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凡人と義勇軍

蠢動編もいよいよ大詰めです

「ふむ……」


 現在俺は母流龍九商会であれこれの報告書に目を通しながら張紘と談笑している。べ、別に公務がめんどいから遊びに来たわけじゃないんだからね!ここのお茶と茶菓子が凄く美味しいのも関係ないんだからね!

 こほん。取り乱しました。というか、違和感があったのだよな。いつもなら魯粛か赤楽が俺の相手をするのだが、今日に限って張紘だったのだよね。ま、久しぶりに親友とあれこれ戯れるのもありだな。と思っていたのですよこれが。


「二郎よ」


 苦み走った表情で張紘が告げる内容は中々に厄介ごと。そら張紘が俺の相手するとしたらそういう事態なのは当然っちゃ当然なのだよなあ。

 つまり……。今現在それだけの厄介ごとが持ち上がっていて、俺の前に積まれた資料はそれに関するものである。つまるところの……くそったれ案件である。

 そしてそれは不穏の影。


「千を超えた……。だと……」

「ああ、正直困ってる。というのが正直なところだ」


 義勇軍である。そういうものが湧いた。一時治安が悪化したからね。仕方ないかもしれないね。だがそれも正規軍の絢爛豪華さを喧伝した結果、その絶対数はそれほど増えなかったのだ。

 が、それでも少しずつ増え、俺が洛陽から帰ってきたら千を超える集団になってしまっていた。そしてそれは人の集団なのだ。

 そしてその集団は、だ。労働もせず、付近の村落から食糧や金銭を平和裏に徴発――強奪とも言う――する寄生虫となり果てる。これは見逃せませんねえ。


 常備軍がどんだけ金食い虫か、ということ。その維持拡大にまつわる稟議説得裏工作に俺がどんだけ苦心したか。いや、ごめん。割と沮授に任せてたけどさ。


 ああ、袁家領内の村落にそれなりの備蓄があるからまだ表面化してない。これがほかの領地ならあれだ。略奪とか武力衝突があるだろう。つまり即討伐対象だ。

 つーか、だ。大前提としてさ、統治者の手を離れた武力集団とか悪夢である。厄介者である。排除すべきであり、そこに慈悲なんてものはない。それが基本方針である。


◆◆◆


「おやおや、今を時めく袁家の首魁。紀家の若大将においては……随分な面構えじゃないか」


 この、ややこしい時に来客を告げられた俺である。そして、来賓室に入室してきた人物こそ俺の天敵。――いやさ仇敵がいた。


「ここで俺の目の前にいたのが不幸となるかもしれんなあ。なんで貴様がここにいるのか」


 ここで会ったが百年目。不倶戴天を擬人化したらこうなるであろう。そういう奴が俺の目の前で不敵に笑っているのだ


「お言葉だねえ、あんたの懸案を解決しに来たんだけどねえ」


 張燕。

 飛燕とも別名を持つ英雄である。史実の袁紹――それも全盛期の――はこいつを討伐しきることができなかった。

 その傑物が俺の目の前にいる。俺が対峙した後、黒山賊を掌握した傑物が。


「あんたには借りがあるからねえ。

 ふ、袁家が後ろ盾にいたからねえ、簡単だったよ。

 それに、さ。洛陽からも物資が届くしねえ」


 その言葉に俺は納得する。激昂する。やはりか。そんなに袁家が邪魔だったのかよ、十常侍よ。

いいぜ。

 お前らは俺の、敵だ。お前らの足跡を無に帰してやる。


 決意と憎悪を新たにする俺の渋い顔をニヤニヤと見つめる張燕。実際、こいつが黒山賊を掌握したと聞いたときは頭を抱えたものだ。


「その節は……悪かったねえ。大方、内部で揉めればいいって思ってたんだろう」


 ぶっちゃけそのとおりである。先代だって別に失点があったわけではない。それなりに黒山賊をまとめていたのだ。

 それを引退させるのだから相当揉める、あわよくば割れるかもしれないとか思っていたのだが。こいつは俺の想定を越えてきた。


「まさか、粛清とはな」


 嘆息する。粛清というか、要はクーデターだ。大胆にもほどがある。


「あたしゃまだ死にたくないからね。

 一番勝てそうな案。それがハマったってことさね」


 俺的にはリスクがでかい道だと思うんだが。


「そうさ、正直あれ以外で生き残る絵図は描けなかったねえ。 

 軍権は握ってるものの、序列で言えばせいぜい五番目程度だったからね。

 そんなあたしが先代に引退通告とか真っ当にゃ無理さ」

「ぬう……」


 肩をすくめる張燕。だからクーデターをするっつうのは俺にはない発想。だからこそ、その凄みが分かる。安全圏で適当にあれこれやってる俺とは違う。鉄火場に身を晒しているその、凄み。俺にはできない。


「ま、袁家以外に攻めてくる心配はなかったしね。

 おかげで後背になんの憂慮もなく事を起せたってわけさ」


 にんまり、と凄味のある笑みを浮かべる。ち、仕掛けた策を逆手に取られたか。


「感謝してるのは嘘じゃないよ?

 どうせあのままだったらあたしに未来はなかったからね?」


 かけらも感謝なぞしてねえなこいつは。実際、虎に翼を与えたようなものであったであろうことは容易に想像できる。やっちまったぜ。


「で、俺の懸案事項ってどういうこった」

「簡単さ、義勇軍とやらに頭を悩ませてんだろ?

 それをどうにかしてやろうってことさ」


 にんまりと、そんなことを言う。それって、どういうことだろう。


◆◆◆


「すみませーん、遅れましたー」


 微妙に緊迫した空気を打ち破ったのはそんな台詞だった。


「七乃か、どした」


 いや、だって俺はこの子を呼んだ覚えはないのだから。


「どうもこうもないですよー。義勇軍絡みですよね?

 ですから内情のご報告ですよー」


 ちら、と張燕を見るが、まったく表情が読めない。

 まあ、七乃がこの場で俺に報告するっつうことは張燕に聞かせても問題ないってことだろう。


「ではご報告しますねー。

 自称義勇軍という武力集団ですが、頭目は郭図という人物ですねー。推挙を受け文官として一時文家に仕えてますが、数か月で辞してます」


 逃げたな。

 文家は文官にも軍事調練を強いるからな。それも相当な。いや、それはそれでどうなんだという話もあるのだけれども。


「その後、空白期間があります。ここでどうしていたかは不明ですねー。

 おそらく袁家領内からは去ったのではないですかねえ。

 そして袁家領内に舞い戻り、義勇軍を旗揚げしたというわけです。集団を破綻なくまとめてますから、有能っぽいですねー」


 まあ、問題はどこと繋がっているか、ということだ。


「確か資金源があるって話だったな」


 資金の流れというのはこれで中々ごまかせるものではない。マルサ……う、頭が!


「ええ、結構追跡に苦労しましたが、洛陽から流れてきてたみたいです」


 仮説が確定的になる。


「十常侍か」

「大元はそこでしょうね。直接関わったのは李儒じゃないかというのが張家の推察です」


 それが聞きたかった。よっし。敵は十常侍。全力でやってやるぜ。ただし。


「厄介な……」


 あいつら潰す、と思っても具体的に何もプランないからなあ。


「ですねえ。で、初期は資金援助もあったため、義勇軍としての活動をそれなりにしていました。

 が、いつごろからか梯子を外されたみたいですね。

 それ以降、善意の寄付を周辺の村落に求めるようになってます」

「それってさ。結局やってることは野盗と等しいじゃねえか」


 思ったより悪質だな。つか、梯子外されるとかさらっと重要な情報だぞそれ。いや、七乃は先刻ご承知なんだろうけどさ。


「そうですねー。悪貨が良貨を駆逐しちゃったみたいですねえ。

 貧すれば鈍するといういい見本かもしれませんねー」


 にこにこと報告を続ける七乃。それを聞く張燕の表情は相変わらず読めない。

 それか既知の情報なのかもしれんな。


「母流龍九商会からも結構な陳情が届いてますねー。

 物流や商取引に支障が出てきてる模様ですー」


 それは、そうだろう。義勇軍でございと言っても、千人に及ぶ武装した奴らがいるんだ。安心なんてできるはずもない。


「対応は?」

「義勇軍が向かう先の村落で自警団を組織してますー。

 これには魯粛さんが動いてますねー」

「だが、都合よく動きなんて読めないだろう」


 にんまりと七乃が笑う。

 深み、そして凄味のあるそれ。いつもと同じ笑顔のはずなのに。どうしてか俺の胸を打つ。


「手の者を派遣してますので、だいじょぶですよー」

「はあ?」


 にしても都合よく連携とかできんのかよ。相当優秀な奴を送り込まんと無理だろ。


「赤楽さんを送り込んでますし。いやー、ほんと有能ですねあの方。張紘さんがどっから拾ってきたか気になるくらいだなー」

「え、あ……。おい……、おい!」


 おいおい、万が一があったらえらいことだぞ。……まあ、腕は立つけどな、普通に俺よりも。


「そこまで手を打ってるのか」

「内向きのことは張家の裁量である程度やらせてもらってますよ?」


 にこにこ。徹底して笑顔なのだ、七乃は。揺さぶっても無駄なのである。

 こいつはほんと底知れないのである。


「で、動きを誘導してどうすんだ」


 正直嫌な予感しかしないのだが。それでも聞くしかないではないか。


「んー、分かってるくせにー。

 どうしてここに張燕さんがいるんでしょねー」


 にこり、と俺を見やる。


「そっから先はあたしから言おう。

 その義勇軍とやら、潰してやるよ」


 やはりか、と納得する。だが、問いかける。


「どうしてそうなる。

 お前らには関係ないだろう」

「大ありさね。

 わけのわからない集団にシマをうろつかれるとさ。うちの商売がね……あがったりになっちまうのさ」


 商隊からのみかじめ料か。

 そりゃ、物流が滞ったら減収減益待ったなしだろうよ。


「だからと言って袁家領内にお前らを招き入れられるかよ」

「だから、さね」


 凄味のある笑顔で張燕は嘯く。


「義勇軍を討った黒山賊をさ、討っちまいなよ、怨将軍さん?」

「な、に?」


 こいつは何を言っているんだ。


「いやね、旧幹部の派閥の奴らが生き残ってるんだけどね?

 そろそろおかしな動きをしてきやがってんのさ。

 だから、さ」

「厄介払いをするということ、か」

「そういうことさね。

 流石にあたしが更に手を下すわけにもいかないからね」


 沈黙する。これは決して……悪い話じあゃない。義勇軍も始末できるし、黒山賊の兵力も削げる。

 義勇軍が弱卒の集まりとなれば参加者も減るだろうし、軍の威も揚がる、か。取り込むことも考えたが、半ば野盗と化してる以上それはできんしな。


「……選択の余地はなさそうだな」

「よろしく頼むよ?にっくき賊を討ち漏らさないよう、きっちり殲滅しておくれよ?」


 にまり、と張燕の口元が笑みを浮かべる。そして……これで俺と張燕は共犯ってことか。


「あくまで袁家、特に俺と黒山賊は仇敵だ。

 それを忘れるなよ」

「分かってるさ、分かってるよ。

 よおく、ね」


 席を立つ張燕。


「今後ともよろしくありたいねえ、怨将軍サマ?」


 思わず顔をしかめる。歪んだ俺の貌に張燕はくすりと笑みを深める。

 まあ、互いに利用価値がある間は仕方ない。仕方ないのだ。そう、自分を納得させる。


 だって、選択肢なんて、俺にはないのだから。

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