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凡人の寄り道

「寄り道?できれば真っ直ぐ洛陽を目指したいのだけど」


 不審げにする同行者。蔡邑に笑顔で応える。


「まあ、固いこと言いっこなしってことで。

 それにこっちの道を通った方が治安がいい。

 護衛としてはお姫様の安全を第一に考えたいわけよ」

「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。

 いいわ、のせられてあげましょう」

「まあ、単純な距離ではちょっと遠回りになるけどさ。

 安全第一ちゅうことで」

「はいはい、頼りになる護衛の言うことは聞くわよ」


 実際、そろそろ賊も出没するエリアにさしかかるのだ。俺一人なら賊の百人くらいならどうとでもなるが、お姫様がいるからなあ。

 そして、選んだルートには曹操の勢力下にある陳留があるのだ。今はまだ県令という地位であるが、水面下で陳留の太守となるべく動いているらしい。流石の行動力である。


 曹操。


 俺が思うに、三国志最大の英雄である。文武に優れ、人材を愛し、漢王朝から魏へと時代を切り開いた英傑。ゲームのパラメータでも確か武力以外95越えの化物だったはずだ。

 だが、恐るべきはその不屈さではないだろうか。覇気と言ってもいい。

 幾度も挫折しながら立ち上がるその心の強さこそが曹操の最大の強みだ。

 スペックの高さもすげえけどな!


 ……袁家に引導を渡した曹操であるが、俺は実のところそこまで警戒はしていない。曹操を評した言葉で有名なのに「乱世の姦雄、治世の能臣」というのがある。

 逆説的に言えば、だ。要は、乱世にしなきゃあいいのである。

 実際、人生の途中まで漢王朝のエリートコースを歩いてたしな。宦官の権力が半端ない宮中で、超えらい宦官OBを祖父に持つ曹操の前途は明るかったはずだ。

 無茶もしたようだが、それしきでは排除されないという計算もあったはずである。

 袁紹――麗羽様ではない、念のため――が宦官皆殺しを図った時に、権力を与えず使い潰すべきと言ったようなエピソードもあったはずだ。それは出自と無関係ではないだろう。

 宦官が一掃された時に、漢王朝内部での地歩がリセットされてしまったと考えていいだろう。

 出自で侮られ、係累以外に譜代の臣がいない曹操にとって宦官の人脈が使えなくなるというのは悪夢に等しいというのは想像に難くない。


 まあ、なんだ。


 ばっくり言うと、黄巾の乱で漢王朝の権威が落ちなけりゃいいのだ。そうすりゃ、宦官の大粛清も起こらず、勝手に出世するはずだ。宮中で出世し、世が治まってたら別に簒奪とか考えないだろうさ。

 実際、生きている間は漢王朝の臣下であることを貫いたしな。

 袁家は北方で匈奴に備え、曹操は宮中で政を司る。それが俺の描く絵図。やる気も能力もある人物がいるのなら任せてしまえばいいのさ。

 うむ、やはりとにもかくにも国土を荒らさず、飢えた民を出さない。流民を出さない。つきつめればま あ、宮中の自浄能力を活性化、或いは発生させれば全て解決だ。

 俺のお気楽隠居ライフのためにもな!


「随分と曹操を評価してるのね」

「まあなー。仕えようとは思わんけどな」


 絶賛ブラックベンチャー勢力である。そんな過労死しそうな職場やだやだ。

 まあ、袁家以外に仕える気もないしね。袁家あっての俺の地位だというのは俺が一番よく理解しているのだ。豊富な資金に有能な官僚機構。それがあるから俺のてきとーな思い付きでも上手く回るのだ。ほんと。

 などと考えながら俺たちは陳留の城門をくぐったのである。


◆◆◆


「ほえほえふにらー、のっぴょぴょーん」


 へべれけな俺は言い気分で鼻唄を歌いながら夜明け間近な陳留の町を歩く。久々の町ということでちょっとはしゃいで痛飲してしまったのよね。蔡邑も誘ったんだが、さらりとかわされてしまった。


 まあ、情報収集と言えば酒場と相場は決まっている。適当に飲んで騒いで、同席した奴らに奢れば口も軽くなるっちゅうことで。ベタだけど、有効なのよな。


 結果。

 想像通り曹操は為政者として優秀でした。やったー。っちゅうか、あのネコミミこと荀彧もいるしなあ。流石は王佐というところか。

 はっきり言って陳留の町は活気に溢れていた。昨日より今日、今日より明日がきっと豊かになる。そんな健全な人間の欲望、向上心が溢れていた。

 袁家の施政のいいとこをきっちり模倣しながらブラッシュアップしてるのは流石と言うべきか。民からも怖れられつつも慕われている。

 そんな感じだったなあ。いや、お見事である。これで太守じゃないんだから一体どうなってるんだよって感じ。いやむしろ既に太守を籠絡しているのかな……。曹操ならありえるなあ。


 そんなことを酔っ払った頭でぼんやりと考えながら。鼻唄を歌いながらふらふらと歩く俺に、大量の水が降ってきた。

 ぎゃー!

「きゃ、ご、ごめんなさいー!」


 いやあ、呪泉郷で溺れたことがなくてよかった。じゃなくて。


「あ、あの、大丈夫ですか……?」


 声の主――つまり下手人が慌てて駆け寄ってくる。お前かー!と、怒ろうとしたのだが。


「あの、申し訳ありませんでした…」


 うーん。駆け寄る幼女と手に持つ桶の巨大さがアンバランスである。心底申し訳なさそうな表情に怒りも霧散する。幼女を怒鳴りつけて悦に入る趣味はない。


「ええと、とりあえず何か拭くもの、もらえる?」

「あ、はい、こちらにどうぞ!」


 幼女に先導されて建物の裏口から入る。ちょっとお邪魔しますよ、と。


「と、とりあえずこれをお使いください」

「ほいさ」


タオル的な布を渡され、上半身の衣服を脱ぎ、水を拭う。ついでに服を搾る。じゃばじゃば、と。


「本当にすみませんでした!」


 ぺこりと頭を下げる幼女。ほんと。これを更に責めるほど嗜虐趣味はない。


「いいって。これくらいでどうこうなるほどヤワじゃない」

「で、でも大変なご無礼を……」


 おろおろとこちらを見やる幼女。まあ、何か言ってあげたほうが心も落ち着くかな。


「んー、ここって見たとこ飯屋だろ?

 じゃあ、なんか軽く腹に入れるものもらえる?

 さっきまで呑んでてさ、ちょっと小腹が空いてるんだわ」


 きょとんとした幼女。おそるおそると言った風で聞いてくる。


「あの、賄い程度の簡単なものしかお出しできませんけど、よろしいでしょうか……?」

「いーよ、それでまあ、貸し借りなしってことで」

「は、はいっ!お待ちください!」


 軽やかに身を翻し、厨房らしきところに駆けて行く幼女。元気だねえ。

 ああいう幼女が元気に暮らせているここ陳留はやはりよく治まっているのだろうな。そんなことをぼんやり考えていると、幼女が料理を持ってきた。ふむ、呑んだ後には嬉しい雑炊だ。いやあ、いい匂い。

 一口、口に含む。

 これは。


「う、ま、い、ぞー!」

「ひっ?」

「大胆で繊細な深い味わいっ!素材が、素材が口の中で踊っているっ!

 これぞ中華の食の文化の神秘……!

 うまい、限りなく、旨い!

 申し分なし、手を合わせ、言おう。

 ご馳走様!」

「は、はあ。お粗末様でした…?」


 思わず出た味皇節にそりゃ幼女もドン引きである。


 こほん。わざとらしい咳払いをして俺は改めて礼を言う。


「いや、美味しかったよ。ほんと」

「いえ、そんな大したものでは……」

「いやいや、これが賄いだなんて信じられんよ。これなら南皮の店で出しても客が呼べるぞ」


 俺の言葉に嬉しそうに微笑む幼女。


「えへ、そう言っていただけると、嬉しいです。

 私、自分のお店を開くのが夢なんです。

 今はまだ、このお店で下働きなんですけど。

 少しずつお金を貯めて、まずは屋台でお料理を出したいなって」

「ほほう……」


 なんともしっかりとした将来設計だ。しっかりしてるなー。


「と言っても。まだまだ、目標の金額は遠いですけどね」


 てへへ、と笑いながら頭を掻く。


「んー、だがな。この味が出せるならきっとその夢は叶うさ。

 少なくとも俺は応援してるよ」

「ありがとうございます!」


 満面の笑みだ。可愛いのう。うんうん、頑張れ。


「そしたら、これ代金な。美味しかったよ」

「え?いただけません……それもこんなに!」

「いいのいいの、そんだけ美味しかったっちゅうことだから。

 それに、その腕でお金を稼ぐんだろ?安売りしちゃいかんって」

「それでも、これは多すぎます!」


 律儀ないい子だねえ。まあ、雑炊一杯にしては合わないかもしれんけど……。


「じゃあさ、いずれ出すお店に絶対行くからさ。

 その時のお代の前払いっちゅうことで。

 楽しみにしてるぜ?」


 にやりと笑ってぽむぽむと頭を叩く。何か色々考えている風なのをいいことに立ち去ろうとする。


「あ、あの!

 それでしたら、きっと来てくださいね!」

「ああ、贔屓にするよん」


 ほんじゃね、と歩き出す。


「あの!名前、お名前伺っていいですか!」

「んー、二郎って覚えといてー」


 なんという偽名っぽい適当な名前だ。だが真名である。


「あの、私、典韋っていいます!流琉って呼んでください!」


 なん……だと……?混乱したまま、俺はその場を後にするのであった……。

 割と混乱しているのであった。

 え?

 だって、え?

 えええ?


 あ、悪来、……だと……。


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