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凡人と孫家の臣

 俺は目の前に広がる恵みの象徴に目を奪われていた。それは豊穣を象徴しており、大地の恵みたる地母神を想起させる。

巨乳、と一言で言うのはたやすい。だがその漢字二文字の表す言葉は目の前の女体の奇跡を表現しきっているだろうか、いや、十分ではない(反語)。

 大胆に開いた胸元からは圧倒的な重量感を持った谷間が俺を誘うかのごとく色香を放っている。グランドキャニオンはここに顕現したのだ。世界遺産も真っ青である。やったぜ。

 うん、けしからん。実にけしからん。

 そんなけしからんおっぱいの持ち主二人と密室にいるというのがある種の罰ゲームである。これはいけません――。


「なんじゃこれは」


 などとあれこれと考えていた俺のピンク色をした思考を断ったのは黄蓋である。その声色は控え目に言って――呆れていた。


「わあ、これはすごいですねー」


 もう一人は陸遜。のほほんとした声色と、たわわに実った胸元がギャップ満点である。いや、直截的に言えば、エロいよこの娘。無防備エロ!そういうのもあるのか!畜生!孫家は未来に生きてるな!

 いや、黄蓋は現段階で孫家の重鎮だし陸遜は未来の大都督なのだが。なのだが。ちなみに孫権は余り実務他あれこれに慣れてなさそうだったので呼ばなかった。いや、これから二人にお願いすることの内容を考えたら除外は当然である。


 さて諸君、目の前には四家会議の後、それぞれの軍務の手続きやらなんやらを記した書類の山がある。兵卒と士官にヒアリングした業務内容を取りまとめた業務チャート図とその詳細についてはかなりの力作である。

 頑張った斗詩、それに沮授と張紘には感謝感激雨霰である。俺?監督監修ってことで。

 七乃が予想以上に協力的だったのが不可思議ではあったのではある。解せぬ。


 まあ、この書類の山を二人に見てもらって妥当性を検討していくわけだ。黄蓋は歴戦の名将だし、陸遜はあれだ。知力95以上はあるであろう化物だ。うん、軍政にうってつけの人材がいるって素晴らしい!

 ククク、立場的には協力を断ることもできんだろうて。優越的地位の濫用なんて概念はあと二千年くらいしないと生えてこないし。なお、俺のお仕事はその内容がいかに手抜き骨抜きできないかのチェックするだけのお仕事である。

 ほら、俺ってサボるの得意だから!そういう感じで政策とか法案の抜け道を塞ぐのは割と得意なのよねー。サラリーシーフは俺だけの特権なのである。


◆◆◆


「なんじゃこれは」


 黄蓋は卓の上の書類の山に戸惑いを隠さなかった。一方、傍らの陸遜はにこにこしながら遠慮呵責なしに手に取り目を通し始めている。


「うん、別に今日中ってわけじゃないから、じっくり頼むわ」

「話が見えんぞ」


 黄蓋としてもちょっと手を借りたいとしか聞いてなかったのだ。どうせ拒否権なぞない、と思っていたらご覧の有様である。先導されるままに入った一室。

 黄蓋的には、てっきり手篭めにでもされるのかと思っていたのだ。無論陸遜についてもその覚悟はあったはずである。それが目の前に広がるのは書類の山。


「んー、言ってなかったっけか。袁家の軍務の諸手続きの統合整備計画だな。

 一応整理はしたんだが、袁家と旗本たる武家四家。それぞれ手続きを可能な限り統合、簡略化した書式なんだが無駄や重複もあると思う。

 まあ、そこはご容赦くださいということで」

「いや、それこそが軍事機密じゃろう。わしらに見せる意味が分からんのじゃが」


 ちらり、と見ると兵の編成方針やら評価基準、訓練の申請方法など、いずれも門外不出であろう文書ばかり。自由な家風である孫家の中でも、型破りで豪気で知られる黄蓋もドン引きである。こんなものを見せてどうしようというのか。


「いやー、正直手続きが煩雑なとこもあってさ。いざ実戦っていう時にこれじゃいかんなと。

 ほんでまあ、先日まで戦場を駆けてた君らにどこまでが必要でどこからが不要か見極めて欲しいのさ」

「えらく壮大な話じゃが、こんな機密をわしらに見せて構わんのか?」

「おう、大丈夫だ。問題なんてない」


 即答されるとさしもの黄蓋も黙るしかない。そして思う。正直、器を見誤っておったかもしれんな、と。


「目を通して所見を述べるのにやぶさかではない。

 が、その後に始末されたりはせんじゃろな」

「しないしない。こんな立派なおっぱい達を失うなんて人類の損失だ。

 そんな愚行は俺の目が黒いうちは許さんよ」

「へらへらとゆるんだ笑み。これが心根を惑わすためのものならばたいしたものじゃなー、そう儂は心の中で呟いた」

「声に出てるぞ、おい」


 いまひとつ本気かどうか分からないというのが黄蓋の正直な思い。だがまあ、否なぞありえない。拒否権なぞないのだと腹をくくる。

 傍らの陸遜にちらり、と目をやるとにこり、とうなずいてくる。袁家の軍政を目にするのはこちらにとっても益になろう、と。特に陸遜、次代の孫家の軍師である。人質生活といっても、暇を持て余すよりはよっぽどよかろうと黄蓋は思う。


 実際、この南皮で生活するだけでも……。


「権殿や穏にはよい刺激になるじゃろうて」


 そうあってほしい、と黄蓋は思うのだ。次代の孫家を担う二人がここ南皮に派遣されたのだ。その意義、意味。そう、期待を背負っているのだ。彼女らは。

 それはそれとして、袁家という漢朝の藩屏。その内実に触れられるのは願ってもないこと。まずは、情報収集である。

 そう理性は語る。だが、高鳴り燃ゆる胸の鼓動よ。袁家、どれほどのものか。ニマリ、と口元が歪む寸前、耳朶に囁き。


「それ以上はよくないかとぉ」


 甘ったるい口調、無垢なる仮面。


「分かっておるとも」


 孫家次代の軍師たる陸遜の言。黄蓋と孫権のお目付け役として派遣された彼女こそが孫策と周瑜の切り札。その真価を知るのは黄蓋だけなのだ。そのはずだったのだが。

 陸遜について、一家言ある人物が袁家にいたというのは孫家にとって幸か不幸か。その断が下されるのはまだまだ先のことである。

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