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凡人と宴席

 さて、ちょっとご飯におよばれするかと思ったら宴席である。

 何進の人脈を窺わせるそれには様々な人物が訪れていた。いや、確かに料理も酒も珠玉で……美味い。しかし、落ち着かねえなあ。

 だってさ、そこかしこで、よ。あれは誰だ、袁家の……という声が嫌でも耳に入る。


 ん。ちょっと待てい。これは……。


 や、やられた!むしろやらかした!


「あら、どうしたのかしら、顔色が変わったわよ」


 そんな声をかけてくるのは蔡邑さん。この席で極めて数少ない知り合いである。


「ええと、あれだ。嵌められたなあと思って」

「どういうことかしら?」

「……本気で言ってるのかわかんねえけどよ。

 一応俺が単身洛陽に来てるのは何進様と袁家の繋がりを隠すためだろ。

 それがこれじゃあ、一方的に何進の権威を後押ししてるだけじゃねえか。

 くっそ、やられたぜ。と今になって思い至ったところというわけだ。

 こんだけの人数を呼べるんだ。事前に根回しも完了ってとこだろう。

 今更袁家は何進と組まないなんて言ってもよ。誰も信じないだろうさ」


 思案気な蔡邑。そして、なるほどと頷く。


「そういえばそうね。

 でもそれに気づくのは大したものと思うわよ?」

「うるへー。

 今更気づいても遅いっつうの。しまったなー」


 天を仰ぐ俺をくすくすと見やる蔡邑。はいはい他人事ですよねわかります。

 そうやってやさぐれていく俺に声がかけられる。


「何だ、紀霊ではないか。どうしてお前が洛陽にいるんだ」


 その言葉に振り返って。ええと、誰?

 声をかけてきたのは艶やかな黒髪。その長髪をオールバック気味に後ろに垂らした美女である。

 つか。できるな、と俺でも分かる。あくまで優雅な運足はいつでも必殺の一撃を放ちそうな、決壊寸前の大河を見るような。そんな大物感がある。いや、胸部装甲だけではなくね。

 だが見覚えはない。これだけの美人かつ武芸者だったら流石に俺だって覚えてると思うんだけど。多分。


「ええと、どなたでしたっけ」

「なんだ覚えてないのか。

 うん、違うか。私が一方的に見知っているだけだった。

 改めて名乗ろう。

 夏候惇。華琳様を武によって支える曹家の大剣だ」


 まさかの場所でまさかの大物。曹操陣営の最古参にして股肱の臣、夏候惇将軍である。隻眼が有名だがまだ両目ともご無事なようで何よりである。


「つーかそっちこそ何で洛陽にいるのさ」


 ネコミミとかあんだけ仕事に埋もれてたのにね。あれなら確かに猫の手でも役に立つという状況だぞ。


「いや、なに。夏候家の当主として官位を受け取りに来たのだ。まったく、それだけというのにひと月も待たせよって。

 宮中の腐敗はここまでかと思っておったところさ」


 え?それは流石におかしいでしょうよ。


「ちょっと待て。単に官位を受け取るだけならいくらなんでもそんだけ待たねえぞ。

 お前なんかしたろう」

「む、失礼な。

 宮中で騒ぎなど起こすはずもなかろう。

 せいぜい、賄賂を要求してきた官吏の顎を砕いてやったくらいだ」


 それだー!


 ……って顎を砕く……。砕いた、だと……?


「それ、流石にやりすぎだろうよ……」

「何を言う。華琳様の領内ならば切り捨てていたところだ。

 まったく、どこにでも下賤な人間はいるものだな」


 なんということでしょう。曹操陣営は腹黒。そう思っていた時期が俺にもありました。

 なにこの裏表なく、脳みそが筋肉でできてそうなこの夏候惇さん。㌧姉とでも呼んでやろうか。


「さいですか。つうかあんたが本気で殴ったら死ぬだろ普通」

「ふん、そこで死ぬならばその程度ということよ!」


 肉体スペックの高い奴らはこれだから困る。まあ、宮中の現状に憤懣やるかたないというところなんだろうけどさ……。


「目的が果たせないだろそれじゃ」


 いいから俺に任せろと言いそうになって口ごもる。いかんな。今現在はそれどころじゃあないってのに。

 と、思っていたのだが、目の前でぷりぷりと義憤に震えるその様には苦笑を禁じ得ない。まあ、いいか。なんかほっとけないよねこういう御仁は。


「そしたらさ、一つ俺に任せてみろって。

 さっさと帰らないと過労死するぞ、ネコミミとか」


 ぼりぼりと頭を掻きながら。いかんなあと思う。こういうのってガラじゃないんだけどなあ。


◆◆◆


「うむ、おかげさま、ということなのだろうな。ようやく華琳様の元に帰参できそうだ。

 礼を言う」


 かの、未来の名将夏候惇との邂逅の翌日のことである。結局俺は彼女が官位を受け取れるように奔走した。

 宦官勢力とパイプの太い曹操配下に俺が便宜を図ることになってしまうわけだが。一方的に宦官勢力と対立するわけではないというPRにもなるだろう。

 ……軽く何進への意趣返しにもなるしな。無論、宦官勢力に肩入れする気は全くないが。


「まあ、いいってことよ。麗羽様のご友人だからな、曹操さんは」

「ふむ、いずれにしろありがたい」


 まあ、この子はそんな俺の思惑やらは全く気にしてないだろうけどな!


「そういえば紀霊よ」

「なんじゃらほいさ」

「以前、華琳様自らお誘い頂いたことがあるだろう」

「そんなこともあったかねえ」


 まー、あっちは本気じゃなかったと思うけどね。


「なぜ、断った?」


 視線も鋭く問う彼女は、主君を貶されたならばと気負う彼女は。控え目に言って魅力的であった。

 こういう真っ直ぐなのが股肱の臣であるところ。それこそが曹操という人物の魅力、そしてその器が窺い知れるというものである。

 いや、絶対仕えたくないけどね。何度も言うけどブラックベンチャーはノーセンキュー。ビバホワイト大手、である。福利厚生万歳、QOLの尊重、ライフワークバランス万歳。

 とも言えず。


「あー、たとえばだ。

 飛ぶ鳥落とす勢いの何進大将軍からアンタがお誘いを受けたとする。

 そしたら曹操さんの下を出奔するかい?」

「そんなわけなかろう!この身も、心も!華琳様ただ一人に捧げたものだ!

 侮辱するつもりか!」


 うわ、この子結構扱い方めんどくさい……。同じ脳筋でも猪々子はもっとこう、可愛いよなあ。素直だし。よし、猪々子の勝ち。胸部装甲以外は。


「んー、だからさ。

 俺も既に袁家に忠誠を誓ってるのでね」


 察してくれと笑う俺なのである。

 ふむ、と考える様子の夏候惇。納得してくれたろうかねえ。


「なるほど。それならば赤心揺るがぬのも無理なし。

 まあ、曹家の武は私と秋蘭がいれば問題ないしな!」


 お、そうだな。その通りだな。まあ、現段階では信頼できるというのが最重要項目だろうしなあ。


「そうだね夏候惇将軍がいれば問題ないよね」

「なんだ、よくわかってるじゃあないか!

 そうだな。色々助力してもらったしな。

 私のことは春蘭と呼べ!私の真名だ!」


 なにこの流れ。いやまあ。いいけどさあ。


「袁家の臣、紀霊。真名が二郎ですだよ。今後ともよろしく」

「ふむ、二郎も一度陳留に来い。

 華琳様が治める町だ。考えが変わるかもしらんぞ」


 大笑しながら、ばしばしと俺の背中をたたく。痛い。


「いや、来る途中寄ったってば。って聞いてないなこれは」


 そのあと、気をよくした春蘭に引きずられ、飲み明かすことになってしまったのだ。あ、えっちなイベントとかはなかったからな?せいぜい立派なおっぱいをチラリと鑑賞したくらい。


 まあ、この魔都洛陽で裏表のない人物と語るというのは一服の清涼剤みたいなものだからして。ものだからして。

 ふむ、あの何進が馬騰さんとつるんでるのもそういうことかな、とふと思ったわけです。


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