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地味様の憂鬱と凡人

 葬儀は恙なく終わった。そして今は洛陽へ向かう準備でなにかと慌ただしい。

 洛陽へ向かうのは麗羽様、美羽様の姉妹。

 猪々子、斗詩、七乃、俺。袁家を支える武家代表者である。


 麗羽様は三州の州牧となり、美羽様は如南の太守となる。んで、俺と七乃は洛陽から帰還し次第当主になる運びである。

 まあ、その前にやっとかんといかんこともあるんだが。

 東屋で茶を喫しつつぼんやりとしてたら肩を叩かれた。


「や、二郎。どうしたんだ、ぼーっとして」

「いや、諸行無常とはこのことかと思いを馳せていた。

 というかご指摘の通り、ただ単にぼーっとしてた」


 いや、そこで言葉を失われても。


「ああ、そうだ。

 ……このたびはご愁傷様でした」


 気遣いの人、白蓮その人である。俺の放言を見事にスルーである。


「白蓮も遠いところからご足労を」

「いや、袁家には日ごろから世話になってるしな。

 袁逢殿にも目をかけてもらってたし」

「そか」

「うん、私のとこは弱小だからな。

 袁家の当主の一言は、そりゃあ大きいのさ」


 笑顔の白蓮。確かに色々苦労してるみたいだからなあ。

 それでも不断の努力な白蓮をリスペクトしている俺なのだ。マジで。


「ゆっくりしてくのか?」

「いや、なるべく早く帰らないとなー。

 匈奴は最近おとなしいんだけど、その分内勤がなー」


 はは、と笑う白蓮。

 優秀な文官というのはいつの時代でも引っ張りだこなのである。普通は。

 袁家の官僚軍団というのは、ほんと質、量ともに半端ないのですよ。俺の思い付きを実際に運用するのは彼らだしね。

 個人的には袁家の強みはここだと思うのよねー。


「で、いよいよ麗羽も州牧かー。

 流石袁家当主ともなると違うよなー」

「あー、そだね」

「なんだ気のない返事だなあ。

 二郎だって紀家を継ぐんだろう?」


 まあ、とーちゃんもいつどうなるか分からんしな。袁逢様の葬儀だってかなり無理をしていたらしい。匈奴戦役の後遺症というやつだ。三尖刀の力を借り過ぎたとかなんとか。


なんとなく爆弾を放り投げてみる。てや。


「そだねー。

 ちなみに白蓮は俺たちが帰還したら太守になるからよろしく」

「うん、わかった」


 そか。わかったか。重畳重畳。


「え?」

「襄平の太守だからね。頑張れ、頑張れ」

「え、なにそれ誰のこと?」

「白蓮だよ?」


 目を丸くして口をぱくぱくさせる白蓮。うむ、眼福である。

 やったぜ。


「ちょっと待て二郎、そんな話私は聞いてないぞ」

「うん。だから今、したろ?」


 混乱でおめめグルグルな白蓮。これが、愉悦というものだろうか。


「いや、どういうことなんだよ」


 抗議してくる白蓮に問うてみる。


「なんだ、嫌なの?」

「ぐ……。そんなわけ、ないだろうが!」


 そりゃそうだ。

 弱小軍閥勢力の頭目(ただし軍は精鋭)が太守様だ。


「そりゃさ、今まで尽くしてくれたみんなに報いれるならば、って思うよ。

 でもさあ、私に勤まるかなあ」

「白蓮ならできるさ」


 前世知識というわけじゃない。俺が白蓮を見てできると思ったのだ。

 それに。


「地位が人を育てるってこともあるからさ。

 多少大き目の服でも、すぐに身の丈に合うよ」

「な、なんだよ。

 二郎がそんな風に言うと気味悪いな」

「失敬な。普通に白蓮を評価してるだけさ」

「そ、そうなのか?

 だったら嬉しいな」


 相好を崩す白蓮。

 うん、太守ごときに怯んでもらったら困るのだ。

 だって。


「そのうち州牧になってもらうし」

「え」


 硬直、である。


 やったぜ。なしとげたぜ。


「ちょ、ちょっと待ってくれ二郎。

 太守だけでも未体験なのに……州牧とか無理に決まってるだろ」


 からかっているのかとむしろ抗議の白蓮である。

 だがしかし、現実は非情さ。


「決定事項だからな。

 白蓮にはいずれ幽州を治めてもらう」

「はあ?!」


 もはや脳みそが沸騰してそうな白蓮である。のだが。

 一応その言は聞いておこうか。


「あのな。二郎。太守もそうだけど州牧なんて、そんな栄達ができるような伝手つて私は持ってないぞ」


 お金だってないしな!と苦笑する白蓮。なんとも実務家である。現実というものに幾度も這い蹲った証である。なお、売官廃止の報は届いていない模様。まあ、そらそうよ。

 ……ないないづくしだと苦笑する白蓮。いやさ、だから君なのだよ。


「袁家が推薦したから大丈夫。

 何進大将軍も承認済みだ」

「は、はあ?!」


 話がそこまで進んでるの?

 何進大将軍の名を出すとか洒落じゃすまないぞ!


 そんな反応である。ごちそうさま。なお。


「じ、二郎。

 冗談、じゃ」

「ありませーん」


 いかな白蓮とはいえ精神的にダメージは甚大な模様。むしろ度重なる衝撃にきちんと対応するその精神力と律義さには感動すら覚えるよ。


「二郎、二つほどあるんだがいいか?」

「ばっちこい」


 だから、白蓮には隠し事はなしである。何を聞かれても答えると決める。……よほど都合の悪いことでない限り。


「まず、私にそれだけ袁家が肩入れする理由が分からない。

 そして、私には残念ながら大きな組織の運営をした経験がない。

 もろ手をあげて能天気に喜ぶ気にはなれないよ」


 白蓮の欠点の一番はこれ。自己評価の低さ、である。だから応える。そして袁家の思惑もあるということで安心させてやろうとも。


「いいぜ。もちろん一方的に白蓮を押し上げるだけじゃあない。

 もちろん思惑あってのことだ」


 あ、露骨にほっとしてやんの。

 そらそうよな。無償の好意とかむしろ忌避するわ、為政者に近いならことさらにね。


「袁家はこれから朝廷の政争に介入する。具体的には何進に与して十常侍を討つ。

 これは決定事項だ」


 白蓮の表情が臨戦モードでキリリ、と引き締まる。この切り替えの早さは流石最前線で匈奴と対しているだけのことはある。


「最終的には兵を挙げることになるかもしれない。

 そうすると、後背に匈奴の脅威を抱えたままにはできんのよ」


「なるほど。

 幽州を私に任せて後背の憂いを断つということか。それならばまだ、分かる。

でもな。なぜ、私なんだ?」


 袁家の適当な人材でもいいだろう。


 その問いは割と本質を突いているのですよこれが。

 そして白蓮を何故に選んだかと問われたらこう応える。


「能力、識見、人格だな」

「は?」


 ほんと、この子はもう……。


「ぶっちゃけ、白蓮以上の人材が見つからない。

 ああ、袁家が総力で十常侍とやりあうからという意味だぞ」

「い、いや。

 そんなに評価されてる、のか?

 所詮地方の軍閥の頭目というのが実際の私だと思うんだが」


 人、それを過小評価と言う。


「おうよ。匈奴の不定期な侵攻に対応し、民を安んじている。

 実績は十分だ。

 それに、白蓮なら俺を背中から刺さないだろう?」


 ――数秒。秀麗な眉間にしわを寄せ、頷き、真っ直ぐに俺を見る。


「なるほど。分かった。

 匈奴の脅威への防壁が私の役割ということだな

 そして幽州という最前線を任せてくれる、と」

「そうだ」


 見つめ合い、頷く。


「そして二郎の背中を守る、ということだな」


 鋭い。これが白蓮の凄いところだ。最短距離で要所を衝く。

 まあ、袁家の人事とかあれやこれや。俺が分不相応に権力を握っているのだよ。

 麗羽様とか美羽様は暗殺対象じゃないからな。つまりそういうことであるのだよ。

 俺を排除したら俺の立ち位置に居座れると思う奴が結構にいるのだよ。


「なんだ、言いたいことがあるなら言っちゃえよ」


 くすり、と笑いながら白蓮が煽る。煽ってくる。

 だから応える。本音で。


「背中は預ける。済まんが、頼むわ」


 刹那、呆けた白蓮。彼女が笑う。


「任せろ、やってやるとも」


 だから、安心してくれよな、二郎。ってさ。

 破顔する白蓮ってマジかっけー。

 のだが。


「しかし、太守から州牧へと移るにしても私には実務の経験が圧倒的に足りない」


 ですよね。だが、俺には腹案があるのだよ。トラストミー。


「ああ、そこは協力する」

「協力してくれるのはありがたいんだが、実際はどうするんだ?

 二郎がそうするとは思わないけどさ。善処するの一言でおざなりにされたらたまったもんじゃあない」


 そらそうよ。そして目先の利益で白蓮の信頼を失うとかもうぶっちゃけありえない。そらもう最大限に支援よ。リターンも貰うけどね。


「軍務と政務、人材を貸す。

 軍においては中級指揮官も派遣する」


 どういうことだ、という問いに答える。


「韓浩と魯粛を貸す。

 そんかし、士官の教育を頼むわ。

 最前線での経験って貴重だしね。うちの軍制内容を共有するからよろしくどうぞ」


 沈黙。そして始まる問いの乱撃。


「ちょっと待て。

 袁家の軍制改革とか、最高機密だろう」

「うん、だから他でもない……公孫と共有化しようと思ってるのさ」


 絶句する白蓮。こちらの本気を汲んでくれたかな。


 十常侍と対立すること。領内を潤わせること。それを両立せんといかんのだよね。


「ま、そんなわけで今後ともよろしくな」


 そして、現実を受け止め数瞬瞑目。そして白蓮はまた階梯を上るのだ。


「任されたさ」


 一言。破顔し颯爽と去る白蓮。


 頼りにしてるぞ、と。



 そして、収穫が大きかった。あそこまでぶっちゃけるつもり、本来はなかったんだけどな。

 そして韓浩と魯粛ならば安心して任せられるだろう。白蓮を補佐し、うちの中級指揮官を匈奴との実戦で鍛え上げる。

 うん、我ながら悪くない。


 上機嫌で練兵場に向かう。

 雷薄には紀家軍の統括を、韓浩には転勤のお知らせである。


「把握した。これより引き継ぎを実施。しかる後、公孫賛の指揮下に入る」

「ん、頼むわ」


 紀家の誇る軍官僚のトップである。指揮もできる才媛だけどね。

 いつもお世話になってます。ガチで。


 留守番を雷薄に頼んで、と。

 いざ、洛陽、である。


 やだなー。


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