凡人と細腕繁盛記
寒風吹きすさぶ道程は省略する。特にトラブルに巻き込まれることもなく、目的の町にたどり着く。
さて、流琉を探さんとな。広大な街で幼女一人を探すとか我ながら酔狂なことよ。
宿に馬と荷物を預け、散策を始めるとする。なに。人材探索は嫌いじゃない。
と。
「あれ、二郎さま?わ、二郎様だ!」
おい、おい。
「お、おう。流琉よ。久しいな」
いたよ、求める幼女が。
こう、ばったり出会うとかこれはもう運命を感じますねえ。
◆◆◆
歓談である。まあ、流琉の近況を俺が聞いてただけ、なのだがね。嬉々としてあれこれ言ってくるのは、非常にほほえましいものである。
「つか、とうとう一国一城の主だな。おめでとさん」
「えへへ、ありがとうございます。
といってもちょっと無理しちゃったんですけど」
「聞いたよ。ちょっとどころじゃあないって聞いたぞ?」
「うーん、ま、なんとかなるかな、と」
照れながら流琉が言葉を紡ぐ。
屋台とはいえ、自分の店を持てたのが嬉しいのだろう。そらそうよ。
「んで、お店はどこにあるんだ?」
「もうちょっと離れてるんですよ。
今は仕入れの帰りなんです」
両手いっぱいに食材を抱える流琉なのである。
どれ。
「ほれ、持ってやろう」
「あ、ありがとうございます。
重さはどうってことないのですけど、かさばっちゃって……」
ふむ、そうだろうなあ。体格的にはあくまで幼女。
色々抱えるにも大変だわな。
「あ、ここです」
そう言って示したのはなんの変哲もない屋台。
だが、あちこち丁寧に手入れされているのが見て取れる。花の意匠は流琉のお手製かな?なんともファンシーなそれは目立たない所に。うむ。
「あ、典韋ちゃんお帰りー」
身なりの汚いおっさん……ぶっちゃけ浮浪者がそう声をかけてくる。
「うん、ただいまー。
おじさん、お留守番ありがとねー」
どうやら、買い出し等の不在の間はこのおっさんが屋台の番をしているらしい。
報酬はただ飯だそうだ。
なるほどね。
なかなか世慣れてるみたいで何よりである。
「それじゃ、仕込みを始めます!」
そう言って腕を振るう流琉である。真っ直ぐな瞳は未来への希望に輝いていた。
それはとても貴重なものだと思うのだよ。やっぱ肩入れしたいと思うのだよ。
◆◆◆
すさまじく手際のいい流琉の仕込みをぼーっと見ながら、おっさんに問う。
「なあ」
「なんですかい」
「流琉の屋台、繁盛してんの?」
俺の言葉におっさんは軽く考えながら言う。
「最近は常連が増えやしたねえ。
なにせ、最近は寒くて、外を出歩くのも一苦労なんでさ。
そんな中じゃあ、頑張ってると思いやすぜ」
「そうかい」
「ええ、お料理自体は絶品ですからねえ。
最初はまあ、アレでしたが、ね」
ひ、ひ、と笑いながらおっさんが言う。
まあ、軌道に乗りつつあるなら何よりだ。客商売なんて最初は赤字上等だしなあ。
ここは流琉の料理を褒めるべきなんだろう。
しばらくすると、いい匂いがあたりに漂う。うむ。嗅覚を刺激するのは重要。屋台なんて業態なら特にな。
メニューは串焼きに汁物。
屋台で汁物を出せるのは流琉の膂力――水の補給の手間的な意味で――があってのことだろう。
普通は無理だわ。つか、めんどいし。
ほんと、手間暇惜しんでないのだなあと思いながら注文を出す。
「うーん、旨そう。
適当に串焼き盛り合わせてくれな。あと酒」
「はいっ!ありがとうございます!」
心底嬉しそうに流琉が応える。
出された料理に舌鼓を打つ。
うん、美味い。ガチで美味い。
そして酒が五臓六腑に染み渡る。寒さを増す外気を吹き飛ばす。
軽く串焼きと酒をおかわりして、まったりと。
流琉と駄弁る。
「だからさー、一旦あのお店に行ったんだよー。
そしたら流琉いないしさー。
びっくりしたよー」
「ええ、わざわざそこまでしてくださったんですか。
ありがとうございます!」
「いいのいいの、流琉のごはんが食べたくてしてることだから、さ」
えへへ、と照れる流琉。その一方で徐々に増える客をてきぱきと捌く。
うむ、手馴れている。これは練達の域ですよ。俺が心配することもなかったかな。
そんなことを思いながらもカンバンまで俺は流琉の店で粘るのだった。
しかし、冷えるね。流石内陸部は寒いわ。
ぶる、と震えると俺は宿に向かうのだった。
◆◆◆
典韋には親という存在がいなかった。
いや、木の股から産まれたわけでもないだろうからかつてはいたのだろう。だが、物心がついた時には存在していなかった。だから典韋は家族というものを知らない。
あえて言えば、同じ境遇だった許?だろうか。
他にも同じ境遇の孤児たちはいたのだが、冬が訪れるたびに減っていった。
……典韋が育ったのは名もない寒村である。村には無駄飯ぐらいを養う余裕などほとんどなかった。故に典韋も、許?も幼い身ながら必死に働いた。
自分が役立たずではないと証明するために。人の何倍も働いた。
幸い二人には並外れた膂力があり、その日をしのぐだけの糧を得ることはできていた。
それでも飢えたときには典韋が木の皮や草の根など――残飯などというものは存在しない――を食べられるように調理した。
寒さに震える日は抱き合って暖を取った。だが、少しずつ破局は近づいていた。
典韋にはよく分からない。いつからか、納める税が重くなり、村から笑顔が消え始めた。
そして、ついには身寄りのない孤児たちは売られることになったのである。
「もういいよ、逃げちゃおう」
そんな親友の声に応えて逃げ出したのがこの町。この町のどこかに彼女はいるだろうか。
意識が覚醒するのを感じながら流琉はぼんやりとそんなことを考えていた。
ふと、久しく感じていなかった人肌の温もりを感じ、縋り付く。
夢でもいいから、と。今はただその温もりに溺れてしまいたかった。
◆◆◆
もぞ、と胸元で何かが動いて俺は目を覚ました。
ん。
見ると流琉が寝ぼけながら抱きついてきている。
さて、どうしてこうなったかというと。昨日アフターしてお持ち帰りしました。
以上。
うん。端折り過ぎた。
まあ、この町に来たのは流琉の開店祝いなわけですよ。ぶっちゃけ他にやることなかったのよね。
まさか来て早々に見つかると思ってなかったしさ。だからまあ、流琉のお店をお手伝いしたのよ。つっても料理なんてできないから呼び込みと会計だな。
気分はテキ屋のおっちゃんである。
まあ、お手伝いの甲斐もあってその日は日没を待たずに見事完売、である。やったぜ。なしとげたぜ。うむ、久々に商売に打ち込んだ気がする。
……最近商会の仕事も政治的なことばっかでモノを売るという基本を忘れていた気がする。
たまにはこういうのもないとな!
で、その日は打ち上げという名の夕食を一緒に食べて、飲んで。疲れてたのだろうよ。そのお店で流琉が寝ちゃったのである。
まあ、気が緩んだんだろね。
流琉の宿とか知らんから俺んとこに泊めたというわけである。
さて、お姫様のお目覚めだ。
「あ、あれ? どうして私……。
っ!」
「ほい、おはようさん」
「じ、二郎様、ご、ご迷惑を……!」
いや、別に迷惑とかないし。むしろ寒いとこに懐炉的な感じで有り難かったんだけどねえ。
「いいよ、疲れてたんだろうさ。
たまにはゆっくりせんとな。大丈夫、やらしいことはしてないし」
「も、もう!からかわないでください!」
真っ赤っかな流琉がとても可愛いのですよ。これはいけません……。
「今日は仕入れも付き合うよ。
中々さ。一人だと大変だろ?」
「あ、ありがとうございます。
正直助かります」
こんな幼女一人じゃあ、足元見て下さいって言ってるようなもんだしな。
久々の仕入れという末端の実務にワクテカな俺である。
いやー、懐かしいなー、価格交渉とか。
見せてやろうじゃないか、母流龍九商会の総帥の腕前を!
「二郎さま、本当にすごいです!」
「いやあ、それほどでもあるともさ」
流琉の尊敬のまなざしが心地いい。とはいえ、大したことをしたわけじゃあない。
ごくごく初歩的な商売のノウハウを実践してみせて、解説しただけである。
例えば、大量の仕入れに対しての値引きであったり、継続的な仕入れの保証での信用獲得であったり。
細々とした交渉の詳細は省く。
ぶっちゃけ、大阪のおばちゃんなら息を吸うように発揮するスキルである。
だが、そういったノウハウの蓄積はこの時代最早特殊なスキルである。そしてそういった知識というのは秘匿されるものだ。
読み書きすら特殊なスキルだからなあ、この時代。いや、読み書きそろばんが必修という社会がおかしいというべきかもしれないが。
閑話休題。
限られた時間の中で流琉にできるだけの知識やらノウハウやらを伝えたい俺なのである。
というか流石に食材の善し悪しなんてわからんし、それは流琉の方が詳しいからな。
俺は俺にできることを伝えるのみである。
しかしまあ、純粋な幼女がきらきらと尊敬の眼差しを向けてくるというのはなかなかに気持ちがいいものである。
色々と熱がこもるというものだ。
「えへへ」
流琉が嬉しそうに笑う。
「どしたの」
「こんなふうにお話するのって久しぶりだな、と思ったんです」
まあ、幼女一人でお店を切り盛りしてたら気を張ってるわなあ。
「そだな、俺が勤め先解雇されたら流琉に雇ってもらおうかな」
「ええ、二郎さま一人くらいなら私が養ってあげます!」
その前に借金を返さないといけないんですけどね、と流琉が苦笑する。
しかしまあ、セカンドキャリアとしては悪くない。
政争に負けて放逐されたら流琉のお世話になるのも悪くないなー。
などとヒモ根性丸出しの妄想を楽しむ。ん、マジでヒモ生活悪くないような。
そんなことを考えながら荷物を抱えなおす。もう少し先の路地を曲がれば流琉のお城に到着である。
食材は大量であり、重さはともかくかさばるのをなんとかせんとなと流琉と話し合いながら。
◆◆◆
と、何か焦げ臭い香りがする。
妙な胸騒ぎがする。嫌な予感ほどよく当たる、などという言葉が頭をよぎる。まさかな、という思いが流琉に伝えるきっかけを失わせる。
緊張をはらみながら、角を曲がる。そして、俺が見たものは。
流琉の夢を具現化した屋台。その焼け跡であった。
「え……」
流琉が気の抜けた声を出す。
ぺたり、とその場にしゃがみ込む。
そう、流琉の屋台があった場所。いや、屋台が並んでいたこの区画。
それが消し炭と化していた。
「な、なんで……」
心ここにあらずといった風で流琉がつぶやく。現状が理解できていない。
いや、したくないといったところか。無理もない。
つか、俺もショックである。言葉が出ない。
「あー、典韋ちゃん、きてもうたかー」
いつぞやのおっさんが声をかけてくる。流琉はそれに応える余裕などなく、俺が応える。
「どういうこった、これは」
「すまんなあ、わしも見とったんやけどなあ。
ちょっと目を離した隙にやられてもうたわ。
昨日は寒かったさかいになあ」
「はぁ?」
お前は何をやっていた、という言葉を飲み込む。
このおっさんがその場にいても止めることなどできなかっただろう。一時の暖を得るために屋台を焼くとか暴徒寸前……というか暴徒そのものだ。
治安が悪い、というのは易い。だがつまりはそういうことであるというのを甘く見ていたかもしれない。
気まずいのか、おっさんはそそくさとこの場を後にする。
経緯を知らせてくれただけでもありがたいと思うべきなのだろう。
そして、流琉は。
一切の表情を無くし、焼け跡を見つめていた。
何も言わない、反応しない流琉をとりあえず俺の部屋に連行する。
それに一切の抵抗も反応もしないことに危惧を覚える。
「流琉……」
俺の呼びかけに僅かに表情を動かす。
更に呼びかけようとして、流琉の言葉に黙り込む。
「もう……嫌です……」
聞くに結構な額の借金すら背負って開いたお店である。
そのショックはいかばかりのものだろうか。
「もう……いいです……」
声もなく嗚咽する。
「流琉……」
「もう、いいんです……」
ぽつりとこぼす言葉には常の元気などどこにもない。
「お、おい……」
「生きてきて、あんまりいいことなかったです。
それでも、私なりに頑張ったんです。頑張ってきたんです。
でも、もう、いいんです……」
俯き、嗚咽を洩らし、絞り出すようなその声。精一杯の声。
「いや、生き別れた友達はいいのかよ」
「季衣だって多分もう……。
どうせ、会えるわけありません……」
生きてはいないだろう、そうつぶやく流琉。
「もう、売られるのはたくさんです……。
それならいっそ……」
そう、呟きながら俺の顔を見つめてくる。
どろり、と濁った双眸が痛々しい。
「二郎さまは、お武家さんなんでしょ……?
だったら、一思いに楽にしてください……」
泣き笑い。
そんな表情で流琉が俺に囁いてくる。楽にしてくれ、と。
その言葉に、俺の何かが沸騰する。はらわたが煮えくり返る。
ふざけるな。
ふざけるなよ。
ふざけたことを言うな。
俺は……俺は!
そんなことのために武家にいるんじゃない!
この身はそんなことのためにあるんじゃあない!
俺は、吠える。そう、かつて喪った女のために。
ああ、そうだ。
あの女ならこれくらいで絶望なんてしなかった。あの女を投影するのは俺の我儘なんだろうか。
いや、そうだとしても俺はその我儘を押し通す。苛立ちをそのまま流琉にぶつける。
「命を捨てるか。
けじめをつけるにはあっぱれかもしらんさ。
だが、許さん。
捨てる命なら俺が拾う。
死ぬなど許さん」
俺の言葉に流琉が不思議そうな目を向ける。
「で、でも。
私にそんな価値なんて、きっとありません。
それに、借金だって……」
ふん、確かに並の武家なら一生かかるかもしらん額だろうさ。
だがな。
「俺を誰だと思っていやがる!」
そう、高らかに宣言する。
そうとも。
「北方三州を治める武家の頂点!
袁家が傘下の武家四家!即ち文、顔、紀、張!
彼の匈奴大戦において匈奴の頭目を討ち取った紀家当主が長男!紀霊!
それが俺だ!
流琉が借金を背負っているのなら!それごと買い上げてやる!
お前がその身を捨てるというならば!お前の身も心も俺のものだ!
勝手に失うことなど許さん!」
俺の叫びに流琉は呆然としている。
さらに畳み掛ける。
「改めて我が真名を授けよう。
我が真名は二郎。
そして流琉よ。お前は俺のものだ。
いいな」
圧倒されたのか、流琉がこくり、と頷く。
流琉の身体を抱き上げ、抱きしめる。
耳元で繰り返す。或いは呪詛を刻み込む。
お前は俺のものだと。
勝手に死ぬことなど許さぬ、と。
流琉は嗚咽を止め、いつしか眠りに落ちていた。
抱きしめる身体は熱を放ち、しっかりと生きている。生きているのだ。
手から零れていくものは仕方ない。……仕方ない。
だが、手にしたものは。手にしたのならば。
せめて、と思うのだ。抱きしめたこの熱。人が人を救うとか、思い上がりかもしれないが、それでも、と思う。
行く宛もない幼女がたまたま出会った男に拾われる。そんな話があってもいいじゃないか。
そんな優しい世界があってもいいじゃないか。
七乃あたりに言ったら鼻で笑われるだろうなあ、などとと思いながら、腕の中の確かな熱を抱きしめる。ひし、と抱きついてくる流琉がこの上なく貴重なものに思える。
そう、この熱に俺は救われているのだ。
いや、救われたいのだと思う。
だって俺は、自分の為に頑張れるほど強くないから。
屋台居酒屋「るる」
幼女が店主で絶品の料理が売りです
幼女は包容力も満点なのです
そんなん絶対常連になるやん……




