凡人と細腕繁盛記
さて、一眠りした後遅めの朝食……というより、早めの昼飯を食いに俺は宿から出た。蔡邑は宿で済ませるそうだ。
まあ、それなりにハードな旅路だったし今後もそうなるだろうから、数日は陳留で休養するつもりだ。
曹操という人物についてこれまで結構放置してたしな。これを機にあれこれ調べるとしようかな、と思っている。
まー、それはそうと腹ごしらえっと。流琉につくってもらった雑炊はものっそい旨かった。あれが賄いなのだとしたら、きちんと定番商品にも期待ができますねえ。
たしかここいらへんだったと思うんだが。帰巣本能に定評がある俺だが、記憶はあやふや、目は節穴というのが定説。だが、幸運にもめぐりあい陳留。
おお、結構繁盛してるじゃないか。行列まではいかないが、満席に近い。お、流琉いるじゃん。
「やほー。早速きたよー」
「あ、二郎さま、いらっしゃいませ!
なんになさいますか?」
元気だねえ。俺は割とふらふらなんだけど。だが空腹でもあるのだよ。遠慮なく味わおう。
「んー、流琉に任せるわ。品数は多い方がいいかな。
ほんでご飯は大盛り。
そんで酒を付けてくれや
高くついてもいいから、美味しいとこ頼むわ」
「は、はいっ!わかりました!」
運ばれてきた料理は、まあ、こんなもんか。というもの。流琉がメインシェフじゃないからかな?美味しいけどまあ、それなり的な。
しかし流琉はよく働くなあ。給仕メインだが、厨房も手伝ってる。客の目も温かい。まさに看板娘だな。
勘定を払いながら亭主と話をする。
「よく働くいい子じゃあないか」
「へえ、つい一月前に拾ったんですけどね。
今や看板娘ですよ」
「拾った?」
「ええ、さいで。着の身着のままでうちの裏口にうずくまってたんでさあ。
叩き出そうと思ったんですけどね、『なんでもしますからここに置いてください!』
ってね。
私らも鬼じゃあないんで、試しに働かせてみたら、働くのなんのって」
けらけらと笑う亭主。まあ、よくある話なんだろう。試しに働かせるというだけでも温情のある話だ。
つまり、流琉は流民同然……というか流民そのものだったというわけだな。小遣い程度とはいえ、給金すら出してくれるこの店に拾われたのは彼女にとって僥倖だったろう。
「ふむ……。流民か。増えてるのかな?」
「うーん、そうですねえ。北西から来るのが最近増えてますねえ。
やっぱり重税が課せられるとねえ」
……ここにも売官の影響がありやがるか。改めて思う。いかんでしょ、と。
「そっか、あんがとな。これ、お勘定。釣りはいらんぜ」
「へ、だ、旦那、これはちょっと流石に多すぎると思うんですが……」
「あの子を夜まで借りてく。手間賃考えたらそんなもんだろ」
探るような視線を向けてくる。いや、俺べつにロリコンじゃないからね?
「……旦那。旦那なら変なことしねえでしょうや。
まあ、あの子もそろそろ休みを取ってもいい頃でさあ。
おーい、典韋!こっちおいで!」
「はーい、ただいま!」
駆け寄る流琉に色々話す主。流琉はちょっと驚いた顔で俺を見る。にかり、と笑いかけると、満面の笑みでこちらに駆け寄ってくる。
「さ、いくか」
「はい、二郎さま!」
◆◆◆
「ええと、二郎さまを案内しろって言われたんですけど、どんな所にご案内すればいいですか?」
にこにことした流琉が尋ねてくる。わくわく状態と言ってもいい。そうだよな。余暇とかないよなあ。常識的に考えて。
「そだね。とりあえず市場かな。ほんでまあ、そっからは適当に市中を視察だな。手間だが付き合ってもらうぜ」
「はいっ!まずは市場ですね。こちらです!」
元気だねえ。文字通りあちこち飛び回る流琉とはぐれないように手を繋ぐ。
「あ……」
「結構な人がいるからな。まあ、まったり行こうや」
「は、はい」
一時大人しくなった流琉だが、すぐにあれこれとおしゃべりを始める。昨日は塩が安かっただの、こないだはろくに血抜きもされてない肉を掴まされかけただの。
一生懸命にあれこれ伝えてくる流琉はとても生き生きとしていた。
んー、なんだか麗羽様のちっこいときを思い出すなあ。話の内容は置いといて、幼女というのはやはり可愛いものであるよ。いや、被保護者的な意味でね。
「お肉はここがお買い得なんです。特に羊です!たまに脂身をおまけしてくれるんです!」
「ここのお野菜はいつも新鮮です!でもちょっと遠いんですよねえ」
「お塩や油なんかはここでいつも買います。ふふ、あのお姉さん二郎様を見てるでしょ。
この間お見合いで断られちゃったらしくって焦ってるらしいんですよ」
あっちこっちへ俺を連れまわす流琉。なるほど。活気がある。中々に治まってるねえ。
「あー、踊り子さんが踊ってるー。珍しいなあ。
あー、やっぱり混んでるなあ。見えないかー」
呼び込みの声に反応した流琉。精一杯背伸びしたりぴょんぴょん跳ねる流琉。小動物めいて可愛いのだけれどもね。
「んー、見たいならこうすりゃいいだろ」
そう言って俺は流琉を抱え上げて肩車する。
スカートならば躊躇したけどね。スパッツ的な衣装だからね。大丈夫よ色々。
「ひゃ?二郎さま?」
「ほら、これなら見えるだろう」
「あ、わ、あ、ほんとだ!」
演目がひと段落するまでそのまま待機である。いや、俺には見えないけどね。
◆◆◆
「あ、ご、ごめんなさい!二郎さまを案内しないといけなかったのに!」
慌てて謝ってくる。
「いいって、色々勉強になったわ」
「は、す、すみません…」
何でかしょんぼりとする流琉。
「いや、本当に助かったんだって。
よし、お礼に何か買ってあげよう」
「え。え?」
混乱している流琉を引きずって小物屋であれこれ見渡す。うーん。今青色のリボンで髪括ってるから違う色……汚れにくい黒でいっか。それと蝶を模した飾りのついた髪留めをぱぱっと買ってやる。
「え、そ、そんな頂けないですこんな……」
「いや、俺陳留は初めてだかんな。それに実は方向音痴なんだわ俺って。
だからさ。案内してくれて助かったよ。これはその正当な報酬ってわけだ。
自分の仕事にはきっちり対価をもらわんといかんぞ?」
「う、うー」
軽く笑いかけながらさて、と思う。この子があの悪来典韋なのかどうかは分からん。
が、できることなら引っ張ってきたいとこだな。料理の腕だけでもお持ち帰りの価値はある。
そんなことを考えながらどう切り出したもんかと頭を捻るのだった。
「んで、屋台とかお店ってどこらへんに開くつもりなの?
陳留?」
まあ、特に会話の導入が思いつかなかったのでずばり聞いてみる。こだわりないならテイクアウトしようそうしよう。
「いえ、違います。えっと……」
流琉が口に出した町は陳留から北西の方向にあった。
「どうしてもそこ、というわけではないんですけど、そこらへんかなあって」
「故郷なの?」
「いえ、違います。その町でその、友達と生き別れてしまって。
だから、その辺りでお店を出して、有名になったら会えるかな、って……。
その、食いしん坊な友達だったので、そうしたら会えるかな、って……」
どこか儚げな笑みを浮かべる。恐らく、薄々覚悟はしているのだろう。……幼女が一人で生きていけるような甘い時代じゃあない。
それでも、前を向いて歩こうとするその姿はとても尊いものだと思う。その気概は美しいと思う。厳しい現実に相対し、それでも上を向く。その姿勢にあの人を重ねてしまう。
朗らかで、優しくて、前向きだったあの人を。
「そっか。会えると、見つかるといいな……」
「はい……」
いかん、これじゃ流琉も俺も気分的に沈む一方じゃんかよ。
「そうさな。もし、友達と会えたら南皮においでな」
「は、はい」
このまま流琉をテイクアウトする気満々だったんだけどさ。彼女が追い求めるその夢を応援したいな、と思ったのである。




