凡人の交渉
さて、俺が洛陽にまで来たのだ。いつまでも遊んでいるわけにもいかん。いや、本当に遊んでいたと言う訳ではないのだけれども。
そろそろ本題の下交渉である。
何進と手を結ぶに当たってどれだけのものを引き出せるか、だ。
現在、袁家は北方三州を束ねるという破格の勢力を保っている。かの匈奴との大戦の功績。また、匈奴からの再侵攻に備えるという意味もある。
正直、中央から見たら危険極まりない勢力とも言える。十常侍じゃなくても警戒する。俺が洛陽に居たら本当に警戒する。むしろ勢力を削ぎに出るだろう。
だがしかし、実際に袁家にあるから分かるのだ。匈奴の脅威を防ぐにはそれくらいの権勢、権益、権力が必要なのだと。
そこらへん、現場と中枢の認識の違いというのはどうしようもないことではある。
「ふむ、袁紹殿が袁家を継がれ、朝廷に出仕された暁には、現状通り三州は認めよう。
……いろんな筋から相当危険視されてはいるがな」
にやりと笑いながら何進が言ってくる。
まあ、妥当なところだ。
「更に州牧を一つ。そして太守の枠を二つ用立ててほしいですね」
「ほう?」
探るような目つきで俺を見てくるが。ふん、散々利用されたんだ。こんくらいはせんとな。
「袁家の治める州の数は三つ、これは変わりません。
新たに州牧に推したい人物が一人います」
「ほう」
先を続けろ、と視線で促す。流石の貫録である。
「太守の枠は袁家に一つ、もう一つはまた推したい人物がいます」
「……とりあえず、言ってみろ」
そして俺は何進相手にその胸中を語る。
……田豊師匠は交渉は俺に任せると言ってくれた。だから、俺は俺の絵図を描く。
ぼんやりと考えていた未来図。この洛陽に来て何進という傑物に出会い、修正を加えたそれを。
「北方の一州は公孫に。
袁家には荊州を新たに」
荊州。
三国志後半の主役、諸葛孔明を排出した土地である。
沈黙を破ったのは何進の言葉であった。
「ふん。根拠たる北方三州から一つ減らし、なじみのない荊州を押さえるか。
一応、領地が分散するということにする、か。
袁家の勢力が削がれる、と思いきや、懇意の公孫をもって匈奴に当てる。
既に連動している公孫ならば国防の盾としても申し分なし。か」
ぎろ、と睨まれる。
「だが、荊州は劉表がいるぞ?
そこはどうする」
「益州へ。益州を治める劉焉殿はお体の調子がすぐれないそうですね」
中央への出仕を拒み僻地に独立王国でも築きそうなのは何進とて気にしているだろう。
「ふむ、代替わりの時に入れ替える、か。
だが、劉表も劉焉もそれでは納得すまい」
まあ、皇族である劉姓。その二人の去就を移り変わる天気のように軽く扱っている話の流れがおかしいのではあるが。
そのあたりに全く触れないということが示唆する何進の政治力というものはちょっと笑えない。いやむしろ笑える。
「劉焉殿の嫡子……劉璋殿を宮中に出仕させ、箔を付けます。
しかる後に益州へ再派遣すればよろしい。
それに併せ、劉表殿は再び荊州へ」
「ふむ、それだと袁家の勢力が減るが?」
まあ、荊州を永続的に治めるつもりもないのである。あくまで人材を青田刈りしたいだけだし。
「その時には徐州を」
「ふん、何を考えているのやら」
当然、この絵図にはほかの意味もある。一番大きいのは孔明青田買いだけどな!鳳の雛あたりもセットでお買い上げしたいところ。
何なら水鏡先生とか徐庶もセットでお持ち帰り上等のつもりである。
まあ、他にも理由はあるがね。
「……前向きに検討しよう」
微かにに苦い表情で何進が言う。人事をいじるのはしんどいからなー。各所への根回しやら調整だったりが大変なのだよね。でもまあ、何進にとっても悪くない絵図面であるはずだ。だからこそ前向きに検討するという破格の言質を得られたのであろう。
だが、まだまだ俺のターン!
「俺個人も欲しいものがあります」
「なんだ?金か、地位か、女か」
「地位っす」
きっぱりと言ってやった。
「どんな地位だよ」
「督郵ですね」
役人の監察官の地位である。普通は各エリアに置かれるそれ。俺が望んだのは、エリアを限定しないそれだ。
「ま、腐敗した地方の官を見た時、処分できる権限がほしいんですよ」
「ほう?」
どこか意外そうな、可笑しげな何進であるが実際、ひどいもんなのだ。流琉の故郷近くとかなあ。こればっかりは現場を見て回らんと実感湧かないだろうなあ。
いや、それが根本的な解決に繋がらないというのは分かってる。それでも、手に届く範囲でなんとかできることはなんとかしたいと思うのだ。
――督郵の地位は俺のためのもの。そしたら袁家のためのものも一つ頼んでみるとしよう。
俺的にはこちらが本命である。
「ほう。……しゃあねえ。毒食わば皿までだ。なんとかしよう」
限りなく即答に近い回答が何進の影響力を窺わせる。つーか、なんとかなるのかよ。
俺が要求したものはそんなに軽いものではなかったのだが。流石大将軍。その決断力と権勢に痺れる憧れる。
そしてやっぱりお近づきにはなりたくないものである。
「なるほどな。お前は……たいしたもんさ。居場所に困ったら俺んとこに来い。
悪いようにはしねえさ」
そんなことを言いやがる。
「過大な評価ありがたくありますが……。あいにくそんな予定は全くないですねえ」
「は、気が向いたらで構わねえよ」
カハ、と軽く笑う何進。気が向くわけねえっちゅうの。
「では、ひとまずそういうことで」
「ああ、よろしくな」
次に洛陽を訪れるときには麗羽様や美羽様の随員でしかないだろう。だからこんな疲れる交渉は金輪際ということになる。いやあ、疲れた。
でもまあ、何進という人物を知れたのは得難いことであった。そう思いながら用事は済んだしさっさと尻に帆をかける決意をする俺なのであった。




