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凡人と男友達

「それではー。第一回袁家実務者会議をはじめたいと思いまっす!」


 景気づけに声を張り上げる。ぱちぱち、と気のない拍手が俺を包み込む。

 にこにことした沮授と、どっか呆れた表情の張紘である。

 これが何の集まりかというと、だ。先の会議を受けて実際どうするかという実務者協議になるわけである。まあ、大筋で合意された軍務の平準化については俺に一任されているからして。

 実際どんな感じにするかというのをこれから検討するわけだ。


「それで、どうするんです?」


 沮授が俺に問いかける。


「いや、どうもこうもねえよ。今のままじゃあ、急な増員にすら組織が対応できない」

「んー、でも、文家以外は対応できてたんだろ?」

「おう、だがまあ、ちっとばかりそこには訳ありでな。

 紀家、張家、顔家はまあ、人員をとりあえず編成した感じなんだな。

 訓練なんかはここからだ。対して文家は実戦主義だ。

 ある程度能力を測定してから兵卒ごとに適正を判断。

 そっから配置を組み立てていく。

 そりゃあ、ぱっと見、文家は編成が遅いだろうさ。しかしいざ実戦となるとそりゃ最強は文家だ。

 袁家筆頭は伊達じゃあねえってこった」

「最初は手間取るとしても、組織としての最終的な完成度はとんでもないことになる、と」


 軽く沈黙が落ちる。


「でもそれって、いざ戦時となると……」

「おう、戦時にそんなことやってられんだろうがよ。補充兵の適正を見てとかやってる場合じゃないだろう」


 そんなリソースあったら兵站とかに割くっつうの。


「今回みたいに、平時に戦力の増強ならまだ対応できる。

 でも実際戦乱になった時、次々と補充兵が来たらどうなるか、ということか」


 張紘が問題をまとめる。まあ、そういうことなんだよな。だもんで別に大規模な軍制改革をするつもりじゃない。単に軍務の洗い出しとその標準化、そして手続きの書式など事務手続きの共有化を行うのである。

 なお、今回の増員については俺もその規模を把握できていない。紀家軍については一万ほど純増であるのは確かなのだが、文家、顔家については北方からの引き抜き、その補充等が複雑になされており……。

 結果だけ言えば、何故か四家に属さない兵員が五千ほど湧いていた。なおそれは母流龍九商会の抱える傭兵的な扱いになっている。いったいどういうことなの。


「しかし、軍の業務を平準化すると言ってもどうするんです?

 実際にどの辺りまで業務が必要か、可能かという判断基準を我々は持ってませんよ?」

「それについては問題視してない。ちょうどいるじゃないか。つい先日まで鉄火場にいたのが」


 俺の言葉に二人が目を見開く。


「そ、黄蓋だ。適任だろ?」


 絶句する二人。そりゃ、匈奴戦役を体験した人も生きてはいる。しかしそれは俺達が生まれる前の出来事でもある。実戦の軍務という意味ではこの上ない経験の持ち主だ。


「しかし、外部に袁家の軍機密を漏らすのはいかがなものかと思うのですが」

「もっともな懸念だな。だが無用な懸念でもあるだろ。誰に内実を売るってんだ?」

「……売らなくても、孫家が牙を剥く可能性だってあるんじゃねえか?」


 どうも沮授も張紘も反対みたいだな。実に妥当な意見である。そのバランス感覚がありがたい。だが、ここは押し通す。


「漏れて困る相手といったら十常侍くらいか。そこと孫家が結ぶとは思えない。

 それに、今の段階で孫家がこちらに牙を剥いたら……。張紘には悪いが、潰す。

 徹底的に潰す」


 事務処理のルーチンを真似されても、そこまでの痛手ではない。そりゃあ効率化とかで多少手ごわくなるかもしれんがね。そのくらいで牙を剥くくらいの浅慮ならば却って味方にする方が危険だ。

有能な敵よりも無能な味方の方が脅威度は高い。今の袁家には特に。


「いや、おいらのことはいい。そうさせないための魯粛達でもあるし、商会を通じての援助だ。

 それを無下にするんだったら。いや。……無下にしないと信じてぇところだなあ」


 苦い表情で張紘が言葉を搾り出す。商業というのは賤業というのがこの時代の常識。それにどっぷりと漬かっても尚。その人格は清冽にして柔和という世評を得ているのは流石としか言えない。罵詈雑言しか口にしない太鼓の達人だってこいつの悪口は差し控えるに違いない。


「しかし、兵力の増強に対する洛陽の反応が気になりますね。ただでさえ警戒されている袁家です。いささか不味いことになるのではないでしょうか」


 沮授が話題を変えるように呟く。


「逆なのさ。追い詰められたのは十常侍だろ」


 俺の言葉に二人が首をかしげる。


「隆盛を極める袁家。その勢力に危惧を覚えた十常侍は黒山賊を利用して牽制してきた。

 ここまではいいな?」

「ええ、その通りですね」

「それに対して、袁家は軍備を増強させた。黒山賊対策を名目にな。

 これがどういうことか分かるか?」

「なるほど。喧嘩を買ったってことだな。素晴らしく高値で。

 やるなら、受けてたつ。そう意思表示をしたってことか」


 張紘が苦笑する。その笑みがそこそこ引き攣っているのが事の重大さを示している。だけどそれだけじゃないのだ。


「十常侍の弱点は兵力を持っていないことだ。軍権は何進に握られているからな。

 宮中ならともかく、彼奴等の手がここまで伸びるかというとそうでもない」


 ふむ、と頷いて沮授が応える。くすり、と笑みを浮かべて。


「つまり、十常侍は虎の尾を踏んでしまったということですね」

「そうだ。黒山賊への介入の中途半端さを見ても、あれは個人の独走だったに違いない。

 そいつが袁家と十常侍の対立を煽ってしまったという構図だな。

 てっきり十常侍の威光に恐れ入るものだと思ったら、とんでもないことになった」

「つまり、兵力の増強という一手で内部の引き締めと外部に対する牽制を兼ねた、と」


 そういうことだ。嘆息する。なんという手を打つのだろうな。

これに軍事力の後ろ盾のない十常侍は焦るはずだ。十常侍と一括りにしていても一枚岩ではなかろう。そこに亀裂が入るかもしれない。

田豊師匠と麹義のねーちゃんの高笑いが聞こえてきそうだ。


「それ、とんでもねーぞ。わかってたとしても……。その手はおいらにゃ打てねえよ」


 張紘の笑いが凍りつく。そしてその意見には俺も完全に同意である。漢王朝の中枢に巣食う癌細胞ども。それが害悪だと分かっていても、それに喧嘩を売るとか。安定志向の俺には少なくとも無理です。

 だがまあ、賽は投げられた……というか、砲弾は放たれたのである。それも盛大に。


「そんくらいの胆力がないと袁家という看板は背負えないってことだろうさ。それを……身をもって教えて下さったわけさ。ありがたいこったよ」


 そうとも、腹を括ろう。手元の一万の兵。それにフリーハンドで使える五千の兵。そこまでお膳立てしてくれたんだから。まあ、どう使うかはまだ何も考えてないけどな!

 

「まあ、そんなわけで。なんやかんやあるけど、頼りにしてるぜ。そして今後ともよろしく、な」


 マジでこの二人が生命線だからなー。


「おいらでよけりゃ、おいらなりに」

「やれやれ、困ったものです」


 この後、滅茶苦茶打ち上げで馬鹿騒ぎした。


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