凡人と不穏の影
「義勇兵、ねえ」
第二回袁家実務者会議の最中に張紘から思いもよらない言葉が出てきた。
「ああ、そうだ。ちょっと問題になってきてる」
「どういうこった。話が見えないぞ」
「被害……と言っていいのかはわかんねえが、盗賊を独自に討伐してるらしい」
「つっても盗賊の被害なんてないに等しいだろうが」
……袁家領内の治安はかなりいい。これには理由が三つある。
一つは食糧事情が非常にいいこと。餓えのあまり生きるために犯罪に走らざるをえないような人間が少ないということだ。昔から食糧増産に励んだ理由はここにある。人間、おなか一杯だったら大体おっけーなもんだよ。
もう一つは母流龍九商会による黒社会の支配。どうしても真面目に働けないあぶれモノというのは出てくる。
そういった社会の落伍者を救い上げるシステムとして黒社会が機能しているのである。私刑、粛清という恐怖により半端モノを締め上げている。規律への違反は峻烈な制裁が下される。それこそ表の司法機関より厳しいくらいだ。
最後は法の厳格な運用と厳罰主義だな。流石に信長の一銭切りまで極端ではないが、かなーりの厳罰が与えられる。
社会の光と闇の治安維持システム。双方から零れ落ちた社会のクズども。何かを産みだす事もせず、ただ社会に寄生し、害をなすしか能のない奴ら。そいつらの使い道は一つしかない。
「見せしめ」である。
法を守らないとどうなるか、守っていて良かった。そう。法によって守られていることを庶人へと伝えるツールとして積極的に厳罰を与えているのだ。罪人、社会的不適合者も大事な資源です。有効利用しないとね。
「ええ、ですがゼロではありません。それに往々にして後手に回ってしまいますからね……」
軍の訓練がてらに賊の討伐は行われているが、広大な領内だ。取りこぼしだって出てくる。
「そうだ、それで自分らの手で……ってことらしい」
「ちょっと待て。武器や兵站はどうなってるんだ」
「武器は出所がわかんねえ。商会は通してねえ。食料は……各地で寄付を募っているみてえだ……」
「おい、それって……」
「ええ、実質は恐喝に近いでしょうね。村に武装集団が現れて寄付を募る。断れるはずがありませんから」
ぎり、と歯軋りをする。
食糧事情がいいからそこまで表面化はしてないが、これが飢饉の際なら場合によっては村落の存亡に関わるぞ。
「二郎君の華々しい活躍もあり、軍への入隊希望者も増えています。
選抜に漏れた人を掬い上げて人員を確保しているのでしょう」
……耳が痛い話だ。プロパガンダが裏目に出たか。討伐もしづらい。だが放置もできん。厄介この上ないな。
「自治組織としての自警団ならまだいい。
だが根無し草の軍事力が存在するというのは大きな問題だな」
「ええ、そもそも袁家の制御外の武力があるというのはまずいでしょう」
「それを言われるとおいらも耳がいてえなあ」
「いや、黒社会は治安維持のための必要悪でもあるし、地域に根ざしている。
そこにある思想はあくまで保守だ。社会が乱れると黒社会も困るしな。
善良な民草あっての黒社会だ。その程度はわきまえてるだろ。
商会の常備兵については実質俺の私兵だ。陳蘭が指揮官だしな」
……流石に陳蘭に裏切られたら泣いちゃう。みっともなく号泣する自信があるぜ。
「討伐しますか?」
沮授がにこやかに問いかけてくる。曇りのない、イイ笑顔だ。……逆に怖ええよ。
逆に張紘はしかめっ面だ。
「……とりあえずは保留だな。
義勇軍を官軍が討つとか笑えねえだろうよ。
まずは情報だな。最優先は指揮官と武器の出所だ。
張紘、頼めるか?」
「もちろんだ。既に動いてる。二郎には張家への協力も頼む」
「……ああ。あんまり七乃に借りは作りたくないが、そうも言ってられないしな」
……味方になったらなったで厄介なんだよなあ。いや、敵に回したら勝てる気がしないけど。
「軍はどうします?」
「……入隊希望者が多いなら、こちらで掬い上げるしかないな。
あくまで正統は官軍、更なる増員やむなし……。だが、予算は大丈夫か?」
「緊急に補正予算を組みましょう。ご心配なく」
「よろしく頼むぜ」
「ええ、任されました。明日中には予算を確保します」
頼りになるなあほんと。一人じゃない。それはとても素敵なことなのだなあと痛感するのだ。知らず天を仰いだ俺を張紘はにやにやと、沮授はにこにこと眺めていた。
「ありがとな、親友達」
「よせやい、水臭いって」
「そうですよ。僕達の仲じゃないですか」
ニヤリ、と笑い合い、拳を打ちつけ合う。この世界での俺の財産は前世知識とかじゃない。色々あって結べた、人との縁なのだと強く思う。思うのだ。
いつも通り、この後滅茶苦茶飲み明かした。




