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凡人の過ごす日常

 今日も今日とてお仕事である。積み重ねられた書類との戦いなのである。

 ……とはいえ、ルーチンワークは頭使わないからなあ。寝ぼけた頭にはちょうどいい刺激ではあるのだよ。

 機械的に筆を走らせながら軽く欠伸をする。ふむ、平和だぜ。これは今日は明るいうちから飲みに行けるかなあ。などと思っていたのだが。


「アーニーキぃ!」


 これは流石に予想外。猪々子の訪問である。珍しいな、昼間にやってくるとは。それに、いつになく嬉しそうじゃないか。


「んで、今日はどした」

「アニキにお礼を言わないといけないと思ってさ!」

「何かしたっけか」

「仕事が楽になったー!」


 満面の笑みである。


「そうか、良かったな。つーかそんなに楽になったのか」

「そうなんだよ!だって今日とか仕事終わったもん!」


 マジか。それは凄いの一言だぞ。いつも一月分くらいは仕事溜め込んでたというのに。それを斗詩と俺で手伝ってたのに。


「すげえな。あんなに仕事溜まってたのにもう処理したのか」

「ん?いや、溜まってるのはそのまま。とりあえず今日の分をやっつけた」


 おい。


「それは……いかんでしょ」


 なんというか、その発想はなかったわ。いや、それでも雪だるま式に内勤業務が増えないというのはきっと文家にとっての福音になるのであろうが。多分。きっと、メイビー。

 日々の業務も滞ってた猪々子である。導入開始直後でこれなら、相当効果が見込めそうだなあと内心頷く俺である。


「これで新兵の訓練にも本腰入れて力が注げるってもんさ!」

「え」


 文家の訓練は唯でさえ苛烈猛烈熾烈鮮烈という噂だ。それが、本腰入れてなかった、だと……?


「そ、そっかー。まあ、あまりやりすぎて死人が出ないようになー」


 その言葉に猪々子はきょとんとした顔で。


「へ?訓練って死人出るもんだろ。

 いざ実戦で足を引っ張られるのは勘弁だしなー」

「そ、そうか……」

「それに、戦場では死体も放置になっちゃうんだけど、訓練中なら弔ってやれるしなー」


 まあ、ここらへんの感覚は俺の方が非主流派なんだろうな。根源は平和ボケの日本人だし。

 にこにことしている猪々子を見ていると、とりあえず文家の兵卒でなくてよかったな、と思うわ。


「というわけで、アニキー、手合わせしよーぜー」

「んー、いいけどちょっと待ってな」


 とりあえず手元の書類を片付けてしまう。しかしまあ、こんなことを言ってくるんだから、よほど仕事に余裕ができたんだろうなあ。


「今日は本気のアニキとやり合いたいなー」

「いつでも本気で猪々子に叩きのめされてるじゃんか」

「違うってー、本気の本気だってばよー。三尖刀使った本気だよー」


 さ て、ここで三尖刀である。紀家の家宝であるそれは所謂宝貝ぱおぺえというやつであるらしい。その効果を発動すると身体能力が著しく(当社比2割増しくらい?)増強されるというもの。

 なんだそのドーピングと思ったものであるが、その発動時間は限られている。具体的に言うとカラータイマーくらい。なお継ぎ足して連続発動すると、とーちゃんみたいにペナルティがある模様。

 用法用量にはご注意くださいってことだ。一応親しい人物にはこっそりオープンにしている。ほら、黒山賊百人を一人で皆殺しにしたってのも三尖刀のブーストあってのことだから。

 あれが普通にできるとか思われたらかなわん。マジで。


「軽々しく使えねえって知ってるだろうが」

「うー。分かってるけどさー。それでも本気のアニキとやりたいんだよなー」


 ちなみに、素だと猪々子には勝てん。既に。むしろ俺が稽古をつけてもらうような感じになるのだ。三尖刀のブースト使ったらまあ、互角以上にはもってけるかな。


「大体、俺は一撃必殺だからなあ。

 それを防がれた時のやり取りとか無意味に近いぜ」


 今でも基本はなんちゃって示現流である。大上段からの必殺の一撃。三尖刀の効果と相まって中々にいい感じなのだよ。


「んー、それでもアニキと打ち合うのは楽しいからさ、頼むよ」

「そうさね、猪々子がそこまで言うなら、一度だけ、な」


 言いながら仕事を終わらせ三尖刀をかついで歩き出す。嬉しそうな猪々子が横に並び、あれこれと話しかけてくる。 

 何でも斗詩も呼んだらしい。はいはい、俺が公開フルボッコなわけですねわかります。

 そうだ、忘れるとこだった。猪々子の愛用してる斬山刀とかいう大剣は使わせないようにしよう。死人が出るぞ。

 そんなことを思いながら猪々子と馬鹿トークを続けるのであった。


◆◆◆


 暗転。


 ……額には濡れた布がかけられ、何か柔らかいものが後頭部にあった。鈍痛に顔をしかめながら目を開くと、そこには陳蘭の顔があった。ああ、膝枕状態か。くっ。

分かってたけど情けない状況だなあと思う俺である。


「あー、痛ぇ」


 その声に困ったような、どこか安心したような笑顔をする陳蘭。気遣うような素振りを無視して取りあえず、身を起こそうとする。


「あ、ご無理はなさらないでください」


 ちょっと慌てたような陳蘭の声を聞きながら、よろり、と身を起こす。うん、大丈夫っぽい。そして記憶が一部蘇る。


 猪々子にやられた。以上。


 木剣とはいえ、まともに食らうとこうなるということだな。いやー、いつものこととはいえかっこ悪いなあ。

 軽く溜め息を漏らしながら視線を前にやると、猪々子と斗詩がやり合っている。

 おー、別次元だねこれ。猪々子の大剣に対し、斗詩は双剣だ。間合いを詰めつつ、間断なく攻撃を加える斗詩。舞踏のようなやりとりは実際目の保養になるレベルにある。


「ふむ。斗詩はやっぱ手数が多い方が活きるな」

「そう、なんですか?わたしにはよくわかりません」

「そうか?それでもあの大金槌はないだろ」

「あ、それはまあ、確かに」


 ……猪々子の謎なリクエストで、一時――というには少々期間が長かった――斗詩の武器はでっかいハンマーだったのだ。流石にそれはない。元々器用な斗詩は手数とその運足で勝負する方が合っているのだからして。

 そんなわけで双剣を薦めてみたらまあ、どこの弓兵エミヤだというくらいに習熟するわするわ。

 うん、猪々子が大剣使いで斗詩が双剣。俺は槍なんだから盾でも持つべきだろうか。そしたら、二人はG級で俺は寄生プレイになるな。落とし穴とか痺れ罠でも仕掛けるか。一狩り行こうぜ。


 そんな俺のアホな思惑とは対照的に真剣に二人の手合わせに目をやるのは凪だ。まあ、せっかくの機会だからとついでに呼んだんだが、思いの他刺激になっているみたいだ。

 そりゃま、武力90台後半の武将同士の手合わせとか見ようと思って見れるもんでもないしなあ。


 お、次は猪々子と凪か。おお、これはかなり気合入ってんな、凪。オーラ的なものを纏っているぜ。

 

◆◆◆


「断空砲!」


 響く凪の、裂帛と言っていい気合い。放たれる気弾。そして対する猪々子は更に気合いが入ってるようで。


 へー、気弾って気合い入れたら木剣で弾けるもんなんだ。知らなかったよ俺。そして、もはや残像すら見えそうな凪の連撃を得物で弾く猪々子。

 あー、そこでフェイント三つ入れるとかないわー。普通に対応するとかもっとないわー。

 見稽古ってこんなにつらたんなんですかねえ……。


くすん。


 やさぐれる俺に声がかけられる。


「アニキー、そろそろ本気で相手してよー」


 普通に本気でぶちのめされた訳だがそれは。


「いいじゃんかよー、ほら、楽進もアニキの本気が見たいってさ」


 目をやると、キラキラとした目で俺を見つめる凪がいた。あかんて。その目が俺を狂わせるってばよ……。斗詩も何か期待したような目つきで俺を見るし……。


「あー、気がすすまねー」

 

 そう言いながら立ち上がる。そして三尖刀を手にする。猪々子は嬉しそうに斬山刀を手にする。おいやめろ。それはアカンやろ。


「二郎様!頑張ってください!」


 凪がそんな声をかけてくる。斗詩と陳蘭も黄色い声をかけてくる。だったら……頑張るしかないじゃない!

 だから吠える。気合を入れる。闘魂注入!


「とっておきを見せてやる!これが、俺の!全力!全開!

 くらえよ――九頭龍閃!」


 三尖刀と同化する。身を包む全能感。そして俺は久々に。本当に久々に猪々子を圧倒するのであった。

 だからこれは三尖刀のズルあってのことだからね?そんなキラキラした目で見られても困るからね?


「いやー、やっぱアニキは強いなあ。ほんと、かなわないなー」


 そして追撃の猪々子である。

 俺は周囲で交わされる会話を全力で既読スルーするのであった。

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