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凡人の平穏な日常

 轟音が響く。

 木剣が大地を穿つ音である。舞う土煙。紛れて。


「しぃっ!」


 静かな、だが鋭い声が漏れる。必殺の一撃を運足の妙で躱し、反撃に移る声。

 木剣が奏でるそれは楽曲のようであり、二人の動きは舞のようですらある。


 今は斗詩と猪々子が手合せしてるところなんだが。いやあ、毎回レベル高いわー。


 少し離れた東屋あずまやでは麗羽様が茶を喫しながら阿蘇阿蘇アソアソに目を通してらっしゃる。 いや、誰だよあれ渡したの。

 その向かいでは美羽様が七乃の膝の上で昼寝をしている。のだが。

 七乃が、だ。寝ている美羽様に変顔をさせて遊んでいる。……いいのかそれで。


 そして俺は散々に打ち据えられた身体に軟膏を塗るのである。

 痛いよー。


 しかしこの場に隕石でも落ちてきたら袁家終了のお知らせだな。

 ……変なフラグ立てるのはやめよう。


 と、手合わせが白熱してきた。実力はほぼ互角だからなあ、猪々子と斗詩は。

 この上ない訓練相手と言えよう。切磋琢磨ってやつだ!戦闘スタイルは真逆だからこそ互いに得るものは大きいであろう。

 一撃必殺乾坤一擲な猪々子に対して、斗詩の得物は双剣。それを活かした手数と、巧みな運足で相手を追い詰める。詰将棋みたいな感じだ。たまに残像すら見えるくらいの凄さである。


 俺?


 ほら、俺って二の太刀要らずの示現流――を目指している――だから、初手を防がれるとあかんのよね。

 最近は大体俺が9割、猪々子と斗詩は7割くらいの力で打ち合えばいい感じに打ち合いが続く。

 ――手加減してもらってるってことだよ言わせんな恥ずかしい。


 しかし呂布とか張飛とか関羽とかどんだけ強いんだろね。間違っても一騎打ちとかしたくないなあ。いや、戦場で一騎打ちってどんな状況なんだと言いたいところではあるのだが。


 ……張飛と関羽についてはこう、積極的に避けないといけない気がする。紀霊的な意味で。

 死にたくないです。


 はあ。


◆◆◆


「二郎様、どうぞ」


 だらーっとしてる俺に凪が茶を淹れてくれる。

 護衛兼給仕兼手合せの相手だ。


「うい、あんがとね。

 いちち」


 口の中が切れてるから熱い茶がしみるー。痛いよー。でも美味いよー。流石は凪である。


「大丈夫ですか?」


 心配ご無用!と言いたいとこだけどね。痛いのは確か。命に別状がないのも確かなのですよ。


「おうよ、これで相当手加減してもらってるかんな」


 口にすると情けないことこの上ないな。だが事実なのだ。戦うまでもなく現実を受け止めております。

 ですが、この世界の法則をいまいち、十全に理解できているとは言えない俺なのですよ。なので思いついたことを凪にぶつけてみる。

 俺、気になるんやで。


「あれだ、凪さんや」

「はい」


 俺の問いに目に見えて固まる凪である。いや、別に圧迫面接とかじゃないんだけど……。


「こう、気の力で怪我が治ったり、一撃くらっても痛くなかったりとかでけんの?」


 俺の問いに、凪は申し訳なさそうな顔をする。


「申し訳ありません。

 その、自分は我流ですし、そういったのは分かりかねます……」

「いや、いいのいいの。

 聞いてみただけだから」


 手をひらひらさせる。

 かめはめ波はいつだって男の浪漫なだけである。

 箒で牙突とかアバンストラッシュとかな!


「私はその、壊すことしかできないのですが……。気を医療に使うことは可能と聞いたことがあります」

「あ、できるんだ」


 これは貴重な情報ですよ。つか、医療技術の未熟なこの時代。そんな技術を持った人物は抱え込まねば……。


「はい。

 五斗米道は気を治療に使用するとか…」

「五斗米道か……」


 漢中は遠いなあ。遠いよ……。気軽に行ける土地じゃないのですよ。

 地理的に南皮が仙台だったら漢中は鳥栖みたいな感じ。交通の要所ではあるのだがね。あと劉備がここを取ったら反乱フラグな。


「流れの五斗米道の医者とかいないかな」


 言ってて分かる。無茶なことだよ。


「申し訳ありません。噂すら……、耳にしておりません」

「ふむ、ないものねだりしても仕方ない、か」


 嘆息した俺の様子に凪が消沈する。


「お役に立てず申し訳ありません…」


 いやいやいやいや。


「いやいや、凪はよくやってくれてるから!

 そこで落ち込まれると俺が悪者だから!」


 美少女の落ち込んだ顔とか見たくないのである。


「あー、アニキが凪をいじめてるー」

「違うっての」


 手合せをひと段落させた猪々子と斗詩がこっちに歩いてくる。互いにズタボロなんだが、こう、絵になるねえ。切磋琢磨。信頼。うむ、美しい。


「まーたアニキの毒牙が犠牲者を出したのかー。

 流石だなーあこがれちゃうなー」


 おい……。おい。これは後でお仕置きタイム待ったなしですわ……。


「いえ、私が至らないばかりに二郎様にいらぬご心労を……」


 どうして君はそう事態を深刻っぽくするかな。

 ほら、麗羽様がこちらの様子に気付いて注視してますやんか!


「だー!俺は悪くねー!たぶん!」


 くすり、と斗詩が笑う。ちろり、とのぞかせた舌が艶っぽい。いや、エロい。


「ま、詳しく聞かせてもらうぜー?

 あ、凪ー、アタイと斗詩にもお茶淹れてー」

「はい、承りました」


 んで、東屋で麗羽様たちも交えてあれこれと談笑するのだった。

 美羽様なら相変わらず寝てるよ。俺の膝の上で。可愛いのう。


 気とかいう謎粒子についてはまあ、とりあえず気にしないということで。


◆◆◆


「じろー、あれはなんなのじゃ?」


 頭上から美羽様が俺に問いかける。

 最初はてくてくと自分の足で歩いてたんだが、疲れたらしく肩車をせがまれた。

 麗羽様たちのちっちゃいころを思い出すなあ。

 美羽様は麗羽様に比べると、頭上でやんちゃすることもなく、おりこうさんである。


「んー、芸人っすねー。

 歌と楽器かー。

 寄ってきます?」

「うむ!なんだかわからんが面白そうなのじゃ」

「あらほらさっさ、と」


 男の芸人が弾く胡弓の音色に合わせて女の芸人が歌う。

 どことなく物悲しい、故郷を思う唄である。


「なんじゃ辛気臭い歌じゃのう」


 ぼそり、と美羽様が呟く。

 まあ、おこちゃまにはわからん感覚だよなあ。


「南皮には江南からの流民が結構いますからね。

 結構胸に来る人は多いんじゃないっすかねえ」

「そんなもんなのかのう」


 それなりに受けたようで、そこかしこからおひねりが投げられる。

 俺も小銭を投げてやる。


「しかし、歌を歌うとお金がもらえるのかや……」


 別にあーた、お金に困ってないでしょうが。

 ん、逆に直接使ったこともないのか。


「のう、じろーや」

「駄目です」

「ま、まだ何も言っとらんのじゃ」

「ではどうぞ」

「妾もお歌を歌ってお金を稼ぐのじゃ!」


 はい予想通りでした。


「駄目です」

「な、なぜじゃ?

 妾の歌ではお金が稼げんかや?」

「そんなことはないですよ?」


 実際結構なレベルなのだ。

 七乃の伴奏でよく歌ってるけど、ぶっちゃけ上手い。ガチで上手い。


 ……まあ、民の慰撫と思えばありなのかなあ。

 どうなんだろ。一考の余地はあるかもだな。歌う系カリスマ君主。……超時空要塞かな?


「じろー!聞いとるのか?」


 ぺちぺちと俺の頭をたたく美羽様。うむ。


「今日は町の視察なんですから、お歌の披露はまた今度ってことで」

「うむ、楽しみにしておるぞ」


 大人のまた今度は信用してはいけないとこの子が悟るのはいつの日であろうか。願わくばその日が来ないことを願う。切に。


 あちこち覗いて回って、美羽様の初めてのお忍び視察は大成功に終わった。

 ……なにをもって大成功かは深く考えないでおく。美羽様が楽しそうだったからそれでいいじゃんよ。


 後で七乃にものすごく文句を言われた。かなりの猛抗議であった。

 一緒に行きたかったらしい。

 いや、そんなこと今になって言われても知らんし。


 その後、滅茶苦茶ご機嫌取りした。

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