魔都からの出迎え
さて、洛陽にもうすぐ到着の袁家ご一行である。
うん、途中野盗が襲撃してきたり美羽様が拗ねたり甘えてきたりそれを七乃がうっとりしながら見つめてたり。
麗羽様が幽鬼を見たり斗詩が食あたりをおこしたり猪々子の馬が逃げ出したり。
あ、流琉はずっと一生懸命働いてたな。
以上、それなりに色々あったのよ。
ちなみにラッキースケベはなかった。なかった。そして。
「また来ちゃったか、この魔都に」
伏魔殿には近づかないようにしようと誓った俺なのに、である。ああ、やだやだ。
現実と戦うために気力を溜めてた俺に猪々子が声をかけてくる。
「アニキー、なんか、お出迎えだってさー」
前方を見ると、百騎ほどの騎兵……それも一目でわかる精鋭が一糸乱れぬ動きでこちらに近づいてくる。
それを先頭で率いるのは例によって女子である。もう慣れた。
女性が参画する社会。いやあ、実に結構なことであると思うよ。
で、掲げられてるのは馬の旗。ああ、馬騰さんの配下か。
麗羽様と美羽様にお出迎えの口上を述べてる。
美羽様よりは年上だろうか。元気な眉毛が印象的な女の子だ。
口上を述べた後、馬家軍に周囲を守られ、洛陽へと進む。
俺は烈風に跨りながら袁家ご一行を先導する。猪々子と斗詩が左右に続き、麗羽様、美羽様を七乃が後ろでフォローする。儀礼的な装束が窮屈だが致し方なしとのこと。
洛陽に袁家が入るとなるとこんくらいのことはせんといかんのであろうなあ。
と、猪々子が問いかけてくる。
「なー、アニキー、ここまでしないといけないもんなのか?」
心底面倒そうな猪々子に内心同意なのではあるのです。でもね。
「あー、実は袁家って相当期待されてるのよ」
「んー、どゆこと?」
さっぱりわからんとばかりに問う猪々子。まあいいか。応えてやるのが世の情けというものである。
「洛陽は漢王朝の首都だからして、士大夫の数がとても多い。
んで、士大夫層は大体宦官の専横に憤ってる」
「まあ、そりゃそうだよなー」
「だが、そのにっくき宦官。その政敵たる何進も士大夫全体の支持を取り付けてはいないのが現状だ」
「えー、なんでー?」
こっからは色々とややこしいんだが、あえて問題を簡略化する。
「その出自が庶人、だからだな。
肉屋の倅と蔑む奴も多い」
「へー、そんなもんかねー」
「そんなもんなんだよ」
不思議そうにする猪々子。むしろそんな反応こそが希少なのである。ふぁっきん儒教だ。
実際「あの」曹操を推挙しようとしているのも儒の影響力を削ごうという意図も大きい。誰にも言ってないけど。曹操はガチで法家だからな。
「だから名門たる袁家に期待してるってことだな」
「ふーん」
なんとなく不満げな猪々子だ。おや珍しい。
「どしたの」
「なーんかむかつくよなー、って」
「ほう。
……というと?」
むむむ。と唸りながらも猪々子は自分の思いを形にしようとする。やっべ、可愛い。
「うーん、上手く言えないけどさ。
自分らじゃ何もしない癖に出自で嫌ったり期待したりさ。一体何様のつもりなんだろ、と思ってさ」
猪々子のこの感性は貴重なものだ。名家と言われる袁家の武家筆頭たる文家当主がこういう意識を持っているというのはありがたい。
……まあ、文家は過酷なほどに実力主義らしいからそうなるのかもしらんが。
くしゃり、と猪々子の頭を軽く撫でる。目を細めて嬉しそうにする猪々子。
「猪々子は賢いな。
それは、その感じは正しいものさ。だから、さ。
これで結構頼りにしてるんだぜ」
「えへへ、よく分かんないけど分かった!」
薄い胸を精一杯張る猪々子に目を細めていると、馬家の使者がこちらに寄ってくるのが目に入る。軽く身構える猪々子を視線で抑える。
「貴方が紀霊さんでいいの?」
「おうよ。紀家次期当主の紀霊だ」
「いっけない、こちらから名乗るのが筋だよね。馬岱だよ。
うん。馬騰叔父様の姪、かな?」
「そりゃどうも」
なるほど、使者は馬岱だったか。うん、改めて見ると活発そうな女の子だ。美少女と言っても文句は出ないだろう。
だが、その口から出たのは驚くべき台詞だった。
「なるほどね、叔父様に認められるわけだ。お姉さまの許嫁なだけあるね。うん、雰囲気あるなー」
「な!」
これは流石に予想外の……。つか、それはマズイって。
咳き込んでしまう俺に四方からくる、この重圧は!なんだ!
「二郎さん?どういうことなのかしら?」
うん。
項羽が味わったという四面楚歌。俺以上に共感できる奴はいないね。
「ちょっと待て。本当に待て。いや待ってくださいというかおかしいだろ!」
断固抗議する俺の反応に合わせて……あ、この笑顔愉快犯だ。見たことある。俺はくわしいんだ。
「えー、何でそんなに狼狽えてるのかわかんなーい。
あ、お姉さまの将来の旦那様だから、たんぽぽって読んでね。真名だよ?」
「おい人の話を聞けよ聞いて下さいお願いします」
「わたくしも聞きたいですわね」
ちょっと待って。凍り付く空気待って。
ほんと一番ややこしいことになる人が聞いてた案件どうしよう。ちょっと待って。
「ええと、ご説明というか、説明というか、あのですね」
元凶に視線を移すと……心底楽しそうな馬岱。蒲公英だっけか。
こいつは、あれだ。小悪魔というか、人をおちょくって楽しむタイプの人間だ。
口に手を当てほくそ笑む表情を隠してる、つもりかこのやろうばかやろう。
だがまずは麗羽様のお機嫌を!
「いや、馬騰さんの冗談というか軽口というか」
「えー、叔父様武辺者だから冗談とか言わないよー」
お前は黙ってろこんちくしょう。ばかやろうこのやろう。
「いや、あの場には何進大将軍もいらっしゃっていつになく上機嫌で、だな」
「うんうん、何進大将軍も笑って賛意を示してたって、叔父様言ってたなあ」
やめて!俺のライフはもうゼロどころかマイナスよ!
「二郎さん?後で詳しく、ええ、詳しくお話を伺いたいのですけれど?」
「れ、麗羽様……ご、誤解ですってば」
「く、わ、し、く!お話を伺いたいのですけれど?」
「う、承りました……」
なんだろう、やましいところなんてないのに何で俺はこんなに追い詰められてるの?
くそう。世界はいつだってこんなはずじゃなかったことばかりだ。
何で味方のはずの馬家に背中から刺されないといかんのだ。
ぐちぐちと思考が負のスパイラルである。くそう。
「ごめんなさいねー、思ったより深刻だったー?」
「ふざけるなこのやろうばかやろう」
てへり、といった風の馬岱に猛抗議をする。
「たんぽぽ頭悪いからよくわかんなーい」
「あのなあ、本当に怒るぞ」
「きゃーこわーい」
はしゃぐ馬岱に脱力してしまう。狙ってやってるのなら大したもんだ。
先ほどの爆弾発言とは違って周囲の人物には聞こえない程度の音量でふざける。
……確信的にふざけてると判断する。
「一応言っとくけど割と洒落にならない事態になってるからな」
おそらく多分。きっとメイビー。
「えー、そんなわけないでしょー。
有力な武家の次期当主に名家の令嬢との縁談なんてひっきりなしに決まって……。
って。
ええと、そういえば袁家の要人って女子ばかりだったような……」
目と目で通じ合った。
「え、ええ?たんぽぽそんな気はなかったのごめんなさーい!」
「だが許さぬ。お前の冗談はそういうことだ。これは馬騰殿にも委細報告するからな」
「え、ええ?たんぽぽそんな気はなかったのごめんなさーい!」
「時すでに遅し。それが嫌なら関係各所にきっちり説明してもらおうか」
「……はーい。うう、ちょっとした冗談だったのになー。
っていうかー。わりかし冗談でもなかったんだけどなー」
マジか。マジなんだろうな。縁談とかマジで勘弁願いたい。火種がマッハでスパークだ。
これはいけません……。
ま、まあ。初っ端に警告を受けたということにしようそうしよう。いや、何進のことだからガチでそういう仕込みかもしらん。
これは火消しに走らないといけませんねえ……。いや、マジで。
俺ってば今回は単なるお伴、おつき、おまけでしかなかったはずなのになあ。くそ、なんて時代だ!
などと現実逃避を続けるのであった。




