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凡人とはおーの歓待、からの逃亡

「おう、二郎!久しぶりだな!」


 ドゴォ!という音が聞こえそうな勢いで背中をたたかれる。

 この、馬鹿力め……。

 いや、これで親愛のつもりなのだというのが分かるから責められない。くそう。


「春蘭も久しぶりだな。元気してた?」

「うむ!日々是精進だ!」


 微妙にかみ合ってない気がする。


「まあ、歓迎するぞ!ゆっくりしていけ!」

「そりゃどうも」


 そんなわけで陳留に到着した袁家ご一行は曹操の歓待を受けているのだ。

 洛陽までの通り道だからね。無視するとかできないよね。麗羽様いらっしゃるしね。

 俺単独でスルーしたかったけどそういうわけにもいかないのですよねえ。


「そう言えばこの料理ずいぶん美味いなー、っていねえよ」


 残念、春蘭はもう立ち去った後だった!

 相変わらずフリーダムというか、天然だなあ。


「なに馬鹿面してるのよ。ただでさえ貧相なのがよけいみすぼらしくなってるわよ」

「うっせえな、地顔だよ、ほっとけよ。

 男は顔じゃない!」

「あら、じゃあ女は顔だということかしら。

 やあね、これだから男って……」


 やあ荀彧さん久しぶりだねいきなりの罵詈雑言とか。逆に落ち着くわ!そのネコミミを撫でまわしてやろうか!

 いや。しないけどね。


「って挨拶くらい普通にさせろよ。久しぶりだな」

「いっそ一生会わないくらいでちょうどいいのだけれどもね。

 さっさとそこらの路地裏で醜く行き倒れればいいのに」


 挑んでくるその目線。そこには違いがある。俺を汚物ではなく、搾取するという対象とした捕食者のそれ。それはつまり。

歩んでいるのだ。彼女も。

 とはいえ。


「歪みないほど歪んでるなあ。

 俺、なんかお前にしたっけ?」

「フン!アンタなんかの言動に私がどうして縛られてやらなくちゃなんないの?

 思い上がりも甚だしいわね。ほんとこれだから名家出身のは嫌なのよ」

「いや、お前も割と名家出身だろうよ……」


 痛いとこを衝かれたのか、フシャーといわんとばかりの鼻息でござる。

 そこからの罵詈雑言はいっそ芸事として金をとれるのではないだろうかというほどのもので。


 もう、なんなのこの子。

 当たるもの皆傷つけないと気が済まないのかしら。まあ、痛くもかゆくもないけどね。

 ただ、融和ムードのためにも話題を転換するのだよ。

 ふ、これこそが俺の数少ないスキルさ。なお、習得は容易な模様。


「しかしまあ、この料理美味いな」

「当然でしょ?

 華琳様自ら陣頭指揮を執られて、中には手ずから作られたものだってあるんだから!

 アンタの口には勿体ないわよ」


 なるほど、麗羽様の歓迎に手料理で迎えたのか。

 中々の友情じゃあないか。


「ふむ、流石曹操殿。なんでもできるんだなあ」

「当然ね。

 古今東西の天才達が束になっても華琳様にはかなわないわ」

「そうだろうなあ」


 政戦に発明、ファッションに詩歌。

 一つでもいいから才能を分けてほしいものである。この時代最高の才能なんだよなあ……。


 と、ネコミミが顔をゆがめてこちらを見ている。


「どったの」

「アンタに同意されるとどうしてこう、嬉しくないのかしら」

「知らんわ」


 けなしたら突っかかってくるくせにと思いながら適当にあしらう。まあ、不器用ながらに袁家領内の治世に対する探りを入れてくるのには驚いた。

 なので、あたりさわりないとこは明かしたし、農徳新書最新号も提供を確約してやる。


 ま、適当に時間つぶしたら抜け出そう。軽く曹操には挨拶も済ませたし。

 ちら、とたまにこちらを窺う覇王の視線とか気づいてない振りするし。

 猪々子でも誘って町に繰り出そうかな。


◆◆◆


 美少女とのデートというのは心が躍るものである。釣った魚に餌をやらないという方針の人もいるらしいがね。俺からしたら論外である。

 想いに応えるのが男子としての義務だろうよ。

 つか、好き好きオーラを出して懐いてくれる美少女はそりゃあ可愛いに決まっているのである。

 そういや流琉元気かなー。


「へへ、アニキと町に繰り出すのも久しぶりな気がするなー」


 俺の横で満面の笑み。猪々子である。これで袁家内で武家筆頭。文家当主である。


「そうか?あー、最近構ってなかったかー」

「えへ、いいのいいの、こうやって連れ出してくれたんだからさー」


 陳留の町に繰り出した俺と猪々子である。宴席はまあ、こっそりばっくれた。

 だって曹操の顔が少しずーつ捕食者のそれになってきた気がするんだもん。

 気のせいじゃないと思う。多分。


 流石に宴席の最中は麗羽様の相手で手が離せないだろうけど、アフターに誘われたら断りきれん。いや、なんでキャバクラ嬢的な気遣いを俺がせんといかんのだ。


 ……ちなみに春蘭が俺のとこにきたのは、曹操を除けばまともな官位を持ってるのが彼女だけだからだ。

そういった人物にはゲストをもてなす役割がある。春蘭の場合、それをわきまえているかは非常に疑問だが。

 荀彧が寄ってきたのは……。まあ、いいか。


「アニキー、あの屋台旨そうー」


 考え事をしている俺の腕を猪々子が引っ張る。

 そちらに足を向けると腕を組んでくる。


「えへへ」


 なんとも嬉しそうでこっちまでなんか、ほっこりする。いつもよりちょっとだけ大胆に密着してくる。

 うむ、南皮ではあれで自重してたのか。えらいぞ。ここだったら知り合いに見られる心配もないしな。


 猪々子と肌を合わせた回数はそんなに多くはない。

 だが、なんというか、こうやって全身で「大好き!」と示されると、こう、ね。


 串焼きを適当に頬張りながら馬鹿トークを続ける。

 見知らぬ町の様子にあっちこっちに目移りする猪々子を見て、やっぱ女の子なんだなあと思う。


「で、アニキ、どこ向かってんの?」

「んー、知り合いが働いてる店、かなー」


 ここらへんだったと思うんだが。


「へー、知り合いねー。

 どうせ女の子だろ?」

「何だよその決めつけ。 どういう意味だよ」

「どうせ女の子だろ?」

「いや、その前提とか、一体俺をどういう目で見ているのかと思うよ」

「どうせ女の子だろ?」

「……そうだよ」

「やっぱりなー。

 これは姫と斗詩にも報告しなくちゃだな!」


 猪々子よ。

 君が俺に抱いているイメージがとても知りたいよ。


「いやなら口止め料が発生しまーす」


 いしし、と笑う猪々子。

 その唇を軽く奪ってやる。途端に顔を真っ赤にする。これは……かなり可愛いぞ。


「これでいいか?」

「……うん」


 ぎゅ、と俺の腕に抱きついてくる猪々子。

 この子まだこういう不意打ちには弱いのよね。可愛い可愛い。


 しばし無言で歩を進め、目的の店にたどり着く。

 店構えを猪々子が興味深そうにきょろきょろ眺めている。


「アニキ、なんか普通のお店だね」

「ん?どんなお店だと思ってたんだよ」

「いや、こう、ばいんばいんな。おねーちゃんがいるような……」

「おい」


 ぴしり、とでこぴんを一つくれてやり店に入る。

 適当につまみと酒を頼み、店主に尋ねる。


「流琉は元気してる?」

「ああ、あの子なら少し前に辞めましたよ?」


 な、なんだってー。


 店主に詳しく経緯を聞いてみる。

 なんでも、ある程度お金が貯まったから、屋台で独立するんだ、ということらしい。

 幼女にしては無茶なレベルの結構な借金もこさえたらしい。

 普通はもちろん金貸しも貸さないが、店主が口添えしたそうだ。流琉の腕っぷしと腕前もそれを後押ししたそうな。

 なるほど。


「なに、あの子の腕前なら大丈夫ですよ」

「まあなあ」


 やはり生き別れた友達の消息が知りたかったのだろう。

 屋台を引くのはその町だそうだ。中々見上げた行動力である。


「アニキー、話が見えないー」


 隣に座った猪々子がぶーぶー文句を言う。


「いやな、ここで働いてた幼女が生き別れた友達探すために屋台を引くんだと」

「ごめん。アニキ。ほんとに分からないぜ」


 うん、端折り過ぎたね。

 もうちょっと丁寧に説明しよう。


「友達を探すつっても大変だろ?

 だからお店を開いて、繁盛店にして友達が気づくようにしたいんだと。

 実際料理の腕はよかったしな。

 ちょっと急ぎ過ぎな感じもするけど、それだけ気になってるんだろうな」

「ふーん。そうなんだ。

 でも、ぶっちゃけそんなちっさい子が手に職もなく、生きてるとも思えないけどなあ」


 遺憾ながらもそれには同意、である。

 薄々流琉も分かってたとは思うんだよね。だから焦ったのかなあ。


「でもアニキがそんだけ評価するって、そんなに料理美味かったの?」

「おう。たとえばだな、曹操。

 アレの料理はアレだ。最高の料理に必要な最高の素材を最高の環境で調理する。

 腕もあるけどそりゃあ、美味い。

 流琉の場合はそこらへんの手元にある材料で料理を組み立てて、それが絶品、って感じかなあ」


 シェフと主婦の違いとでも言おうか。

 いや、シェフだって賄いとかはありあわせで作るんだろうけど。


「へー、そりゃ食べてみたいなあ。

 んー、残念ー」


 俺も残念だけどね。

 夢に向かう幼女がその歩みを進めたんだ。

 ここは店の発展と健勝を祈念すべきだろうさ。


 まあ、行方知れずというわけでもない。屋台とはいえ、一国一城の主になったんだ。

 開店祝いに顔を出すべきだろう。


 そんなことを思いながら俺は猪々子とのデートを満喫するのであった。

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