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凡人の(比較的)平穏な一日

「ふむ。これ、すっげえ収穫増えてない?」


 沮授が持ってきた資料を斜め読みした限りでは、今年の袁家領内での税収はメガ盛り。それは領内での農産物の豊作――それも桁違いの――が故である。


「そうですね。天候に恵まれましたが、それ以上に農作業の効率が上がったというのが大きいみたいですよ。

 お流石、と言っておきましょうか」


 くすり、と笑みを浮かべる沮授のかんばせはあくまで涼やか。どう見ても爽やか系イケメンです本当にありがとうございました。


「よせやい。道具や肥料を多少整えたくらいでこんなになるかよ。どう考えても民が頑張った成果だろうが。

 だからある程度還元させた方がいいんじゃね?」


 実は中華全土に目をやれば天災に事欠かない。南方では豪雨による洪水、西方では蝗害。だがしかし俺がいる袁家領内では特段の災害は報告されていない。

 とは言え、局所的な豪雨だったり旱魃はあってしかるもの。つまり、何らかの災害があっても天災と為さずに人為によって治めたということである。それは袁家の統治機構が健全に機能しているということである。

 いくら俺が農具やらなんやらを提案したと言ってもそんなに短期的な効果は上がるはずがない。俺の上申はノウハウの蓄積とその普遍化が主眼なのだからして。

 ――災害に合うのは為政者にその資格なしと天が怒っているという説がある。超一般的な解釈だ。しかし、それは逆なのだと俺は思う。災害なんていつもどこかで起こってるものだ。実際、それへの備えと対応がしっかりしていれば問題は最小化されるのだ。

 天災を治めて見せる。それこそが為政者の仕事だろう。まあ沮授には釈迦に説法だろうけんどもね。


「まあ、領内の運営が順調なのは間違いないのですが・・・」

「ん?どったの?」


 問う俺に、懸念するほどではないのですが、と断りを入れて沮授は。


「どうもこの頃、張家から上がってくる情報の質が落ちている気がするのです」


 張家。俺が所属する紀家、顔家、そして筆頭格である文家と並び袁家を支える四家の一つである。だがその役目は他とは大きく違う。携わるのは諜報、である。


「二郎君だから言うのですがね。このところの定点観測の報告の質がどうにも。

 異常なしとか状況に変化なしとか、無難なものが目立ってきているようなのですよ」


「世は全てこともなし、漢朝は安泰、袁家は繁栄。実に素晴らしいじゃねえか」


 くす、と沮授は笑みを漏らして。


「そうだったらいいのですがね。どうにも。過去十年くらいの張家の報告に目を通したのですが――いや、ひどいものなのですよ。最近のそれは」


 マジか。さらりと、とんでもないこと言ったぞこいつ。――まあ流石に全部に目を通したということではないのだろう。きっと。多分抽出法からの拡大推計って感じなのだろうが、それをやろうと思ってほんとにやるのが凄い。

 いやあ、敵に回したらいけないタイプの奴だな。媚を売りまくって友人ポジを確立させてよかったぜ!よかったぜ!

 実際気も合うし、打てば響きまくってくれるし。こいつが将来の政敵とかマジ勘弁である。政争とかしたら絶対負けるしな!


「まー、とりあえずは食料の備蓄強化だなあ。買い上げは順調かい?」

「ええ、じわりと低下傾向にあった米、麦、豆、粟などの穀物の価格は安定していますよ。

 備蓄のために購入しているのが効いている、と思いたいですね」

「ん、完全には価格の統制は無理だろうがな。豊作になったが価格が下落して農民が路頭に迷うとか洒落にならん。しばらくは注視しないとな」


 豊作貧乏、という言葉がある。豊作によって農産物の供給が過多になり、価値が下落。それを防ぐために袁家が買い支えをしているという訳である。


「ええ、そうですね。それと少しずつ他の農作物への転作の推奨も視野に入れないといけませんね」


 商品作物と言う奴だな。麻や綿花な繊維、藍みたいな染料とかそういう感じのやつだ。


「そうだな。だがまあ、しばらくは備蓄強化でいいだろ。財政も相当余裕あるんだろ?」

「ええ、金蔵の銭を束ねる紐が腐ってしまうくらいには」

「ふん、安物使ってんじゃねーだろな」

「いえいえ。最高級の絹糸ですよ」

「無駄にもほどがあるっちゅうの」


 顔を見合わせて笑い合う。俺がここ、田豊様の屋敷に入り浸っているというのにはこいつとの馬鹿トークを楽しみたいというのも大きなモチベーションだ。いや、田豊師匠って基本コワイからね。師事するのにやぶさかではないけれども。


「まあ、とりあえずはそんなとこか」


 うーんと伸びをして頭を切り替えていく。


「おや、もうそんな時刻ですか。今日も鍛錬を?」

「おう、田豊師匠には言ってるし、また場所借りるぜ」


 軍師とか言いながらも筋骨隆々な田豊師匠の私宅には割と立派な鍛錬場が整備されており、そこで汗を流すのが俺の日課である。努力は裏切らない!はずである。のだが。



「あの。大丈夫ですか?」


 ぜえ、ぜえと呼気を漏らす俺に陳蘭が心配げに声をかけてくる。


「み、水を頼む・・・」


 こひゅーと呼気を漏らしながらした俺のリクエストに弾かれたように身を翻して駆けだす陳蘭。おっかしいなー。俺と同じメニュー以上に身体をいじめていたはずなんだが。

 走り込みの後に立木打ち、おまけに筋トレのフルコースなのだが。息も絶え絶えな俺に対し、陳蘭は鼻歌混じり――とまではいかないまでも。


「くっそ。俺の基礎体力が足りないのか陳蘭がすげーのかどっちだっての」

「そんなの決まってます。わたしはおねーちゃんなんですから」


 えへんとばかりに胸を――薄いのは年齢のためであるはず――偉そうに張る陳蘭である。まあ、陳蘭は俺より年上であるしこの年代では女子の方が身体的には優位であるのは確定的に明らかであるのではあるが。

 悔しいモノは悔しいのである。


「じゃあ、実技だな」


 基礎的なスペックで及ばないのであれば技巧だ!


「この円周から出たり、膝から上を地面に付いたら負けな」


 ずり、ずりと適当に地面に円を描いて仕切り線を追加する。


「ふぁ、はい!」

「後ぐーで殴るのも駄目な。こぶしを痛めるから。張り手は許可」


 つまり、相撲というやつである。傍目には子供がじゃれ合っているようにしか見えないだろう。そして俺は未来の格闘スキルがどれだけ通用するか。

 俺、気になります!




「ふぁれ?きゃっ」

「妙技、外無双――」


 俺はまさに技の百貨店やでぇ!


「こ、こんどこそ!」

「絶技、肩透かし――っ!」


「掴み投げ!」

「上手出し投げ!」

「下手投げ!」

「切り返し!」


 きゅう、と根を上げた陳蘭が不平を漏らす。


「力じゃ私の方が強いのに・・・」


 だからこそ俺の適当な知識による技術、技が有効か知りたかったのだ。


「ふ、身体能力の差が、戦力の決定的差でないということだな」


 だが、気を抜けば逆転されていただろう。基礎スペックというのは偉大である。レベルを上げて物理で殴る。これ最強。


「うー、なんかずるいですー」


 そこで感じるずるさこそが技巧。俺の持つ数少ない優位点なんだよなあ。


「陳蘭も覚えればいいさ」


 そんなことを言いながら思う。体格が互角ならばうろ覚えの技術であっても十分通用する。技の再現も思ったより容易にできた。

 思えばテレビで見た相撲や柔道、レスリングなんかは超一流の洗練された技。少林寺拳法だって4-5世紀後に発生するのだ。つまり俺が見ていたのは言わばオーバーテクノロジー。それを俺は視聴していた。これは見稽古につながるのではないか。そう思って試したのだが、予想以上に体が動いてくれる。これは嬉しい誤算だったのだ。


「ふぅ・・・」


 大人げなく少女相手にいい汗をかいてしまった。柔道、プロレス、いろんな技を試した。某友情力がMaxな超人漫画の技の再現は無理だったな。ボクシングとか空手みたいな物騒なのは今度防具着用で試すか。

 幾人もの天才達が生涯をかけて昇華させた技の数々、使わせていただく。それが実在しても、しなくてもな!


「うう、二郎様にはかなわないです。わたし、おねえちゃんでお守り役なのに・・・」


 あれやこれやに付き合ってくれた陳蘭がそんなことを言う。何か語弊があるような、ないような。


「じ、二郎様のお守り役にわたしなんて。おやくにたてない・・・」


 ぐず、ぐずと湿っぽくなる陳蘭に戸惑う。


「や。陳蘭が俺の守り役を外れたら困る。ほんと困る」


 これはマジ話である。


「ふぇ?」


 不思議そうな顔の陳蘭であるが、彼女には正直感謝しているのだ。色々好きにさせてもらってるし。俊才とか言われる彼女の姉であったならばこうはいかないであろう(確信)。

 それはさておき、陳蘭の機嫌をとるべく俺は見え透いた一手を。


「ほら、美味しいものでも食べに行こうぜ」

「・・・今日も町に出るのですか?」


 今泣いた烏がもう笑った。陳蘭がにこやかにそう問うてくる。


「ああ、だからいつものように服の準備を頼むな」

「はーい」


 いつも着ている服は質素とはいえ流石に質がいい。もっと襤褸を着ないと良家の子供だってばれてしまう。流石に誘拐の危険は少ないが、町の実情とかを見るには都合が悪い。

 陳蘭に持ってきてもらった襤褸の服に着替えると、連れ立って町に出かけるのであった。

 息抜きマジ大事、実際。


 と、思っていたのであるが俺の完璧な計画は麗しい闖入者によって破綻することになる。


「きゃっ!袁紹さま、髪の毛引っ張っちゃだめです」

「きゃはは!きれい!ちんらんの髪、きれい!」


 後ろでは陳蘭が麗羽様のお守をしている。麗羽様は俺と陳蘭をいったりきたりでよく構ってくれアピールをしている。懐かれないどころか距離を置かれている沮授はちょっと寂しそうだ。

 ざまぁ。


「まあ、安心してください。流民が想定を越えて流入しても問題ないですよ」


 俺の懸念を先取りして沮授が言う。天災レベルの災害が地方で頻発している。そして袁家領内は安泰。さすれば流民が流れ込んでくるのは必定なのだ。これはもうしょうがない。漢朝は農民の移住を許していないが、だからと言って出戻らせたり収監するわけにもいかん。


「流民を受け容れつつ、備蓄を増やす。やれるか?」

「まあ、なんとかしますよ」

「さすがだなーあこがれちゃうなー」


 未だ公務とは無縁の俺とは違い、沮授は既に田豊様の補佐をしているのだ。無責任にあれこれ非公式なルートでぶちあげている俺とは違うのだよ。

 いや、これってすごいことよ?そしてあからさまに田豊師匠の後釜って感じの沮授に対する風向きは複雑だ。言ってみれば首席補佐官とか官房副長官的な地位にある沮授に対しては硬軟様々な圧力やらなんやらが押しかけているはずだ。

 できたら、少しでもこいつの助けになってたらいいなあ。精神的な意味だけでも、な。

 とか思ってたら気遣いしてくれたのか、沮授から話を振ってくる。


「そういえば、もうすぐでしたか」

「おうよ、ようやく軍務に就けるのさ。やっと、だよ」

「ここはおめでとう、と言っておくべきなんでしょうね」

「そうだな、他でもない沮授にそう言ってもらえると嬉しいな。

 まあ、一番嬉しいのはアレだけどな!うひひ!」


 どうにもにやにやと笑みが漏れてしまうが、やっぱりアレは欲しかったのだよ。神話の時代から語り継がれる紀家の至宝。匈奴のハーンすら討ち取ったというそれ。


「三尖刀、ですか」

「おう、紀家の家宝にして至宝だ。欲しかったんだよなーこれ。

 これで俺も二郎真君に一歩近づいたな」


 そう。中華の神話の大英雄たる二郎真君。俺の真名のモデルでもある。三尖刀と哮天犬、そして変化の術を自在に操るそれはマジチート。西遊記で孫悟空が二郎真君と伍し、変化合戦の後に老子様にやられたというのはあれだ。二郎真君の強さを引き合いに出して猿の実力を誇示したということに他ならない。正直天帝の甥とかは後追い設定を盛りすぎだろとか思うのだが。


「まあ、形から入るのは間違ってないと思いますよ?」

「うるへー」


 そして、俺はもうすぐ紀家の一軍への参加が認められるのだ。武力の掌握。これは非常に重要だ。某大陸の強国とか半島の独裁国家の例を出すまでもなく、武力を掌握している政権はまず倒れない。

 俺が武家の座にこだわったのはこれも大きい。べ、別に座学が苦手だなんてことはないんだからね!


「じろー、だっこー」

「はいはい、麗羽様。仰せのとおりに。陳蘭お疲れな」

「うう、あちこち痛いです・・・」

「よーし、肩車しましょう、そして駆け出しましょう!」

「わー、高い!はやいー」

「二郎君!夕食は食べていかれるのでしょう?」


 問うてくる沮授に諾、とジェスチャーで応え。


「おー、大盛りで頼むな。かーらーのー加速装置!」

「わぁ!」

「ふぁ、あ、危ないですよぅ!」


 そんな、いつも通りのごくごく平穏な一日であったのだ。

ちび麗羽様という新ジャンル。流行れ。

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