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凡人と覇王

 眼前には、袁家の軍勢がある。一糸乱れぬ行進は流石と言う他はない。


 武威というもの。


 軍勢が行進するだけでそれが示されるのだ。閲兵式というのはなるほど凄いものである。

 袁家の精兵達が一斉に敬礼をする。対象はもちろん袁紹である。あふれんばかりの光輝を背負い、艶然と答礼する。

 いや、見事なもんだと公孫賛は嘆息する。


 見物に来ていた民衆から歓声が起こる。赤色一色に統一された軍勢の先頭には文醜。袁家筆頭の武家である。先代当主は「星を砕く」とまで謳われた豪の者。永らく空位であった当主には文醜が就いている。


 続くのは袁家の盾、顔家。こちらは青色一色に統一されている。かの匈奴大戦において、その侵攻をせき止めたという実績は洛陽ですら畏怖を以って語られるほど。その用兵の妙を受け継いだとされる顔良は武のみならず、文においても高く評価されているそうな。


 さて、武家四家と言いながらも張家に関しては存在が秘されている。ただ、この閲兵式において、警備の要所に髑髏の仮面が目立つ。つまりはそういうことであろう。


 そして民の歓声が一際大きくなる。白を基調とした衣装は紀家。匈奴大戦以来、紀家は袁家で一番声望が高いのだ。

 うん、普段はへらへらしてる男(紀霊)も、きちんとしたら格好いいじゃないかと公孫賛が思うほどにはその面目は保たれているであろう。


 そして、民の歓声は怒号と聞き間違うほどになる。金色を身に纏った袁家直属。大戦の英雄麹義将軍である。それは豪華絢爛にして質実堅剛。


「春蘭、どう?」

「は、威容は確かに。ですが、装備の華美さと軍の精強さについては無関係であることをいついかなる時でも証明できましょう」


 ……おいおい、何を物騒なこと言ってるんだ。というのが公孫賛の正直な感想である。


「全く、浪費にもほどがあります。あの金ぴかの悪趣味なこと。

 あれ一つでどれだけの民が救われるか」


 そう言ったのは線の細い少女だ。ネコミミが特徴的な被り物が目を引く。

 吐き捨てる口調になんだか納得できず、思わず口を挟んでしまう。


「そのへんにしといたらどうだ?

 流石にさ。招待された客が口にする言葉じゃあないと思うんだが」


 途端に突き刺さる視線の鋭いこと。こりゃ、嫌われたかな。だがまあ、戦場で匈奴と遣り合うことを思えば屁でもないというものだ。

 薄く笑うと、視線を外す。しかし恐るべきは袁家だ。袁紹と袁術に派閥が分かたれ、対立は深まっているらしいというのに、そんなもの微塵も感じさせない。

 ま、そんな袁家が背後に控えてくれているというのは実際ありがたい限りなのである。


 相変わらず突き刺さる視線を意識の外へ追いやり、席を立つ。そしてこの後の宴席で誰から挨拶するか、話題はどうするかを練り始める。

 なに、袁家精鋭とは幾度も轡を並べたのだ。その頼もしさについては間違いなく来賓の中で一番詳しいのだから。

 見るべきものは見たしな、と思いながら公孫賛は大きく伸びをするのであった。


◆◆◆


 閲兵式。俺発案、麗羽様プロデュースのイベントは大成功だった。きらびやかな衣装に身を包んだ袁家軍の威光は領内に拡散するだろう。阿蘇阿蘇アソアソを通じて広報するしな!


「旦那にするなら兵士がお奨め!頼りになる肉体に本誌記者もメロメロ!」

「意外と稼ぐ正規軍。その収入を分析しちゃうゾ!」

「頼れるあの人の勤め先は……?敵は多い!恋せよ乙女!」


 ……煽り文句考えたの俺だが、疲れる小見出しだわな。まあ、これで装備がぼろぼろの義勇軍への憧れなんかはある程度砕けると思うんだが。うう、後手に回るのがもどかしい!いっそ殲滅してえ!

 まあ、表面上は洛陽に正式に喧嘩を売ったということになるのだろう。ここまで大規模な軍事的イベントを起こしたからには叛意ありと糾弾されても致し方なし。

 その覚悟を見せたわけである。黒山賊対策ということは、彼奴等をけしかけていた洛陽に対する宣戦布告でもあるわけだし。

 まあ、田豊師匠と麹義のねーちゃんの腹が据わってるからね、便乗しないとね。


 などと思っていたらネコミミ少女に絡まれた。なぜだ。あれこれと袁家の施策について駄目出しをしてくる。それはかなり的確だったりするのだが。つーか詳しいなおい。

 まあ、ノーチェックで俺んとこに来れるくらいだからどっかの官僚だか豪族だったりするのだろう。

 だが、足りん。――覚悟知識経験人脈地盤看板なにより。袁家に対する理解が足りん。

 袁家は漢朝の藩屏にして北方の防壁。四世三公たる栄華は漢朝のためのものであるのだ。そしてその藩屏をないがしろにしたのは誰だろうね。

 だから俺はこう答える。


「あー、一言だけいいかい」

「なによ」

「おとといきやがれ」

「……っ!」


 罵倒を浴びせかけられる前にその場を去る。めんどくせえ。何が金の無駄遣いだ。何がその金で民を救えるだ。

 くっだらねえ。

 そんなに民を慈しみたかったら税を永年免除でもしてろっつうの。施しを与えるだけならアホでもできるわ。

 そんなやさぐれた思考の俺に金髪ツインテールが現れた。

 しかも麗羽様と同じく縦ロール。いや、質感からいってドリルかな?実際ドリルの質感はまだまだ乏しい。胸部装甲と比例していて、因果関係について考察してしまう。あれ、なんか聞いたことがあるような……。


「貴方が紀霊ね」


 まあ、ここに出入りしてるからして彼女もまた何かおえらいさんの係累なんだろうなあ。という現実逃避。


「ちょっといいかしら」


 ツラ貸せってことですね。どこの不良ですか。などと言えるはずもなく。でも正直めんどくさいですから帰りたいです。


「紀霊、私は貴方を高く評価しているわ」

「そりゃどうも」


 俺のあからさまに気のない返事に、対面の少女が僅かにイラつく。いかんね。生の感情など交渉の席で見せるものではない。


「袁家では貴方を使いこなせてないようね。思い当たる節があるでしょう?」


 いあいあ。とっとと隠居せねばならんとは思っているがね。まだまだ次期尚早であるのだけんども。


「私なら貴方を活かしてあげられるわ。

 その能力を私のために使いなさい。

 私に仕えなさい」


 なんというカリスマ。まーったくそんな気がなかったのに、多少なりとも心惹かれてしまうというのはどういうことなの。これが英傑というものか。しかしせめて名乗れってばよ。さっきのネコミミもそうだけどさ。自分に自信ある人って自分を知ってて当たり前とか思う傾向が顕著だよね。

 とか考えてた俺に救いの女神が!特に胸部装甲については圧勝だぜ!


「あら、二郎さん、華琳さんと何をお話になってるんです?」


 ふむ、つまり目の前の金髪美少女は曹操か。

 って。曹操?なして俺を引き抜きに?ってまあ、曹操って人材コレクターだったか。なんだ袁家の中枢的な人材に声かけただけってことか、わかるわかる。曹操ならやりかねん。

 まあ、麗羽様と美羽様とこれだけ関わって曹操陣営に行ってきますとかありえんけどな。

 大体だよ。曹家なんてブラック勢力で有給どころか休日もないのは先刻ご承知だぜ!俺は袁家で悠々自適の生活するんだからな。と思う俺に麗羽様がだっこしてた美羽様を差し出してくる。


「いーえ、ちょっと引き抜きの打診を受けてですね。

 どうやったら穏便にお断りできるかな、と思ってたんですよ」


 受け取った、託された。

 ふ、あ。と声を上げる美羽様をあやす。ふふふ。残念だったな曹操よ。俺の忠誠は小揺るぎくらいしかしないぜ。だって袁家は超ホワイトだもの!天よ七難八苦から我を避けさせ給え。


「あらあら、華琳さん、二郎さんを持っていかれたら困りますわ。 

 美羽が頼る人がいなくなりますもの」

「袁家の陣容なら、重臣の一人や二人、どうってことはないでしょ?

 名家の余裕を示して欲しいものね」

「ふふ、功臣を放逐するのは余裕とは無縁ですわね。

 全く華琳さんは素直じゃありませんわねえ。

 二郎さんに懸想していると素直に言えばよろしいのに」

「な、何を言うのよ!」

「ごめんなさいね。図星を突いてしまって。

 それでも、二郎さんをお譲りするわけにはいきせんの。

 ご理解くださいな」


 ……俺は子猫かなんかか。あずかり知らないとこで所有権の主張をされてもなあ。

 まあ、いいや。

 取りあえず俺の立ち位置は変わらないみたいだしな。めんどくさそうな場所を離れ、美羽様をあやすことにしよう。


 ……ものほしげな視線の七乃に適当に美羽様の身柄を譲ることにしよう。そうしよう。


 そして俺がネコミミ少女の名を知って悶絶するのはその数日後であった。

 その名は荀彧。逃がしたわけでもないけど、ディスった魚はこの上なくでかかったー!これ曹操陣営に対して印象最悪じゃないかよ!

 だから七難八苦は誰か他の人にお願いしますって言ったじゃん?自業自得?うるへえ。

 悶える俺を心配してくれても、何とも言えないからね。陳蘭。とりあえずお茶淹れてちょうだいな。

 まあ、俺の奇行とか乱心はいつものことだから話題にのぼることすらなかった。とだけ。


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