凡人が田舎娘三人を地位と権勢を背景に言いなりにするお話
「ほー、ここが南皮かー。流石にぎわっとるねー」
「もう、真桜ちゃんは気が早いのー、まだ城門も潜ってないのー」
「ほら、沙和、真桜、しゃんとしろ。まだ仕事は終わってないのだぞ」
女三人寄ればなんとやら。賑やかな声が南皮の城門前に響く。
「ほおー、さっすがやなー。ぶ厚い城壁の周りに空堀かい。おお、城門は吊橋を渡らないとあかんのか。なるほど。あの鎖で橋を巻き上げるんやな……。
城壁も、上から弓を射やすいようになっとるし、よく見たら真ん中にも通路があるやんか!
いやあ、これは血が滾るでえ!」
腕組みして城壁を見やるのは、藤色の髪を無造作に括った少女。極めて軽装であり、それで護衛が務まるのかというほど……端的にいってそれは水着姿。それもビキニスタイルであったりする。そしてその胸部装甲は南皮の城壁を向こうに回しても張り合えるほどに豊満であった。
「あー!あの子、阿蘇阿蘇に載ってた服装を上手く崩してるのー!
春物の流行を押さえながら、ちょっと挑発的な色合いが調和してるのー。
これは負けてられないのー」
声を張り上げる少女もまた軽装。栗色の髪を三つに編み上げて垂らしている。眼鏡の奥の瞳を彩るのは雀斑。常であれば短所とされるそれを魅力的に彩るのは彼女のコーディネイトの賜物であろう。
「あの、すみません。きちんと護衛の任は果たしますので。
なにぶん、田舎者なもので……申し訳ない」
生真面目そうな少女がわいのわいのと姦しい連れの様子にぺこぺこと頭を下げる。護衛、と言うだけあってその眼光は鋭く、周辺への警戒を怠らない。右目と頬、そしてそのしなやかな身体に幾筋もの傷跡が走る。それは彼女の魅力を損なわない。あたかも野生の獣を思わせる瑞々しさ。
「でも、護衛とか言ってもお仕事何もなかったのー。
ほんと、こんなお仕事ばっかりだったら楽なのー」
「せやなあ。ほんま、いっそ申し訳ないくらいやったわ。それに、や。街道が煉瓦で舗装されとるからなあ。
あのお陰で馬車の移動速度が飛躍的に伸びとるんや。建築素材としても貴重な煉瓦を敷き詰めるとか、どんだけやっちゅうねん!」
紀霊の肝いりのプロジェクト「赤い街道計画」は順調に進んでおり、まさに袁家領内の大動脈として物流の根幹となっている。ひたすらにインフラを整備するその指針には異論もあるものの、結果がそれを封じている形である。
「こら、二人とも!」
彼女らが就く護衛というのも雇用対策の一つ、治安向上の一環である。護衛がいれば野盗と言えど容易に襲撃はできない。また、一定以上の武力を持つ者の囲い込みにもなる。富に溢れる袁家に集う様々な不安定要素。それらをまるごと抱き込むという沮授と張紘の苦心の策でもある。
◆◆◆
今日も今日とて町の視察である。いや、お仕事だよ?ほんとだよ?きちんと事前に行動計画も入れてるし、視察の報告書だって出してるもんな。きっちりと課題とか、頑張ってる役人とかの報告してるし。こういう事前事後の事務仕事をしないと、ただのサボりになるわけだが。
具体的に例示すると、猪々子とかさ。
「おやじー、その串焼きおくれー。塩は手持ちがあるからいいや。陳蘭も食うだろ?」
「あ、はい。頂きます」
どうせなら、町の様子の考察に女子の視点を取り入れたいというのは至極当然な発想だったりする。陳蘭も楽しそうだし、ほら、みんなハッピーでwin-winだ。いや、ほら。七乃との一件もあったから陳蘭にちょっと後ろめたいじゃない?気にしないって言われても、さあ。いや、だからこそ、か。
今日は週に一度の定期市が立つ日でもあるしな。地方からいろんな産物を持ち寄ってなかなかの賑わいだ。いやあ、賑々しくて大いに結構!もっとやれ!倍プッシュだ!
「二郎さま、この後どうするんですか?」
「んー、このまま市を冷やかして、運営の方に顔を出そう。陣中見舞いだ。
そうだ、何か差し入れ持ってってやらんとな。何持ってくかは陳蘭に任せるし」
「ふぇ?わ、わたしですか……?」
びくり、と戸惑うさまが小動物めいているんだよなあ……。実際可愛い。
「おう。てきとーに大人数でつまめるようなお菓子か軽食的なものが無難かな。酒はやめとこう」
「は、はい。分かりました」
気合を入れる陳蘭。いやあ、頑張る女の子って、可愛いねえ。うん。
そんな時だった。
「なんやねんそれ!どういうこっちゃねん!」
女の子の声が響き渡る。ええ声してはりますやん。
「ここ、空いてるやんか!この市は誰でも参加できるんやろ!
なんでウチらが参加でけへんねん!」
……傍目にはおにゃのこ三人組に強面のおっさんが絡んでるようにしか見えない。いや、迫力的に立場は逆かな?
「じ、二郎さま……」
陳蘭が俺の袖をちょい、と引く。いや、分かってるって。
「はいはーい、どしたー?」
どう見てもおにゃのこ三人組の方が荒事になったら……勝っちゃうもんな。それはまずい。
「あ、若……」
ガラの悪い男が俺の顔を見てちょっとほっとしている。そうだよなー、格の違いくらいわかるだろうよ。でも立場上引けないもんなあ。えらいえらい。きちんと報告書に載せとくから。
「兄ちゃん!聞いてや!そこのおっさんがひどいねん。
ウチらがここで商売しようと思ったら因縁つけてくんねん!
なんとかしたってーな!」
「そうなのー、ひどいのー!何様のつもりなのー!」
なんとも威勢のいいことである。もう一人は油断なく無言で周囲――主に俺と陳蘭――を警戒している。いいコンビネーションだなと感嘆する。だが無意味だ。
「あー、ここの市は確かに誰でも参加できるけど、きちんと事前登録したか?
場所代、払ったか?そうは見えないんだが……」
「はあ?ウチらこの町に到着したんは昨日や!そんな暇あるかいな!
場所代やったら商品が売れたらきっちり耳を揃えて納めたるがな!」
「そうなのー。あちこちでお買いものしちゃって、もう手持ちのお金なんてないのー。
今すぐ出せって言われてもないものはないのー」
なんということでしょう。なんということでしょう。どないせいと。これ落としどころに困るぅ!
「んで、商品はどんなの?」
「これや!品質は全部最高級やでー!」
そう言って見せてきたのは籠、笊などの雑貨だった。ふむふむ、確かに高品質で均等な出来だな……。感嘆せざるをえない。
「どや、ええ商品やろ?」
「そうなのー、真桜ちゃんの商品は一流なのー」
だがしかし、である。
「ああ、でもそれってこの辺りだと浮くぜ?超浮くぜー?」
そう言って周りを指し示す。ここは屋台ゾーン。店も客も飲食するところだ。ここで雑貨売っても、なあ。いや、買い食いして気力充実したとこで商売開始って感じだったんだろうけどね。
「あ……」
「それに、そこの場所も本来屋台が出るはずだったんだぜ?
急遽出店できなくなっても、これから場所の予約待ちの屋台が来るぞ?」
「え、え?」
まあ、半分ハッタリなんだが、当たらずとも遠からずだろう。視線をやると、おっさんが目礼をしてくる。この路線で大丈夫そうだ。
一気に意気消沈する女の子たち。なんだ、素直ないい子たちじゃないか。
「なあ、兄さん、なんとかならへんかー?
ウチら、路頭に迷うてまうわぁ……」
「そうなのー、か弱い女の子を見捨てるなんて、ひどいのー!」
媚びるならきちんと媚びろよ!とは思うのだが、素人さんにそれは酷な話であるか。だが擦れてないのが見えて微笑ましい……って、いかん。発想がおっさんくさいな。
「あー、分かった分かった俺が預かろう。
直接客とのやり取りは出来ないが、これ一式母流龍九商会で買い受ける。
ちょっと安値になるが、とりあえず手元に金は残るさ。
んで、これだけで過ごす資金稼ぐつもりはなかったんだろう?」
乗りかかった船だ。泥船であろうと浮かしてやるのが俺のお仕事だろうさ。こんなに可愛い娘たちなんだしね。社会の荒波から守るのは当然なタスクである。
「はい、当座の資金を得て、それぞれ仕事を探すつもりでした」
「それぞれ何ができる?俺が口を利いてやる」
もとより口入屋、職の斡旋は母流龍九商会の本業に近い。近年続く好景気で常に人手は不足しているのだ。
「は、私は楽進。無手ですが武術の心得があります」
「沙和は于禁っていうのー。読み書きできるし、お洒落にはうるさいのー」
「ウチは李典や!絡繰りにはうるさいでー!」
は?はあ?はああああああああああああああ?
暫し凍りついた俺を責められる奴がいようか、いや絶対いないね!当事者の三人娘からは怪訝そうな、或いは不安そうな目で見られたのだけれども。けれども。
「よしよし。三人まとめて面倒見てあげようじゃない。ほら、ついといで」
「はい、お世話になります」
「よっしゃ兄ちゃん頼んだで!」
「よろしくなのー」
……素直についてくるこの子らの将来がすごく心配な俺はきっと正しい。ほっといたらきっと悪い男に騙されてしまうに違いないね。俺は詳しいんだ。
◆◆◆
さて、目の前にいるのは于禁、李典、楽進。言わずと知れた魏の宿将達である。あれだけ人材にうるさい曹操――人それを人材コレクターと言う――の下で将軍してたんだ。能力はまあ、言わずもがなだろう。なのでまあ、まずはスパイや工作員という線を考えた。のだが。
「ま、ないだろうな」
現段階での曹操陣営ははっきり言って人材不足だ。譜代の臣がおらず、身内だけで回していると言ってもいい。……それで回ってるのが恐ろしいところなんだが。まあ、そんな状況でこの面子を外に出すとかありえない。むしろ、その程度ならば安心できるのだが。
何より。
「いやー、兄さん、偉い人やったんやなー。おおきに。助かったわ」
「それにとっても親切なのー。まさか初日にお仕事が見つかるとは思ってなかったのー」
「本当にありがとうございます。この恩は、必ずや」
この娘たちにスパイとか無理だと思うの。いやほんといい子たちだよ。
「あー、再確認な。于禁は服飾関係、李典は技術関係の仕事をしてもらう。
当然下っ端からだが文句は言うなよ?実力が認められたらすぐ上にいけるし
給料だって上がるからな」
「おおきに」
「分かったのー」
「んで、楽進は、無手の格闘だったか。……そうだな。ちょいと腕試ししてみっか。
陳蘭!」
「ふぁ、ふぁい!」
陳蘭を呼び寄せ、楽進と相対させる。模擬戦というやつだね。
「まずは、楽進に攻め手をしてもらおうか。陳蘭、攻撃はなしな」
「分かりました」
きり、と戦闘モードに移る陳蘭。無手での戦闘は小さい頃から俺と繰り返し、近代格闘術をそれなりのレベルで再現させている。
膂力だけなら俺より上だしな!
「凪ちゃん、頑張ってー!」
「凪ー!いてもうたれー!」
無言で構える楽進。おおう。なかなかの気迫だ。
「はじめ!」
俺の言葉と同時に楽進が陳蘭に飛び掛る。軽くフェイントを入れてから回し蹴りを放つ。
陳蘭は慌てず騒がずバックステップで避ける。
更に楽進が追撃。流れるような連続攻撃である。拳と蹴りを組み合わせたコンビネーション。ふむ、なかなか見事だ。
だが、まだまだ。俺や陳蘭の域には達していない。
まあ、そりゃそうだ。俺達は武術の完成形に近いものをなぞっている。対して楽進は一から模索しているはずだ。逆に言えば自己流であそこまで磨き上げているというのは凄いとしか言いようがない。実際、膂力ゴリ押しじゃないのにびっくりしたよ。
「くっ!」
連続攻撃を凌がれた楽進が一度距離を取る。そして構えを解き……ん?
「は、あああああ!」
いかんいかん、何だか知らんがヤバいのは分かる。楽進の気迫が凄まじい勢いで上昇していくのが俺にも分かる!
「猛虎!」
「そこまで!」
流石にアレを受けたら洒落にならんだろうことは確定的に明らか。慌てて止める。何らかの必殺技的なものを発動させようとしていた楽進だが、大人しく指示に従ってくれる。これは正直助かった。
「次は楽進が受ける番なー」
俺は陳蘭を軽くねぎらいつつ、攻めのパターンを指示する。と、陳蘭が小声で耳打ちしてくる。
「二郎様、楽進さん、只者じゃありません」
「分かってる。いや、これは拾いもんだったな。だがまあ、やることは変わらん、いけるな?」
「はい」
緊張気味ながらも陳蘭が頷く。実際やることは変わらない。近接格闘の文化の極み、見せてやれ!
「はじめ!」
俺の声と同時に陳蘭が身を沈め、楽進の足を取りに行く。何千、何万回と繰り返した動き。必殺の初見殺し。いわゆるタックルである。そのままマウント。かわされたら回り込んでのスリーパーホールド。
このコンボが俺達のとっておきである。これはいざという時にしか使わない切り札であり、陳蘭の他には猪々子と斗詩くらいしか見たこともないはずである。
流石の楽進もこれにはどうすることもできず……いや、タックルかまされながら肘を落とそうとするとかどんだけだよ。反射神経が、パねえ。
「そこまで!」
陳蘭がマウントを確定させたところで俺が声をかける。
「も、もう一度、もう一度お願いします!」
やや必死に楽進が言ってくる。不本意なのだろう。そりゃそうだ。恐らく持ち味を全く出せなかったと思っているのだろう。俺からしたら十分すぎるのだけれども。
「いいの、いいの。楽進の実力は分かったから」
「し、しかし!」
食い下がる楽進。
「いいとこ見せられなかったからって焦ることはないって。実際大したもんだと思うし。
ほんじゃま、勤め先は後程連絡するんで、頑張ってねー。
あ、宿はこっちで手配しといてやるから。
んで、職場決まったら家もいいとこ紹介してやるから心配すんなよー」
◆◆◆
「兄さんほんまええ人やなあ、気風もいいし、惚れてまいそうやわー」
「おうよ、ありがとうなー。家賃も安くなるように口きいとくし、安心してくれていいぞ」
「すごいのー。感激なのー。」
「ほいさ。後で連絡入れるから今日はもう休んどきな」
そう言って俺と陳蘭はその場を去る。折角だから俺はクールに去るぜ。
そして……彼女らが見えなくなったくらいの所で陳蘭に問いかける。
「で、楽進はどうだった?」
「は、はい。身体能力は、わたしより上です」
そこまで、か。っちゅうことは俺より上でもある。同姓同名の別人という線はこれで消えた。そんなモブがいてたまるか!となればやはり本物か……。いや、もうこの際なんで女子やねんとか言うのはもういいや。そういうものなのだ、きっと。
だが……思わぬ拾い物に俺はほくそ笑む。どうせ優秀なのは分かっている。だったら最初っから優遇して囲い込んでしまおう。
「……なんか、楽しそうですね」
「ん?ああ、とびきりの人材を拾えたからな。いや、俺、持ってるわ」
「……三人とも可愛い女の子ですもんね」
ん?
「い、いや、陳蘭、そうじゃなくてな?
純粋に人材として優秀かつ優秀で人格も卑しからずというか、だな……」
慌てる俺を見て陳蘭はくすり、と笑う。
「ふふ、冗談ですよ。二郎さまったら慌てちゃって」
「あ、あのなあ」
「いいんですよ、別に誰にお声をかけられたって。
わたしは、二郎様のお側にいられるだけでいいんですから」
そういって、腕に抱きついてくる。く、流石陳蘭!それ俺のツボやて。あかんて……。
「今晩は、どうされるんです?」
上目遣いでそう聞いてくる。いかんなあ。最近主導権を握られてる気がする。
「美味い飯屋を見つけたんだ。一緒に行こうぜ」
「はい!」
にこりと笑う陳蘭と一緒に俺は街の雑踏に飲み込まれていくのだった。
凡人、地位権勢以て田舎娘三人手中にす




