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凡人とはおー陣営

「ああ、まだ頭が痛いわ……」

「自分の酒量をわきまえんうちはまだまだ子供ってことさね」

「あんたのせいでしょうが、あんたの!」


 馬上である。

 まだ顔色が悪く、辛そうなネコミミにちょっかい出しながら軍を進める。そう、軍を進めるのだ。いや、おかしいだろう。この状況。


「しかしまあ、大胆というかなんというか……」

「何よ、文句あるの?」

「文句は別にないんだけどね。

 いいのかい?ほいほいと俺に手の内見せることになると思うんだけど」

「どちらかというとお手並み拝見、ね。

 醜態晒すのは勝手だけども、北方の防壁たる袁家の武威に傷が付くかもしれないわね」


 つうわけで。曹操の軍を預かって盗賊討伐に駆り出されてる俺なのであった。

 うん、客将ってやつだね。

 本来秋蘭が率いてネコミミが補佐する編成だったらしいのだが、ごらんの有様である。昨夜宴席の後に片づけておかないといけない書類の処理が二日酔いでおじゃんだったとか。

 その穴埋めに秋蘭が奔走し、俺が駆り出されたとか、おかしいやろ。


「ま、責任の一端がないではないしな」

「一端どころがほとんどアンタのせいでしょうが、アンタの……」


 わなわなと震えるネコミミ。しかし二日酔いのせいか迫力がないことこの上ない。

 そこらの野良猫のほうが迫力あるぞ。ほれ、フシャーとか言ってみろって。

 そういや、猫がフシャーというのはルーツである埃及エジプトらへんの地でコブラの威嚇音を真似たとかなんとか。いや、本当かどうかは知らんけど。


「んで、接敵までの時間は?」

「一刻くらいのはずよ。そして横からの奇襲になる手はずよ」


 曹操の勢力圏内で悪事を働いている盗賊団。それの移動経路を掴み、殲滅してしまうらしい。流石は曹操一味。相当に精密なオペレーションである。


 百五十ほどの賊に対し、騎兵のみ百での襲撃。蹴散らした後は殲滅するだけの簡単なお仕事です。


◆◆◆


 ほほう、あれが野党……じゃなくて夜盗の集団か。まあ、21世紀ぜんせの故郷では本質は似たようなもんだったような気もするが……。


「で、どうするつもり?」

「どうもこうも、突撃、粉砕、勝利しかないだろ。

 ぶっちゃけいかに奇襲し、戦意を喪失させるかで決まるし」

「一応、一理あるわね」


 へえ、と言いながらこちらを見やるネコミミ。

 なお顔色はよろしくない。ゲロ袋を渡すべきであろうか。いやこれはギリギリ耐えている顔。ならば素知らぬ顔をするのが筋ってもんだろうて。


「まあ、小難しい陣形とか作戦とかあっても俺。そもそも預かった部隊を掌握とかしてねえしな」

「ふーん、あんたなりに考えてはいるのね」

「まあ、最善は尽くすさ」


 さて、ここで問題です。

 全然掌握できてない部隊を率いて戦う場合どうすればいいでしょう。


「曹家客将、怨将軍こと紀霊!吶喊するぜえ!」

「ちょっと、アンタ!」


 指揮官先頭による突撃である。これが紀家の必勝メソッド。

 これをすると自然、部隊(ただし一定以上のレベルが必要)はついてこざるをえない。そして、百五十くらいの集団なら、頭目を見分けるのはたやすい!

 まあ、こんくらいならば奥の手である三尖刀があればなんとでもなるし。単騎での殲滅も可能だし。


 動揺する雑魚には目もくれず、親玉に接近。


「成敗!」


 後はまあ、ネコミミの見事な指揮で殲滅、追撃されるのを見守るだけである。

 がんばれ!がんばれ!


◆◆◆


「アンタ、なんて無茶すんのよ」

「えー、上手くいったじゃんよ」

「それなら事前に言いなさいよ!」

「いや、いきなりだから皆必死に付いてきてくれたんだろうよ」


 機を見るに敏。違うか。敵をだますにはまずは……って別に敵をだましたわけでもないしな。


「ま、これで義理は果たした、かな?」


 俺が猪武者だと思ってくれたらめっけもんである。いや、実際その一面はあるんだけどね。

 作戦は簡潔なのに限る。つうか複雑な戦術行動とか、むーりー。


 事後処理をネコミミに任せてのんびりと愛馬である烈風の世話をするのだった。


◆◆◆


 さて、賊を殲滅した俺たちは陳留に帰還した。

 凱旋した俺たちは催された祝賀会場で勝利の美酒に酔って……などいなかった。


「そんな暇あるわけないでしょうが。 それにあんなの勝って当たり前の雑務でしかないわよ。

 つくづく……アンタって本当に極楽とんぼね。

 袁家って全員こんなにおめでたいのかしら?

 ああ、もう!私は忙しいんだからこれ以上付きまとわないでちょうだい!」


 蔑むような目つきで言いたいこと言いながら軽く駆け足で去っていくネコミミ。

 ふむ。

 そういや、袁家ってことあるごとに宴席だー祝賀だー、とやってるからなあ。いや、飲みニケーションって大事だと思うのよね。


 いいもーん。一人で祝賀会するもーん。


◆◆◆


「その時彼女は言ったのさ。『苦しいときは私の背中を見なさい』ってな」

「へー、かっこいいですね、その方」


 なにせ……世界の頂点を掴んだレジェンドだからな!


 ニコニコと流琉がお酌をしてくれる。最近厨房に立つことも増えてきたそうだ。

 いやあ、めでたい。順調みたいでなにより。

 まだまだ雑用がメインらしいが、流琉だったらばいずれは看板シェフの座も遠くはないであろう。


「でも、また来てくださってうれしいです!」


 まあね、多少はね。袖擦り合うも他生の縁というやつさ。下心もあるしな!いや、性的な意味ではないのですと主張する俺である。

 

「いやいや、約束は守るさ。流琉との約束ならなおさら、だ」

「え……。あ、ありがとうございます!」


 やっぱり流琉は元気なのが一番なのだよ。


「流琉ならそのうち本当に自分のお店出せるさ」

「ありがとうございます!

 一生懸命お金ためてるんですよ。

 しばらく頑張ったら屋台くらいは出せるかもしれません。

 あ、でも。屋台も借りものでしょうけど……」

「いや、そりゃすごい」


 いや、実際の話、すごい。この幼女頑張ってるなあと感嘆しきりな俺である。


「屋台にしろ、出すならやっぱあの町?」

「はい。やっぱり手がかりはあの町にしかないと思うので……」

「んー、ちょっと洛陽に行くついでに寄ったけどかなり荒んでさびれてたぞ」

「はい……。それでも、そこじゃないと、って思うんです」


 こんだけ固い決心ならば俺が何を言うこともない。


「ま、当分先ではあるだろうしな。

 そのころには、多少は状況もよくなってるさ」


 だがしかし、あの町の治安についてはなんとか、せんとな。曹操勢力を強化してもらうか……?

 んー。それは俺個人での介入できる権限を越えているし、あまり曹家に強大になられてもなあ。


「まずは、ここで厨房に立って経験を積むことさね。

 多数のお客さんに料理を出すのは大変だからなあ」

「はいっ!がんばります」


 逃げに近い俺の言葉に笑顔で首肯する流琉。本当にいい子だ。正直お持ち帰りしたいところでもある。


「頑張るのはいいけど、無理はせんようにな」


 だが、やっぱりね。ご飯屋さんを構えたいというその夢を横合いからカットすることは俺にはできんよ。俺にできることと言ったら多めに心づけを渡すくらいのものさ。


 あ。


「はぐれたっちゅう知り合いの名前聞くのまた忘れた」


 まあ、俺なんてこんなもんである。昔の人は言いました。自分ほど信じられない存在があるか、と。

 けだし名言であると思うのである。


◆◆◆


「で、どうだったんだ。二郎の奴の指揮っぷりは」

「正直、何とも言えないわね。

 お手並み拝見といきたかったのだけれども、結局単騎駆けに引きずられてしまったし。

 賊については、頭目を討ち取られた後の掃討戦は私が指揮を執らざるをえなかったのよね」


 憮然とした顔で戦闘の詳細を報告する荀彧。主君である曹操は荀彧と夏候惇のやり取りを瞑目したまま聞いている。

 と、思案気な顔をしていた夏侯淵が呟く。


「軍師殿が虚を衝かれたということか。これは侮れんだろう。

 最初に頭を潰すというのも理にかなっている。

 しかも単独で、だ。袁家が誇る紀家。その跡継ぎなのだ。流石、ということだろう」


 夏侯淵の言を否定できないから荀彧は黙らざるをえない。個人の武力以外に新たな情報を吸い取れなかったのも事実であるからして。


「秋蘭の言う通りね。単なる猪武者ではなさそうね。

 掌握していない部隊をどう扱うか。それが見たかったのだけれども。

 まさか何もせずに済ませるとは、ね」


 苦笑気味に曹操が口を開く。


「申し訳ありません、華琳様。

 紀霊の、ひいては袁家の用兵の傾向を見極めるどころか手の内を晒してしまいました」

「気にすることはないわ。

 本来の目的である賊の殲滅はできているのだから。

 雑事に秋蘭を出さずに済んだと思うことにしましょう」

「はいっ!」


 落ち込んだ様子から一転、元気を取り戻す荀彧。が、夏侯淵はその表情の裏を読む。その洞察こそが彼女の真価である。

 夏候惇、そして荀彧という極端な才能の相克を軟着陸させるという、稀有なその才。或いは貢献を曹操は過不足なく理解している。

 そして夏候惇の真価は口にした言葉に集約される。


「他にも何かあるんじゃないのか?」


 荀彧が積極的には報告したくなかったそれ。それを本能で嗅ぎ当てる。その直観は学んでも得られないものである。


「く、余計なことを……」


 小さく呟いた荀彧の言葉を曹操は聞きとがめる。


「桂花?」

「いえ、華琳様のお耳に入れるようなことではないかと……」

「桂花、私は貴女を高く評価しているわ。

 その貴女が愁眉を開かない。その理由、聞かせてくれるわね?」

「は、はい」


 そして荀彧は語る。酒の上での話だと断って。

 紀霊が曹操は漢朝の丞相になれるであろうと言った話。言外に袁家も後押しをするという話を。それには流石の曹操も思案顔になる。ならざるをえない。

 主君の沈黙に耐えかねたように荀彧は言葉を続ける。


「その場での思いつきという感じではありませんでした。

 ひょっとすると袁家では華琳様との共闘を考えているのかもしれません。

 ですが、この期に及んでもそのような打診はありません」


 荀彧の声にようやっと曹操は口を開く。


「袁家は宦官と全面対決するつもりはないのかもしれないわね。

 いえ、むしろ対決するからこそ私への繋がりを大事にする、ということかしら」

「どういうことでしょうか」


 曹操の言葉に夏侯淵が問いかける。


「戦いというのは始めるのは易く、収めるに難いものよ。

 だからある程度のところで私に調停を頼みたいのかもしれないわね」

「それでは何進とは一線を画す、と?」

「断言はできないけれども……。

 一蓮托生のつもりはないようね。

 ま、袁家と対立しても得るものはないもの。せいぜい利用させてもらうとしましょう」


 くすり、と笑いながら絵図を描く曹操。

 その覇気に荀彧はうっとりと頬を染め、夏候惇は血をたぎらせ、夏侯淵はくすりと笑みを深めるのであった。


◆◆◆


「しかし、話を聞けば聞くほど他愛もない戦だったようだな」


 夏候惇の声に荀彧が答える。


「そうね、私が補佐に付いていたのだもの。そこいらの兵卒が指揮しても勝てたでしょうね」

「そうか。ならば季衣に経験を積ませてもよかったかも知らんな」


 夏候惇の言葉に桃色の髪を二つに束ねた少女が反応する。


「えー、無理ですよー。

 だってボク、まだお馬さんにもまともに乗れないし」

「季衣ならば馬を背負っても行軍速度は落ちないだろうさ」


 夏候惇の言葉にその場の全員が笑みを漏らす。


「流石にボクでもお馬さんを担いだらお馬さんには勝てないですよー」

「ならば訓練あるのみだな。今日もこれから鍛えてやろう」

「はい、ありがとうございます!」

「うむ、二郎程度なら容易く勝てるようにしてやる。

 なに、あいつも結構粗忽でな。

 人を探すのに尋ね人の名も知らぬという具合だ!

 っと、季衣も人を探していたのだったか」

「はい。典韋っていうんです。

 はぐれてから結構経ってしまってはいます。

 でもボクよりしっかりしてるから絶対どこかで無事に暮らしていると思うんです。

 だから、典韋が――流琉が気づくようにボクは早く偉くなって、見つけてもらうんです!」

「うむ、よい覚悟だ。その思いがある限り季衣はどこまでも強くなれるさ。

 ま、典韋という人物に関しては部下にも通達を出しておく。

 早くに会えるにこしたことはないからな」

「春蘭様、ありがとうございます!」


 満面の笑みの季衣……その名を許褚という。

 彼女と探し人の再会。

 求めあいながらも未だ触れ合えない二人。


 彼女達を待ち受けるのは美酒か、苦杯か。未来はまだ。


 定かではない。 

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