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閑話:富国が為されたならば

 さて、ここは南皮の奥の奥。そこで対峙するは袁家を支える文武の要、田豊と麹義。匈奴大戦からの戦友であり、文武の派閥の頭目。つまり今現在彼らは政敵という関係にある。

 文武の巨頭に挟まれながらも常通りの笑みを絶やさぬ沮授の胆力こそ褒められるべきであろう。その内心はともかくとして。


「何だこれは、ふざけているのか?田豊よ」


 挨拶代わりに殺気を振りまくのをやめてほしいものだと沮授は痛切に思う。麹義のそれは、例え直接向けられたのではなくとも息苦しさを覚えるほどに濃密なものである。

 だが、それを向けられる田豊は揺るがない。小揺るぎすらもしない。


「いや。至って真面目だが」


 軍師と言いながら筋骨隆々のその肉体に恥じないほどの気力。頭髪は白一色であるがその表情は溌剌にして闊達。麹義の向ける殺気をどこ吹く風かとばかりに切り捨てる。

 ち、とばかりに麹義が舌打ちを漏らす。田豊とは長い付き合いなのだと再認識する。かの匈奴大戦より文武筆頭として袁家を牽引してきた腐れ縁である。

 時に争い、時に和す。だがしかし、この度において明確に利害は対立している。だが、ここまでギスギスとしたやり取りは近年稀であり、それだけに深刻なのだろうと沮授は察する。


 数分、或いは数秒であったろうか。重い沈黙を田豊が討ち破る。


「やれやれ。難儀なことよ。貴様ら軍部の要望については最大限応じたと思うのだが」


 重々しい口調で鋭く麹義を射抜く。


「ふざけるなよ……」


 地獄の底から、と言うべきであろうか。その低い声にさしもの沮授も肝を冷やす。いや、微動だにしない田豊を賞賛すべきか。


「一万、だぞ。一万の兵……」


 いっそ悲愴と言っていいだろう。その口調から沮授は察する。これは人員削減なのであろうと。いくら袁家は北方の護り手だとしても、だ。洛陽から危険視されるほどに戦力は充実しているのだ。

 なればこそ。手塩にかけた兵を手放さねばならないとなればその悲痛な声にも納得である。


「一万の増員とはどういうことだ!」


 その声に流石の沮授も絶句する。


「なに、予算が余ったのでな」


 流石の沮授もこれには苦笑いすら浮かべられない。一体これはどういうことなのだ、と。予算の策定会議というのはもっとこう、殺伐としているものではないのか。予算を奪い合うものではないのか、と。


「ふざけるなよ田豊!兵を鍛える士官が足りんぞ!」

「そこよ。二郎が孫家に肩入れしておるのは知っておるじゃろう?」


 思いもかけずに出てきた友の名に沮授の表情が引きつる。またあの男はなんかやらかしたのか、と。


「人質という名目で幹部を招聘しているらしいからのう。そこらへんを遊ばせておくのも、のう?」

「孫家の将兵の練度については聞き及んではいる。が、まさか孫家の将に訓練をさせるわけにもいかないだろう?」


 確かに、孫家の将がいくら有能であろうとも兵を鍛えさせるとかいうのは論外である。のだが、田豊は不敵に笑う。


「じゃろうな。じゃから責任者は二郎とする。二郎はあれで生真面目よ。足繁く通うじゃろうよ」

「……二郎子飼いの兵にするということか」

「うむ。麹義よ。貴様とて十常侍の遣り様に思う所はあるじゃろう?」


 先ほどまでの言い争いなぞ馴れ合いの極み。そう沮授をして思わせるほどに田豊は殺気、或いは覇気を放つ。


「無論その通り。なるほど。先に手を出したのは彼奴等きゃつらだからな。誰に喧嘩を売ったかを思い知らせないといけないということか」


 これまでは洛陽から危険視されないように手元の即応戦力については縮小していたのだ。ぎりぎりの戦力で北方防衛を果たしていたというのに、だ。


「暢気な二郎が本気になっておる。なれば泥をかぶるのは我らが役目であろうさ」

「……そうだな、洛陽に引き籠る御器噛ごきぶりどもには教育が必要だ」


 二人の台詞に沮授は震撼する。つまり、十常侍は虎の尾を踏んだのだ。だからこそ、袁家の重鎮は正面切って十常侍と遣り合うと決定した。

 そしてそのための兵力を増強するというのだ。そしてそれを率いるのは紀霊だということになる。それを若輩である自分の前で明らかにするのはやめてほしいものだが。いや、むしろ知りたくなかった。

 袁家は北方の護り手にして漢朝有数の名家。だが、その本質はあくまで武家である。その権威が毀損されたのであれば報復あるのみということなのであろう。馬家に続いて袁家も叛旗を翻すことになるのかもしれない。

 と、静かに決意を深めていた沮授ではあるが。


「それはそれとして、ね。予算編成がめんどくさくなったから適当に増員したって話も聞いたのだけれども?」

「……軍部の要望は丸呑みしたじゃろ?」

「そこはせめて否定くらいはしてほしかったわね」


 不都合な真実というものはどこにでもあるものである。キリリ、と痛みを腹部に感じながら沮授は貼りついた笑みを崩さない。彼ができる意趣返しとしたら、親友たる紀霊にこの胃痛をお裾分けすることくらいであろう。

 いずれにしろ、袁家の戦力増強は既定路線となったのだ。それがこの中華にどのような影響をもたらすか、沮授は思いを巡らすのだった。

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