凡人と袁家二の姫
「なんで七乃もいるのさ」
早速もって美羽様に土産話をしに来たのであるが。
「つれないですねえ。私がいたっていいじゃないですかー」
「いや、別に悪かあないんだけどさ」
悪くはない。悪くはないのだ。だが、こう、微妙に苦手意識……とも違うな。謎の気後れがあるというか。
「妾が呼んだのじゃ。どうせなら七乃にも聞かせてやりたいと思っての」
「ああ、美羽様。そのお心遣いに七乃は感激ですー。
お年に似合わぬそのお気遣い、早熟にもほどがあるぞー。よ、袁家開闢以来の神童!麒麟児!」
「うむ、もっとじゃ。もっと誉めてたもー」
……なんだかなあ。褒めて伸ばす。それはいい。でもなんか違う気がする。こう、微妙に当て擦りがあるような気がするのだが、きっと気のせいさ。
そして始まるダイジェスト洛陽の怪人たちである!
いやあ、おっかねえ。
「とまあ、そんなわけで洛陽はおっかねえとこだっつう話ですよ」
俺の言にガタガタブルブルと震える美羽様。
「そ、そんなとこに行きたくないのじゃー」
涙目の美羽様である。なにこの素直すぎてかわいいいきもの。美羽様をいじる七乃の心境がちょっとだけ分かった俺である。
「二郎さんー、ちょーっと脅かしすぎじゃないですかー?
ほら、美羽様、蜂蜜水ですよー」
「うむ、七乃、ありがとうなのじゃ!」
こく、こくと渡された蜂蜜水を飲み干す美羽様。まあ、おこちゃまは甘いもの好きだよなあ。
そんなことを考えながら三人で談笑する。
ん、しばらくすると美羽様がうつらうつらと船を漕ぎ出した。
「美羽様がおねむのようですねー。
ほら、二郎さん、手伝ってくださいー」
そう言うと寝間着を美羽様に手際よく着せていく。いや、手伝えとか言われてるうちにてきぱきと七乃が済ませたのだが。まあ、幼女のつるぺたを見て欲情とかせんしな。
「七乃ー、じろうー、いっしょに寝るのじゃー」
心の底から眠そうな様子で美羽様がそれでも一生懸命に言葉を紡ぐ。うわ、これはガチで可愛い。これは将来が楽しみというか、不安というか……。
「んー、七乃、どするよ」
「せっかくだからご一緒しましょうねー。
こわーいお話した二郎さんは責任を取るべきだと思いますー」
「そうかい」
まあ、いっか。
ごくごく軽い気持ちで俺は同衾に同意したのである。
◆◆◆
「……ななのぉ、起きてたも、起きてたもー」
「どうしたんですか、美羽様?」
二人のやり取りに意識が浮上する。これでも軍人のはしくれ。寝起きはいい方なのだ。なのだ、が。
「ななのぉ……どうしたらいいのじゃ……」
「あー、美羽様、やっちゃったんですねー。
もう、しょうがないですねえ」
「うう、せっかく二郎と七乃と一緒じゃったのに……。
きっと二郎に呆れられるのじゃ……」
べそ、べそと美羽様の泣き声が聞こえる。
あー、あれだ。
おねしょってやつか。
立派すぎかつ広大な寝台であるからして。こういう自己申告がなければ分からなかっただろうに……。
「うう、うう」
「はいはーい、お任せくださいなー。
この場は私がなんとかしますので、お風呂にいっちゃいましょうねー。
そうすれば、ばれませんよー」
「ほんとかや?ほんとに二郎にばれんかや?」
「大丈夫ですよー。
二郎さんには絶対にばれませんよ」
……これは実に気まずい。ここでは寝たふり、狸寝入り一択である。
そんな俺に気づいてか気づかないでか、べそべそとぐずる美羽様を抱っこして部屋を出る七乃を薄目で見送る。えと、七乃と目が合ったのは偶然のはずである。
◆◆◆
「ふう……」
「いやー、美羽様、可愛かったですねえ。
大好きな二郎さんと一緒に寝られてはしゃいで、
おねしょしてしまって泣きべそかいて。
うーん、美羽様は可愛いなあ」
気配が消えて人心地、と思ったら背後から聞こえる美羽様賛歌。
「ってはや!もう風呂行ってきたのかよ」
「いえいえ、それは侍女に任せてきました。
ほら、二郎さんに美羽様がおねしょなんてしていないって思わせないといけませんから」
「いや、流石に知らんぷりするっつうの」
「ですよねー。
ですから、本題はこちらです」
そう言って俺にのしかかってきてって……おい。
「昨夜は思うが儘にされちゃいましたからねー。
お返ししちゃうぞー」
◆◆◆
どこかびくびくした美羽様と上機嫌な七乃。
二人と朝餉を一緒にする前に搾り取られてしまった俺であった。
◆◆◆
今回のオチ。
「ああ、美羽様可愛かったなあ。
二郎さんにばれてやしないかとびくびくして。
それが杞憂と知って安心して。
うん、眼福でしたねー」
「知らねえよ。
つーかおねしょくらいでなあ」
「二郎さんは女心が分かってないですねえ」
そんなもんかねえ。
しかしまあ、狙い澄ましたようにおねしょしちゃったもんなあ。
って、あれ。
「おい」
「はいはーい?」
「お前、昨夜わざと寝る前の美羽様に蜂蜜水飲ませたろう」
「そうですよー?」
なんとも言えないであろう俺の顔を見て、七乃は笑うのであった。