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地味様の立志

 いつもは一つに括っている髪を今日は下ろしているので、何か落ち着かない。いや、落ち着かないのは髪形だけじゃない。

 今日の衣装、派手じゃないかな……?

 公孫賛は視線を泳がせながら、それでも胸を張り場に立つ。ここは戦場。血の流れない戦場。

 宴席と言う名の戦場に、公孫賛は立っていた。


 さて、袁家が北方の最前線から兵力を――それも精鋭を――引き抜いたという事実。それは当然最前線にて匈奴と向かい合う戦力に不安をもたらすものであった。

 そのことを放置するほど袁家は無責任ではなかった。いや、北方を守護する漢朝きっての武家という矜持がそのようなことを許さない。では、どうするのか。答えは簡にして単。


外注アウトソーシングしかないじゃん」


 手元に集った兵力の充実、そして北方の戦力の不足を突き付けられた紀霊は事もなげにそう言い放った。段取りだけかまして、実務と後処理を押しつけてくる先達のご丁寧な指導かわいがりについては、盛大に絶叫していたようだが。

 足りないならば、あるとこから引っ張ってくる。至極当然の帰結。そして紀霊が選んだのは公孫賛であった。騎兵を以って匈奴と伍し、その人格は誠実にして実直。その言動に裏表はなく、あくまで正道を歩む。

 袁紹や紀霊とも親しく、委託先としては申し分ない。ないのだが、足りない。実力はともかく声望と実績が足りないのだ。

 だから、こういう場で立場を好転させねばならない。それが派閥の領袖としての役割。向けられる助平な視線や、ちょっとしたお触りくらいどうということもないのだ。


◆◆◆


 「阿蘇阿蘇アソアソ?」


 訝しげな公孫賛の問いに紀霊は重々しく頷く。まあ、紀霊がこういうもったいぶった時ほど、口にするのはくだらない案件であったりする。

 ……流石に幾度も振り回されていれば免疫もできようというものだ。


「確か雑誌……だったっけ?」

「おう、情報発信誌というやつだな」


 丁々発止のやり取りの後に室に招き入れられたのは琥珀色の髪を束ねて、悪戯っぽく笑う少女だった。そばかすと眼鏡が彼女の陽性の魅力を引き立てている。

 そして、彼女の誘導によってあれよあれよという間に公孫賛は着せ替え人形と化したのであった。


「いや、これは流石に胸元が開きすぎじゃないか?それにこんなに派手な色使いはちょっと……」


 気後れする公孫賛に于禁は笑いかける。


「大丈夫なのー。公孫賛様は元がいいから、磨き甲斐があるのー。

 今日の主役……は流石にまずいけど……結構いい感じに仕立て上げるのー」

「まあ、そこは一任するさ」


 そして于禁の熱意とセンスが公孫賛に襲い掛かったわけである。


◆◆◆


 さて。今回の宴における公孫賛への注目度は低くない。むしろ、高いと言っていいだろう。袁家次期当主たる袁紹と真名を預け合い、紀霊からは有形無形の援助が注がれている。

 果たしてそれだけの価値があるか否か。目先の利く者は公孫賛を品定めしようと視線を向ける。


 そして、宴席の主役は金色を基調とした豪華な衣装に身を包み、艶然と笑む。

 左右に大戦の英雄である田豊と麹義を従える図は圧巻ですらある。さらに後方には沮授と文醜、顔良が控える。


「なんだかなー」


 袁家の隆盛を目の当たりにして、溜め息が漏れそうになる。人、物、金。紀霊が言っていた、組織を運営する上で重要な要素をとんでもなく高い水準で備えている。つくづく、圧倒される。


 それでも、今の自分にできることを最大限にやるしかないのだと公孫賛は気合いを入れなおす。そして目前の相手と談笑を続ける。常ならば相手にされないことも多いのだが、今日は違う。

 于禁の選んでくれた衣装のお陰なのだろうか。いつもより身体を嘗め回すような視線を多く感じる。

 まあ、それで私に興味を持ってくれるなら安いものだ、と頬に貼りつかせていた笑みを更に深めていく。そう。小なりと言えど派閥の領袖なのだ。だからまあ、多少尻を触られたり密着されたりするのも我慢我慢、我慢の一択なのである。




「つ、疲れた……」

「まあ、今日は頑張ってたよなあ」


 ここは公孫賛に宛がわれた一室。大きく肩を落とした公孫賛を紀霊が労っている。或いは、からかっている。だが、その戯言にも似た労いに公孫賛が癒されているのも事実である。


「いや、二郎には世話になったよ」

「んなことないって」


 ひらひらと手を振るこの男には、実際助けられたなあと思うのである。

 なにせ雅な宴なぞとは縁のない粗忽ものである。要所要所での助言には実際助けられたのだ。

 曰く。宴席中はそんなに料理をがっつくなとか、今日は綺麗系の装いだから歩幅は縮めろとか……。綺麗系と言われて胸が高鳴ったのはきっと気のせいである。 何せ普段、地味とか普通とかしか言われないのだからして。

 それでも、まあ、嬉しかったのは認めないといけないだろう。だが。


「でもなあ、惜しいことしたなあ。あんなに豪華な食事、うちじゃあ目にすることだってないもんなあ」


 未練がましくぼやく公孫賛に紀霊は苦笑する。花より団子、とはよく言ったもの。だが、花が団子を所望するとはこれいかに。


「ほら、燕の巣の汁物だ。多分今日の宴席では一番価値があるな

美容にもいいらしいからな、たーんとお食べ」


 そう言う紀霊がいつもどおりで、ちょっと甘えてしまう。うん、お酒のせいだ。そうに違いない。


「袁家はすごいよなあ。

 料理一つとっても、うちじゃあこうはいかない」


 埒のあかない愚痴。或いは弱音。


「どんなに私が頑張ってもさ、袁家が隣接してると見劣りするみたいなんだよな

 地味だとか。普通だとかさ」


 我ながら愚痴っぽいなと自嘲する公孫賛は聞こえる笑い声に憤慨する。


「二郎……。笑うことないじゃないか!」

「いや、そうじゃない、そうじゃないんだ。

 まずアレだ。白蓮はよくやってるって。田豊様も麹義のねーちゃんも褒めてるぞ」


 想定外の有名人、その有名人の自己への評価に公孫賛は目を白黒させる。


「それにまあ、嫌になったらいつでも俺んとこ来いって」

「何だ?養ってくれるのか?」

「逆だよ逆!俺の仕事全部白蓮にやってもらって俺は隠居するし」

「はあ?そんなこと出来るわけないじゃないか。というか私に二郎の代わりなんて出来るか!」


 その言葉を受けて紀霊がにんまりと笑顔を浮かべる。うわ、うざい顔だなあというのが公孫賛の率直な感想なのだが。


「同じだよ、俺に白蓮の仕事なんてできないさ」


 だから今後ともよろしくな、と笑う紀霊に公孫賛は苦笑する。今後ともよろしくしてほしいのはこちらだというのに、だ。


「二郎が私に何を求めてるかは知らないけどな、きちんと借りは返すから、さ」


 まずは目の前の料理をありがたくいただくことにする。


「おかわりもいいぞ」


 余計なことを言う男には肘鉄が相応しいであろう。そして大仰に痛がる彼との絡みは公孫賛が思うより長く、深くなることになるのである。


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