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絡新婦との寝物語

 ……麗羽様の室を辞して美羽様の室に向かう。

 ちっちゃくて、わがままで、可愛い。俺のご主人様だ。

 最大の難関でもあるのだが……。

 七乃はたぶん援護とかしてくんないだろうしなあ。


 軽くため息を吐きつつ美羽様の逗留する部屋に立ち入る。

 何やら七乃と話していたっぽい美羽様がこちらを見る。

 戻りました、と口を開く間もあらばこそ。


「じろー!」


 俺に飛びついてくる美羽様。


「おかえりなのじゃー」


 どこかふわふわとした口調で出迎えてくれる。


「はい。二郎です。ただいま戻りました」

「うむ、ご苦労だったのじゃ」


 そう言うと、緩やかに動きを静かにしていき……俺の腕の中で安らかに寝息を立て始めた。

 くー、くー、と健やかな寝息を立てる美羽様を抱えつつ、七乃を見る。

 いつも通りにこり、と真意の見えない笑みで応えてくれる。


「あらー、やっぱり寝ちゃったかー。美羽様おねむだったからなー。

 二郎さんの来るのがもうちょっと早かったらなー」


 そう言いながら美羽様を受け取り、お布団に寝かしつける。


「ずいぶん頑張ってたんですよー?

 二郎さんが来るまで起きてるっておっしゃって」


 ぷりぷりと怒った口調でにこにこする。ほんとうに七乃の真意は読めない。

 いや、俺に洞察力とかそんなものはないから仕方ないけどね。


「そうか、そりゃ悪いことしたかなあ。

 つか、おねむにもちょっと早くないか?」

「色々ありましたからねえ。お疲れだったみたいですよ?

 ね?二郎さん?」

「そりゃ悪かったよ。だがまあ、事情の説明は明日に持ち越しかー」


 さくっと今日中に済ませときたかったんだがなあ。


「あー、馬家との一件ですか?それなら私がきっちり美羽様にお伝えしときましたから大丈夫ですよ?」


 マジか。


「なんと。どうやったのさ」


 麗羽様以上にこじれると思ってたんだが。


「ああ、美羽様可愛かったなあ。『二郎はどっかに行ってしまうのかや?』とそりゃもう不安に揺れる儚げな双眸。

 あれは一生に一度見れるかどうかの愛らしさでしたねえ。眼福とはこのことと思いましたよー」

「おい」

「黙って聞いてください、いいところなんですから。

 そして私がなんと答えたと思います?」


 知らんがな。


「いや、普通に分かんねえから」

「相変わらず愚鈍ですねえ。まあいいでしょう。その時私は儚く縋り付く美羽様にこう言ったんです。

 『二郎さんは誰かを拾ってくることはあっても、お持ち帰りされることはありませんよー』

 ってね」

「おい」

「そしたら美羽様も『なるほど、その通りじゃな!』とご安心されたんですよねー。

 いやー、信頼されてますねえ、

 よ、このスケコマシ!憎いぞー!」

「か、欠片も褒められた気がしねえ」

「そりゃそうですよー。べつに誉めてませんしー」


 がくり、と項垂れる俺に七乃が追撃してくる。

 だがまあ、これは感謝しとくべきところなんだろうなあ……。


「ま、まあ美羽様の御心を安んじてくれてありがとう、と言っておく」

「はいはーい、承りましたー。

 でもでもー、少しは自重してくれてもいいかもですけどねー」


 にこり、と笑いかける七乃の笑みの剣呑なこと。

 でも今回俺は悪くないと思うんだけどなあ。

 うん、別に悪くない。……悪くなくない?


「こっちも色々大変だったんですからね。少しは私も労わってほしいものですねえ」


 だがしかし。七乃が大変だったというのだ。それは本当に大変だったのだろう。

 普段は愚痴も不満も嫌味すらなく俺を支えてくれている――多分――七乃である。

 いや、あれこれ言ってくるそれは軽口の体で割と色んな示唆があったりするので俺の中では諫言である。

 そんな七乃が、「これはクレームですよ」的なことを言うのだ。それは拝聴すべきことである。それもじっくりとな。

 なにせ七乃が真意を語ることはめったにないのだからして。


「わーったわーった。今度メシでも奢るから勘弁してくれ」


 実際ね。神様仏様七乃様、である。今回はマジで助かったし迷惑もかけたろう。

 美味しいとこをさ。ご馳走くらいはせんといかんだろうよ。


「ふふ、誤魔化されてあげますよ?」


 俺の思惑を色々見抜いてそうな、とても深い笑みで七乃が囁く。

 いやね。ほんと、腹芸とかしても敵わないのは知ってるからさ。

 俺はいつだって無条件降伏なのだよ?


 言っても仕方ないから、ため息は深まる。俺だってたまには愚痴っぽくなるのである。愚痴るときもあるさ。

 そんな思いを誤魔化すように強引に抱き寄せた七乃が、抵抗しないのが意外だった。


 そう。くすり、と。笑みを一つだけ。


 その笑みは蠱惑的で、どこか儚く。

 確かめようとする俺を、無粋だとばかりにその笑みは瞬時に散華し。


「まーた余計なこと考えてますね?

 よ、この鈍感!一度痛い目に合ったらいいと思うぞ!


 でも美羽様が悲しむだろうから今のは。

 ……なしかなあ。


 よ、この……人たらし!愛しちゃうぞー」


 こ、こわっ!


◆◆◆


 気付けば美羽様の寝息と虫の音のみが響く。


 そう言えば……七乃の寝顔を見たことがないな、ということに……今、気付いた。

 そして、何かを思いついたはずなのだが、俺の思考は睡魔に沈む。

 くすり、と。常ならば剣呑に響くその声音すら……子守歌にして。


「割と本当に困ってるんだけどなあ……」


 はは、七乃が困るとかないって。

 結論は出てるだろ、と。


「だから困ってるんだよなあ。この……ほんと。馬鹿……」


 虫の音に紛れて、なんか。聞こえたかな……。


 まあ、七乃がなんか本音とか漏らすはずもないから夢に違いないなと確信する俺なのであった。

 明日のためにも寝るなのだぜ。


 うむ。 


 いつもより安眠できたし、やはりあれは夢だったのだなあと確信する俺なのである。

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