光の少女
さて皆さま、お久しぶりです。二郎です。俺だって……お仕事だってするんだ!
「とまあ、方針としてはこのようにしたいと思ってます」
会議室には麗羽様、美羽様、猪々子、斗詩、七乃、沮授、張紘。
袁家の政官財軍の若手幹部が勢ぞろいである。
……メンツがメンツだから緊張しないことこの上ない。全員とツーカーといっても過言ではない。
「……なかなか大胆な手を打ちますねえ」
沮授が苦笑しながら言う。悪かったよ独断であれこれ決めて。
「白蓮さんに幽州を任せるのですわね。
よろしいのではなくって?
大過なく勤め上げてくれますわ」
麗羽様が手元の書類に目をやりながら言う。
俺が何進と打ち合わせた絵図面が簡単にまとめられているものだ。
まとめると
幽州:袁家→公孫
益州:劉焉→劉表→劉璋
荊州:劉表→袁術→劉表
という流れだ。
荊州の州牧を外れた美羽様は徐州あたりに転勤を予定している。
これらは劉焉が死んでから動き出す予定である。
「わ、妾が州牧かや……」
「ま、いきなりはアレなんで、しばらくは如南あたりの太守として実務の経験を積んでもらいます」
「太守で実務の経験とか、とんでもねえ話だなあ」
軽くぼやく張紘。うん、俺もそう思う。なお白蓮。
「でもさー、アニキー。せっかく治めた荊州からまた移っちゃうのもったいなくないー?」
「いいのいいの。どっちかっつうと孫家を抑え込む方が重要だから」
首をかしげる猪々子。
「はっきり言って孫家は今のところ信用できないからな。
豪族の親玉な現状、漢朝への忠誠とか期待できない」
「それをあえて、長沙に封じますか」
「うん、それで諸侯として自覚が出ればよし、出なければまあ、潰す」
ただまあ、そうなると面倒だからなあ。
そのあたりは今南皮に来ている三人に期待である。
「でまあ、如南から荊州にかけて母流龍九商会の商圏を広げる。
洛陽方面はちょっと手出しできそうにないからな」
俺の言葉にうなずく張紘。
「んで、孫家の抱える江賊を中心とした艦船を商用に転用し物流を整え雇用を促進する。
結構投資してっけど、まだまだ産業が育ってないからどうしても賊に身を落とす奴が多い」
「で、荊州から去った後も経済面で影響力を残すってわけか」
張紘の言葉に是と答える。戦乱さえなければ、世を支配するのは商人へと移っていく。
これは歴史が証明しているからな。土地の支配権から様々な権益に袁家の影響力を少しずつシフトさせていくのが俺の計画だ。
「洛陽はどうするんですか?」
七乃が小首を傾げながら言ってくる。
「何進と宦官の勢力争いは何進の勝ちが見えてる。袁家も何進につくしな。
その後はまあ、何進とやりあっても仕方ないから武家らしく匈奴に備えるさ」
北方の盾。それこそ袁家の真髄である。
「でもそれだと今の宦官勢力みたいに袁家の力を削ぎに来るんじゃないですか?」
「ん、だから洛陽には強力な政敵を送り込んで政争でもしてもらう」
「と、言いますと?」
問う麗羽様にニヤリと笑って答える。
「麗羽様のお友達、曹操殿ですね」
麗羽様は納得いっていないようだ。
「華琳さん、ですか?」
「ええ、家柄はちょっとアレですが、能力と野心がそれを補うでしょう。
優秀な部下もいますしね」
十常侍を除いたとしても宮中では宦官の力はある程度維持されるはずだ。それを曹操ならまとめあげて何進に対抗していくだろう。政争が続く間は袁家に目が向くこともなかろう。
気を付けないといけないのは……。
「できるだけ長く膠着するように動けばいいんですね~
流石二郎さんは考えることが腹黒いな~。」
「いや、七乃に言われたくないから」
清廉潔白とは言わないけどね。
「とりあえずは何進と組んで十常侍の排除が短期的な戦略目標ですね。
麗羽様と美羽様は一度朝廷に出仕してもらうことになりそうです」
うなずく麗羽様と美羽様。姉妹のシンクロである。
「ま、その前に印綬を受けに一度洛陽に行かなきゃですけどね」
ただ、なあ。
「……袁家領内を出たら結構荒れてますけど、驚かないでくださいね」
「そんなにひどいんですの?」
「ええ、地位を金で購った役人がそりゃもう苛政を」
一気に場の空気が重くなる。
「やはり売官をなんとかしないといけませんか」
沮授の言葉に俺は頷く。
「何進とも話したんだがな、それが最優先で取り組む案件になると思う。
でもまあ、正直どうしようもないというのが現状だな」
なにせ三公ですら売り出されてるからなあ。
「二郎さん、ちょっとよろしいかしら」
「なんでございましょ麗羽様」
「ええと、その売官、でしたかしら。
それって購入するのに何か資格とかありますの?」
「いえ、ないんです。
ないからこそ厄介なんですよね」
思案気な麗羽様。ほんと、売官さえなんとかなりゃなあ。
苛政は乱のもとだからダメ、絶対!である。だって虎の方がマシなんだぜ?
「ごめんなさいね。
二郎さんたちが何に悩んでいるのかよくわかりませんの」
「はあ」
沮授も交えてもう一度売官の問題点をつらつらと解説する。
「つまり、権限を持っている役職が売り出されているというのがよろしくない、ということですのね?」
「そうなんですよ」
そして俺に高らかに宣言されちゃいましたこの方。
「だったら袁家が買えばよろしいじゃありませんか」
へ?え?
そ、その手があったかー!
「た、確かに。
袁家の力をもってしても三公の地位を得るのに時間がかかりますからね。
それを最初からその地位をもって朝廷に乗り込めば十常侍との政争が楽になることこの上ない……」
……これは神の一手かもわからんね。
変な昂揚感に包まれている俺に麗羽様が声をかける。
「二郎さん、何をけちくさいことをおっしゃってるのかしら?
わたくしは、売りに出されている官位。そのすべてを買え、と言ってますのよ」
え。え?ええええ?え?
「えっと。
沮授?」
頭が真っ白になりつつも沮授に話を振る。
そんなんできるんですか。
「不可能、ではないですね。
これまでの袁家の蓄えを吐き出せばあるいは……」
慎重な沮授の言葉を張紘が遮る。
できるんですか。
「足りなければ母流龍九商会から借りればいい。
そういうことなら無利子で用立てるぞ」
俺と違って優秀な二人が即座に算盤をはじく。その結果。
で、できちゃうのか……。
「使ってこそのお金でしょう?
二郎さんが常々言ってらっしゃることだと思いますわ」
おーっほっほと高笑いの麗羽様。
あかん。器の次元が違う。
「二郎さん?何を呆けてらっしゃるのかしら」
「いや、麗羽様の器に感服した次第で」
「むしろわたくしとしてはどうして思い至らないかが不思議ですけれども」
その後、こまごまとした打ち合わせがあり、売官買占めプロジェクトが動き出すことになった。
三公のうち軍権の太尉は麗羽様、司徒は田豊師匠。司空はねーちゃんでいっか。
ククク、このメンツなら十常侍涙目間違いなしである。
◆◆◆
何進にも書簡で根回しをして、財貨の確保に動き出した我らが袁家であったのだが。あったのだが。
危機感を覚えた十常侍が手を回したようだ。
「売官終了のお知らせ、ねえ」
沮授と張紘が苦笑している。せっかく予算の見通しもたったのになあ。
つか、たっちゃったんだよなあ。
そう、権限のある地位に袁家の手の者を送り込まれることを嫌ったのだろう。
売官はその役割を終えたということで発展的解消となったのだ。
「ま、当初の目的は果たせたんだし、よしとすっか」
「そうですね。まさかこのような手があるとは思いませんでした」
「おいらもだ。つくづく自分が貧乏性だと思っちまう」
三人寄れば文殊の知恵というが。
俺たち三人の浅知恵を越えた麗羽様には感嘆するしかないやね。
まあ、なんだ。
数年どころか十年単位で取り組むつもりだった懸案事項が解消されちゃった。
麗羽様、パねぇわ。




