体を卓に預ける。

 そして彼女にかけられるのは極めて平坦な声である。


「慣れない業務内容。習熟するまで時間がかかるのは当然のこと。

 ただし貴女はすべて自分でやろうとしすぎている。

 それでは処理が追いつかないのも無理からぬこと」


 声の主は韓浩。袁家より派遣されてきた軍官僚である。

 これでも一応慰めてくれているのだ、多分。

 公孫賛はそう思う、思いたい。思わないとやってられないじゃないか、と。


「組織の上に立つ者は仕事を部下に割り振るのとその評価をするのが仕事。

 一々自分の手で決済をするというのはありえない」


 韓浩の口から紡ぎ出されるのは正論である。いや、正論なのだ。正論なのだが。


「そりゃそうだろうけどさあ、私の部下は戦場働きはともかくとしてさ。

 あまりこういうのに向いてないんだよなー。

 それに一応目を通しておかないと、どこで何が起こっているか分からないじゃないか

 そりゃあさ、どんな業務があって部下がどういうことができるかってのが分かってたら別だけどさ。

 せめて業務内容くらいは把握しとかないとなあ、って思うんだよ」


 反駁しながらもどこか嬉しく。


「正論ではあるがお勧めしない。ひと月も経たずに……お手上げ状態になるのが予見される。

 それは実際確定的に明らか」

「あ、相変わらず歯に衣を着せないんだな……」


 実際の話、もう少しは……多少は遠慮した表現をするべきなのではないだろうかと思う。思うのだが。公孫賛は韓浩のその言い様に頬が緩まるのを感じる。


「無意味な修飾が欲しいのであれば、はっきりと言うべき。ただ、私は応えることはできないが。

 気に食わないのであれば遠慮は害となると思う。

 首脳陣の方針。その齟齬は百害あって一利なし」

「いや、そういう意味じゃないんだ。感謝してるんだぞ?」


 淡々と言い募る韓浩に、公孫賛は慌てて。


「韓浩の直言には、感謝してるんだよ。本当に、な」


 公孫賛の心からの思い、である。

 太守、という重責。紀霊が送ってくれた韓浩と魯粛がいなければ右も左も分からなかったろう。

 というか、正式な任命前に引き継ぎしてくれるとか普通はありえない。それを公孫賛は理解している。 そして、だ。

 冷静で的確な言は耳に痛く響く。だが、それは求めても得られなかったものであるのだ。渇望していたものであるのだ。

 だから、多少の――公孫賛基準で――問題発言は受け流すのだ。


「貴女がそういった皮肉を言うことはないというのは理解している。

 ただ、もうちょっと肩の力を抜くことをお勧めする」

「んー、そんなに力んでるかな」

「自分の状況を客観的に分析できないのはよくあること。気にする必要はない」


 再び手元の資料に目を落とす韓浩を公孫賛は複雑な思いで見る。

 ……最初はとっつきにくいなーとか思っていたのだ。だが、慣れたらそうでもない。

 そして、紀家の軍官僚と聞いたが、軍事以外のことも熟知している。これが名家の強みかと思う。人材の分厚さがとんでもない。


 まあ、下手の考え休むに似たり、である。ならば休むにあたって問題はなかろう、と。

 このあたりの割り切りは実戦指揮官としての有能さに通ずるのだ。少なくとも韓浩はそう判断するであろう。


「一息入れるかー。

 韓浩もお茶、飲むかー?」

「ご相伴に預かる」

「ん、茶菓子はいつも通り多めな」

「……期待している」


 表情を変えずに応える韓浩の、その無表情さの中に浮き浮きしたようなものを感じて。

 くすり、と。

 それくらいには打ち解けてきたのである。分かってきたのである。


「しかし、手が足りないというのはどうにかしないとなあ」


 胸中に独白する。


「昔の知り合いにでも声をかけてみるか。

 正式に太守になったらきっと応じてくれる……と思うんだけどな……」


 なお、その希望的観測は粉々に打ち砕かれることになる。

 それはもう。盛大に。


 旧知の応募者が皆無という結果に公孫賛が本気で落ち込むのはまだ先のことである。

地味様がハイパー地味様にクラスチェンジするかもしれない。

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