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凡人と文家の姫

「アニキーアニキー!」


今日も今日とて空は青く、透きとおっている。その空気を震わせる声が響く。それが美少女の呼び声。更に、俺を呼ぶ声であればいかほどに嬉しいことだろうか。

 そしてその声の主は言わずもがな、脳筋美少女こと猪々子の声である。

 俺を求める声は道を失った幼子のように響き、庇護欲をそそる。あくまで快活な声は彼女の溌剌とした魅力を引き立てていた。などと現実逃避をしていたのだが。


「アニキー!」

「近い!顔が近い!」


 この娘はどうして警戒感がないのかねえ。がぶり寄りと言っていいくらい近いっつうの。


「聞いてよアニキー!」

「いや、聞くから聞くし聞かせてもらうから。だから顔が近いって!」


 まあ、どうせ聞きゃあしねえんだけどね。そしてどうせ仕事がおわんねえとか仕事が大変とかそういうこったろう。


「仕事が終わんないよー」

「予想通りか!意外性仕事しろよ!」


 猪々子は不思議そうな顔をしてやがるが……。まあいいや。


「猪々子が仕事に追われて俺か斗詩のとこに泣きつくのはいつものことだしな」

「うん、頼りにしてる!」

「いや、少しは頑張れよ!」

「頑張った結果がこの有様だよ!」

「お、おう……」


 頑張って、結果がそれならば仕方ないな。いつもの猪々子だ。周囲の文官もくすくす笑いながらも仕事の手を止めない。いわゆる日常茶飯事というやつだ。


「ほんで、今日はどうした?始末書の書き方か?それとも財布でも落としたか?

 まさか、うっかりねーちゃんの秘蔵の酒を呑んだとかか?それはちょっと厄介だぞ」


 ちなみに田豊師匠は秘蔵なぞせずにあるだけ呑んでしまう。鯨飲とはあのことよ。


「……アニキがアタイをどう思ってるか分かった気がするよ」

「なんだ、違うのか。ならどうにかなるぞ」

「うん、新兵の編成が終わんない」

「それ結構前の案件だぞ……」


 先日の袁家軍大増員である。表向きには一万の増員という大本営発表だったのだが、実際はそれどころではないのである。俺の指揮する紀家軍だけで一万+αの増員である。まあ、そのおかげで俺個人の裁量で動かす兵員についても算段がついたのはありがたいところ。

 遊撃がお役目の紀家軍は必要最低限の兵員で回してたからなー。なお、+αについてはこっそりと実験部隊的なモノを立ち上げているのは内緒である。成果が上がるといいなあ。

 文家と顔家についてもそれなりに増員されたらしいと風の噂で聞いた。いや、七乃が言ってた。しかも北方から精鋭を引き抜きつつあるというのだ。常備軍そんなに呼び戻してどうすんの。いやマジで。

 実際びっくりしたんだが、ねーちゃん曰く「黒山賊への備えだ」で終わった。妥当な理由だけど何か裏にありそうな気がするのは勘ぐりすぎだろうか。


「だってよー、一人動かしたらそこの穴埋めに一人動かさないといけないしよー。

 更にその穴埋めに一人動かしたらまた一人動かさないといけないじゃんかー」

「いや、人事ってそういうもんだろ」

「ほんと無理。アタイには無理。助けてよアニキー」


 そう言って俺に抱き付いてくる猪々子。この娘はもうちょっとあれだな。慎みとか持ったほうがいい。俺としては無防備宣言状態な猪々子に、それはアカンやろと言いたいのですよ。年頃の娘さんが、これではいけない。これはいけません。


「あー、分かった分かった。手伝ってやるからとりあえず離れろ」

「アニキー!ありがとー!やっぱいざっていうときは頼りになるなー!」

「おはようからおやすみまで、猪々子を見守ってるしな」

「やったぜ!アニキが一緒にいてくれるなら、怖いものなんてない!」


 悲報。猪々子にボケてもツッコミは期待できない模様。いや、知ってたけどさあ。こういう時にはやはり斗詩の常識力が頼りになるのだなあと認識を新たにする。


「とは言え、文家の内実はわかんねえからな。誰かできる奴を派遣するわ。

 んー、いや、そうだな。これを機にむしろ四家の人材交流くらいした方がいいのかもなあ」


 統合整備計画的な感じでマニュアルの整備とかした方がいいのかなあ。めんどくさそうだけれども。連携とか考えたら必要なんだろうなあ……。そうと決まれば、というか、決めた。

 うし、やるか。


「よくわかんないけど、アニキに賛成!」

「いや、もう少し考えようよ」

「考えた結果、アニキの意見に従うー!」

「いや、明らかに考えてねえだろ。文家ってのは袁家を支える武家の筆頭なんだからさ、もうちょっと考えようよ」

「えー、正直向いてないしー」

「……それは否定でけんなあ」


 正直、大本営であれこれ考えているよりも、単身で前線に立って脊髄反射で動いてる方が向いてる気はするんだよね。トップもそうだし部下もそんな感じだしね。

 じゃれついてくる猪々子の口に菓子を押し込みつつ引き剥がす。少し不満そうに、だが無言で菓子を咀嚼している。もっきゅもきゅという擬音が似つかわしい。


「アニキはアタイにとりあえずお菓子を食わせとけばいいと思ってる気がする」

「いやいや、慣れない頭脳労働した猪々子に対する正当な報酬だ。ほれ食えやれ食え」

「いや、もらうけどよー」


 もっきゅもっきゅと更にかぶりつく猪々子。これはほっこり案件ですわ。飼育係とか餌付けとかいう言葉が浮かんだが気のせいだろう。なお、いざ戦となると猛獣になる模様。


「しかし、いつもなら斗詩に泣き付くだろうに、珍しいな」

「うーん、最近斗詩がふさぎこんでてさー。ちょっと声かけづらいんだよ。

 アニキからもなんか言ってやってよー」

「猪々子が言って駄目なら俺が何言っても駄目だろ」

「え、それ本気で言ってんの?」


 それはないわーといった風に俺を見やる。解せぬ案件ですよこれは。


「……まあ、いいや。気が向いたら斗詩に声かけてあげてよ」

「おうよ」


 まあ、斗詩は悩みがあっても一人で抱え込んでしまうとこがあるかんなー。そこはフォローしたげないといかんだろう。愚痴を聞くくらいはできるだろうしな。

 そういやあ、最近斗詩と会ってないなあ。猪々子が来る時は三回に一回は斗詩も一緒に遊びに来てたんだが。

 猪々子の持ってきた書類に目を通しながら俺は思いをめぐらすのだった。

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