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女子会らしきもの:三羽烏の場合

「今日も冷えるのー。底冷えなのー。正直、辛いのー」


 ぶちぶちと愚痴る于禁を李典は苦笑しながら宥める。


「まあ、しゃあないわ。ここ南皮は中華の地でも結構北の方やさかい。

 うちかて、最近は結構着こんどるもん。ほんまはもっと身軽でおりたいんやけどな」


 本来はとても。本当に薄着であり、場合によっては下着くらいの恰好がデフォルトであるのが李典である。

 その李典ですら衣装を重ね着するのだからして、南皮の冷え込みというのは中々に厳しいのだ。


「真桜ちゃんはもう少し普段から衣装を整えるべきなの……」


 そんな李典が羽織っているのは于禁から提供を受けた流行最先端のものなのだが、無造作に重ね着をするその様子に于禁も苦笑一つ漏らすのみである。

 まあ、人には向き不向きというものがあるのである。勿体ないな、という思いはあれども。


「でも、三人揃ってのごはんは久しぶりなのー」

「せやなあ。ほんま、いつぶりやろうなあ」

「真桜ちゃんがなかなか帰ってこないからなのー。

 いくら研究が楽しいからって、研究室に何日も籠るのは女子としてどうかと思うのー」


 ぷりぷりと我がことのように膨れる于禁に李典は苦笑を漏らす。


「いやー、ちょっと集中したらもう日の出やったりするから、なあ?」


 なあ、じゃないぞとばかりに于禁は語調を僅かに荒げる。


「……ごはんもロクに食べてないときだってあるのに、その胸は卑怯だと思うの」

「いやー、胸から痩せるってあれは嘘やな。

 どんだけ食事抜いてもばいんばいんやで。

 ああ、もう少し小ぶりでもええんやけどなあ」

「持てる者の余裕が妬ましいの……。

 気を抜いたらお腹にお肉が付いちゃうのに……」


 本気で気落ちする様子の于禁は貴重である。それを知っていているからこそ李典はこの空気を大事にしたいと思う。


「ああ、最近、屋台の食べ歩き企画を始めたんやっけ?

 うちらの研究室も結構参考にしとるで。

 いやあ、ありそうでなかった企画やもんなあ。

 人気も結構あるんやろ?」

「そうなのー。

 話題のお店もそうなんだけど、読者の方からも結構情報が集まってくるのー。

 自薦、他薦と情報量が多くて目が回るのー」

「ほうかー。まあ、忙しいのはいいこっちゃなあ」


 昔はやることもなく、ただ駄弁っていただけの彼女らだったのだ。好きな絡繰りを作る材料も、図面を書く紙も無かったころを考えると天と地だと李典は思う。


「まあ、どうせあれやろ。

 阿蘇阿蘇アソアソのそんな突拍子もない企画を作るのはあの御仁やろ」

「ご明察なのー。

 凪ちゃんの愛しの、お師匠様なのー」


 その声にぶは!と吹き出す声が響く。


「な、何を言うんだ!師であるのは確かだがそんな愛しのだの妙な前置きをつけないでくれ!」


 おー、照れとる。照れとるなあと李典は内心ニヤニヤする。ひょっとしたら、多少は表情に出てしまったかもしれないが。


「何言うとるねん。うちらに隠し事はなしやって。

 っちゅうか、見とったら誰でも分かるっちゅうねん。

 ほんま凪は乙女やわー」

「か、からかうな!わ、私は。そんな邪な思いなど抱いていない!」


 顔が赤い、見事に赤い。と于禁と李典の内心が見事にシンクロする。


「図星刺されて痛いんはええけど、手元がお留守やでー」

「ああ、火加減が!ああ、もう!」


 けらけらと笑いあう二人に楽進は恨めし気な視線を一つやりながら手元に集中しなおす。

 そして、やはり三人揃わないと調子が出ないな、というのは多かれ少なかれ三者に共通した思いであったろう。


◆◆◆


 ぶつぶつと文句をつぶやきながらも料理の手を休めない楽進に李典が声をかける。


「なんか手伝うことあるかー?」

「ない!というか、出来上がり直前にそんなこと言うな!」

「きゃー、凪ちゃん怖いのー」

「ああもう、そんなに暇なら食器くらい並べてくれ!」

「りょーかーい」


 なるほど、今日は鍋中心かと李典は納得する。寒い日にはありがたいメニューである。


「おー、旨そうやなー。鶏の鍋かー。

 おお、ええ出汁出てるやん」

「んー、暖まるのー。

 あ、真桜ちゃんお野菜も食べないと肌が荒れるのー。

 ただでさえ生活が不規則なんだから、お野菜食べないと」

「うげ。まあ、しゃあないなあ。

 お、そのつくねいただき」

「あー、狙ってたのにー」

「ほら、まだまだあるから、喧嘩しない」


 身体が温まるにつれ、舌も滑らかに動き会話は弾んでいく。

 そして話題はやはり今日の料理メニュー


「でも、最近凪ちゃんのお料理の傾向が変わったと思うのー」

「んー、そういや、そうやな」

「そうか?何か味付け、変かな?」

「ちゃうちゃう、そうやない。

 まあ、変っちゃあ変やねんけどな」

「そういえばそうなのー」


 だって。


「「辛くない!赤くない!」」


 于禁と李典が声を合わせて指摘する。

 南皮に来てから、赤い料理の登場頻度がぐぐぐっと下がったのだ。赤いモノ大好きの楽進が作るのに、である。


「こんな寒い日はさぞかし真紅の衝撃かと思ったんやけどなー」

「覚悟完了!って感じだったのー」


 正直拍子抜けしたというものである。

 そんな二人に楽進はコホン、と咳払いを一つ。


「二人とも、勘違いしてるぞ。

 辛い料理は寒い日に食べるものじゃない。

 あれは汗をかいて、暑い日を乗り切るためのものだ。

 本来、辛みにはラーマーの二種類がある。

 辣はその字の通り刺すような辛さ、麻はじんわりと染み込んでくる辛さだ。

 私が辛いのを好むのは生まれが南だからだな。これには防腐作用もあるからな。

 だから、北方では辛みというのは余り用いられないんだ」


 ほー、と。棒読み以上感嘆未満の二人である。

 これはまあ、指摘するのが礼儀なのかな?と。


「でもまあ、個人の嗜好もあるやろ。やからな。

 極端に赤い料理が減る理由としては弱いで」

「うっ」

「そうなのー。凪ちゃんなら、体が冷えるとか気合いでなんとかするに違いないのー」

「ほれほれ、ほかの理由があるんやろ?

 言うてみい、吐いてみい」


やいのやいのと昔馴染みの二人に追及されると楽進も弱い。


「その、だな」

「ほうほう」

「二郎様が、辛いのは。苦手だと」


吐いたな。ニヤリとした口元は于禁と李典が同時に浮かべたもの。


「きゃー!凪ちゃん乙女ー!

 かっわいいー!

 慕うあのお方のために好きなものを断って、お料理の幅を広げるなんてー。 

 愛なのー。これは間違いなく、愛なのー」

「うんうん、これはうちらも全力で応援せんといかんわー」

「だ、誰が、愛か!」


きゃあきゃあ騒ぐ于禁に真っ赤な顔して抗弁する楽進の様子は、常であれば怜悧なのが勿体ないなあと思うくらいに表情豊かで。


「凪ー?」

「な、なんだ」

「ご馳走様、や」


真っ赤なお顔がもっと真っ赤になったなとか思いながら李典は本当に思う。ほんま、ごちそうさま、と。


◆◆◆


「そういえば、真桜ちゃん?」

「なんやー?」

「研究研究って言ってる割には何してるか聞いたことない気がするのー」

「まあなあ。

うちのやってるお仕事っちゅうか研究内容は専門性が高いからなあ。

それになー、守秘義務とかいうのがあってやなあ。

 あんまり話せへんのよ」

「確かに阿蘇阿蘇でも醜聞関連の取材の情報源は絶対明かせなかったりするのー。

 それなら仕方ないのー」


 本当は李典とて、ものすごく語りたいのである。なにせ自分の研究とか発明に彼女らが興味を持ってくれたのは本当に久々だからして。


「まあ、話せる範囲でええか?そんかし他言無用やで?」

「心得た」

「わかったのー」


 まあ、素人の視点とかも馬鹿にでけんかったりするとかどっかの風来坊が言ってたからよしとしよう。李典は脳内で護身を完璧にする。


「ぶっちゃけ、巨大兵器の開発しとる」

「巨大……兵器……?」


 良く分からないといった風の二人に李典は簡単な説明をする。


「せや。どでかい兵器や」


 それは余りに粗雑で適当な説明ではあった。が、于禁と楽進はそれで納得したようである。


「何に使うのー?」

「さあ?うちらは指示された物を開発するだけやし。

 それがどう使われるかは知らへんなあ」

「おそらくは黒山賊の根拠地を攻める時を想定しているのだろう」


 楽進の推察に李典は口元が緩む。工房でも実際そうなのだろうという推論が飛び交っていた。それが嬉しくて、つい口が滑る。


「それだけやないで。一応、この南皮を攻略するための運用法も併せて開発しとる」

「え、なんか怖いの」

「それに合わせて防衛用の兵器とか、施設の研究、開発もしとるのやで」

「なるほど。平時に乱を忘れないということか。流石は袁家。北方の盾だな」


 うんうんとうなずく楽進。それに李典は思う。まさか自分が改修の一助をした城壁の攻略法を考えることになるとは、と。

 だがやるならば徹底的に。それはもう少しで形にできそうなところまできている。


「それでー、どんな兵器を作ってるのー?」

「ありふれとんで?

 衝車とか投石器やなあ」


 まあ、李典印の兵器なのだからして、常識とか良識を投げ捨てた程度のスペックになるのだろうというのは当然の帰結。


「あー、真桜ちゃんが悪い笑顔してるのー」

「あー、真桜その、なんだ。やり過ぎるなよ?」

「失敬な。うちがいつやり過ぎたっちゅうねん」

「いつものことなのー」

「いつもだろうが……」


 む、と膨れる李典に追い討ちが。


「爆発に巻き込まれるのは勘弁してほしいのー」

「本当にそうだ」


 ぐ、と詰まりながらも李典はへこたれない。その精神はきっと金剛石ダイアモンドでできていた。そう、金剛石は砕けないのだからして。


「それはまあ、あれや。技術の進歩のためには仕方ないんや」


 まあ、巻き込まれるのが自分たちでないならば。純粋に応援できるというものである。

 そう、どこぞの凡人が技術の進歩とやらの成果を目にするまでにはまだ幾ばくかの時間的余裕があったのである。


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