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崩壊

「ふう……」


 郭図はこの季節には珍しく照りつける日差し。その強烈さにげんなりとしていた。

 ここ三日間は強行軍である。

 付近で賊の出現があったという。だから全軍武装しながらの移動である。その分消耗が激しい。そろそろ不平が漏れてくるころだろう。


「赤楽、そろそろ……」

「ああ、そろそろだな」


 ふむ、同じことを考えていたのか。

 赤楽ほどの智者と考えが同調したことに満足感を感じながら郭図は言う。


「食事にするか、だがそろそろ糧食も心もとないのじゃなかったか」

「ふむ、人員が増えたからな。元々それほど輸送能力があったわけじゃなし。仕方のないことさ。

 だがそれももはやこれまで。

 見ろ、郭図」


 その声に目をやると、突如として現れた――ように思える――軍勢がこちらに迫っている。

 そう、軍勢なのだ。


「馬鹿な、物見は何をしていた!

 迎撃を、赤楽!」

「ふむ、心得た」


 その声に満足し、突如現れた敵を見やる。なに、即応のために武装しての移動だ。即時対応に問題もなかろう。


「そう言えば、郭図よ」


 赤楽の問いに振り替える。と同時に、喉に灼熱が走る。次いで激痛。そして口からあふれる血潮で窒息する。


「さよならだ」


 ごぼり、という音とともに血が吐き出される。

 郭図が目にしたのは、血濡れの刀を握った赤楽。


「が、ば!え!」


 なにを!ということすらできず、ただ血をまき散らす。

 郭図を見やる赤楽の貌からは特に何の感情も読み取れない。そして淡々と手にした刀を振るい血煙をそこかしこに振りまく。


「てめえ、何を!」

「裏切ったか!」


 そんな声と共に義勇軍の幹部が赤楽に詰め寄る。


「ぬるい。そこで問うなんて、甘い。などと言っても仕方ないが……ね」


 更に血煙が舞う。


 倒れ伏した幹部と、涼やかに立ち尽くす赤楽。返り血すら届かない彼女を、美しい、と思う。

 それが郭図の最期であった。


◆◆◆


 赤楽は付近にいた人員に取り囲まれる。既に十余名が地に伏しているその図は端的に言って地獄絵図。 それにひるまず激昂する彼らはきっと英雄になる資格があるのだろう。

 そんなことを思うほどに赤楽には余裕があった。確信があった。


「てめえ……!よくも!

 やっちまえ!」


 その声を契機に、付近にいた数十名が殺到する。多勢に無勢。振りかぶった剣が、槍が赤楽の身を突き刺す。突き刺した。そう思った。確信した。

 と、同時に赤楽の姿が掻き消える。


「どうした、私はここだぞ」


 その声が響く。前から、後ろから、四方から。どこか嘲弄の色すらあるその声。それはきっと死を告げる冥界の使者。



「げ、幻術だ!」


 叫ぶ声に動揺が広がる。そして声の主は喉を貫かれる。


「ご名答」


 既にそこには恐慌しかなく、それが鎮まるころには赤楽の姿はどこにもなかった。


 それはわずか数分にも満たない出来事だったろう。

 だが、敵が迫る状況では致命的であった。


 義勇軍は、指揮を執るものもなく、蹂躙された。数の有利を活かすこともなく、ただ狩られて行く。千に届こうかという数の利を活かせずただ溶けていくのだ。


◆◆◆

「……脆い、な」


 そう、脆いのだ。あまりにも。


 それが黒山賊の共通した思いだった。敵は千を超える軍勢。

 しかも転戦を経た精鋭。そのはずであった。


 七百という人数はけして十分ではない。それが率いる将の認識であった。


 だが、どうだ。組織的な反撃などなく、逃げ惑うのみ。散発的な反撃も組織的には連動しない。いや、できていないのか?


 ついには逃亡する部隊が出だす。次々とそれに続く人員が出てくる。

 それはあまりに無様であった。


「勝った、か」


 ふ、と指揮官が頬を緩める。これで張燕に大きな顔をさせない。この勝利は反張燕派の巻き返しにとって大きな一歩になるはずだ。この戦功。軍権を掌握する張燕といえども無視することはできないだろう。

 ここまでの勝利は黒山賊にもかつてなかったはずだ。万を超す黒山賊。その中から精鋭を引き抜いた甲斐あったというものだ。


「よし、殲滅するぞ!」


 ……自分たちより多勢に戦いを挑むというのはこれでなかなか精神的につらいものがあったのだ。

 何となればこれまでは数にものを言わせての威圧、収奪が常であったのだから。

 だからこそ実戦担当の張燕の後塵を拝することになってしまっていたのだが。


 その、緊張の糸が緩んだその瞬間であった。


「突!撃ー!」


 戦場に第三者が乱入する。


◆◆◆


 さて俺です。二郎です。お待たせしました。いや、待ってたよね?

 そして久々の戦場です。いや、そんなに戦場に立つ機会がないというのはいいことなのだと思うのですがね。


「……しかし、ここまで軍勢を出す必要があるかのう」


 俺のすぐ横で眼下の闘争を睥睨へいげいする黄蓋。相変わらずの色っぽいええ声が俺の耳朶を賑わせる。ただしその声には少なからず嘆息の色が含まれているようだ。

 ならば応えてやるのが世の情けよ。


「雷薄、言ってやれ!」

「戦いは数ですぜ、若!」


 筋骨隆々の大男。あの匈奴戦役の生き残りであり、紀家軍最古参にして俺の頼りとする最高幹部。堂々とした体躯――多分身長2メートルくらいある上にマッチョ――に傷だらけの身体。楽し気に笑みを浮かべるそれは凄みを増して意気軒高。

 その重低音の声が告げるのは戦場における真実。

 その横では平淡な表情の――その胸部装甲も平坦であった――韓浩がこくこくと無言で同意の旨を告げる。尚胸は揺れない模様。格差社会ここに極まれりである。くそ、なんて時代だ!


 いやまあ、当初は千で十分という話もあったんだよ。そもそも千の義勇軍、千足らずの黒山賊。それを同数で制しろとかね。もうね、阿保かと馬鹿かと。そら雷薄は激怒したですよ。

 いやあ、数で圧殺するって素敵やん?

 少数で大軍を討つとか気合でなんとかかんとか主張する基地外なんていなかった。と、いつから錯覚していた……?

 いえ。それをやりきった孫家という戦闘民族の極みが黄蓋なのです。きゃーこわい。


 胡乱げな黄蓋に苦笑するしかないのである。観戦武官と思いきや実はガチで客将的立場をお願いしております。頼もしいんだけど根性論が凄い。

 まあ、孫家は十分な戦力を準備できなかったということなんだよなあ。それを将の才と現場の無理で押し切ったのは凄い。でもそれってBLACKですよね?


「戦いは数さ。気合とか戦術とかは結局それを埋められなかった言い訳に過ぎない」


 ふん、と鼻を鳴らす黄蓋。いや、別に納得してもらわなくてもいいんだけどね?


 今回の出兵に用意した兵力は三千。過剰戦力、オーバーキル上等である。ほんとは五千出したかったけど流石にね。隠密行動はできないだろうということである。

 義勇軍と黒山賊がタッグしてきても五割り増しの戦力。まあ、妥協点であろう。ただし徹底して敵勢力の兵数は確認したがな。


 さて、揃えた三千。そのうち騎兵は俺が率いる五百。残りは雷薄が歩兵を率いる。俺の左右には黄蓋と陸遜がいる。超心強いんですけどー。だって、二人とも俺より統率高いだろうし、歴戦でもある。

 ぶっちゃけ、どっちかに指揮を委託しても楽勝だしー。

 いや、雷薄に任せてもいいんだけどね。そこは孫家の宿将のお手並み拝見したいじゃない?


 と、目の前で軍のぶつかり合いが起きる。やだ、義勇軍……弱すぎ?どんだけ蹂躙されてんねんと。

 これが七乃あたりが仕込んだこと……かな。

 ま、いい。

 俺たちは勝利を確信した黒山賊の横っ面を殴りつけるだけだ。

 ん、いい感じに場が荒れてきたし……そろそろかな?


「今じゃ!」


 黄蓋の声が低く俺の耳に届く。うっし。


「突!撃!」


◆◆◆


「いやあ、黒山賊は強敵でしたね」

「どこがじゃ」


 呆れたような声が俺にかけられる。黒山賊を討伐した祝勝会場だ。ほんと袁家って宴会が好きねえ。

 いや、俺も好きだけど。

 その俺にべったりな孫家の二人。黄蓋と陸遜である。うむ。白と黒のコントラストが谷間の魅力を押し上げている。すげえよ孫家は……。


「負ける方が難しいではないか」

「ふ、戦いなら殲滅戦、勝ち方なら楽勝が俺の理想。

 そういう意味では理想的な戦いだったのぜ」

「ふん、面白味のない……」


 ふん、苦戦とか接戦とか辛勝とか冗談じゃあない。ゲームならそれでもいいかもしれんが、自分の命がかかってんだからな。……無論、兵士のそれもな。兵卒や士官の教育にどれだけ時間と費用がかかるかということである。

 ……黄蓋と陸遜を連れてったのもそのためだ。色々勉強になったしなあ。やっぱ実戦経験の蓄積って馬鹿になんないわ。


「でもでもー、あそこまで楽に勝てるとは思わなかったですー」


 巨乳軍師の陸遜だ。うん、眼福ごちそうさまである。ありがてえ、ありがてぇ……。


「何をしとるんじゃ」

「豊穣の象徴に、こう、だな」

「……この助平が」


 そう言いながらも黄蓋の機嫌はいい。無論陸遜は言うに及ばず、だ。

 袁家の主だった面子が集まる宴席に出席できる機会はこれまでほとんどなかったしな。だってなあ、孫策とか無位無官だし。その家来ときたら、そこらのごろつき扱いされても仕方ない。

 黄蓋はそれでも武術大会の実績があるからたまに呼ばれたりしてはいたが。

 と、主賓の登場である。


「二郎さん、このたびはご苦労様でしたわ」


 にこやかにねぎらっていただく。お酌までしていただくぜ。恐縮ですがありがたく頂戴いたしますとも。


「や、麗羽様、どうも」

「聞きましたわよ。義勇軍を打ち負かした黒山賊を蹴散らしたそうですわね?

 流石ですわ。紀家の怨将軍ここにあり、ですわね」


 返杯として注ぎ返す。それをくぴり、と干してにこやかな麗羽様。背後に舞う光輝半端ないぜ。いやほんとご立派になられて……。


「いやいや、これも袁家のひいては麗羽様の威光あってのことですよ」

「ふふ、らしくありませんわね。もっと得意になってるかと思いましたけど」

「いやいや、流石に楽勝すぎたんで。

 この二人にも手を貸してもらいましたし」


 俺の言を受けておっぱいたちが麗羽様に挨拶をする。麗羽様はそれを慇懃に受ける。

 ……あれ、これって。……南皮でも五本の指に入るお胸様が集ってね?

 やっべテンション上がるわー。豊穣万歳だわー。滾るわー。


 しかしまあ、黒山賊はぶっ殺せたし、義勇軍は消滅したし、紀家軍に実戦経験を積ませることもできたし。

 言うことなしやんけ!


 まあ、このようにして義勇軍とかいう、意識高い系テロ組織にまつわる諸問題については一応は解決したということになったのである。


 その素地となった治安の低下に対する袁家武威の高揚。洛陽からの魔の手に対するカウンターなんぞとか色々とやることはあるけどね。


 ま、もっと根本的な問題と向かい合うことになるのだが。それはもう少し後の事である。

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