凡人と袁家姉妹
さて、俺は美羽様のお守役である。その任をきっちりやっているかというと、だ。正直疑問が残る。いや、一日に一回は顔を見に行ってるのよ?
あやしたりもしてるんだが、いかんせん滞在時間が少ない。その点、七乃はほぼ一日中べったりだ。仕事すら持ち込んで美羽様の顔を見ながら書類と戦っているらしい。
気を抜くと美羽様に見入ってしまい、手が止まるらしいが。
……きっと、一緒の空間に居るというのが重要なんだろう。多分。
さて、その美羽様は現在、数少ない血縁である女性の胸に抱かれながらすやすやと眠っている。
「ほんとに大人しいですわねえ」
うん、ぶっちゃけ麗羽様だ。もったいぶる必要もなかったな。
「わたくしもこんな時期があったと思うと、不思議な気がしますわねえ」
優しげな目で美羽様を見やる。なんともほほえましい光景である。執務の合間を縫って、麗羽様はできるだけ美羽様に会いに来ている。
数少ない肉親というのもあるだろうし、袁逢様から託されたからというのもあるだろう。
まあ、三国志において袁紹と袁術は仲が悪かったからなあ。そんなフラグが立たないように、麗羽様が来る時にはできるだけ同席するようにしている。
美羽様を抱いた麗羽様と俺がだべって、時間が来れば名残惜しそうに麗羽様が帰っていく。こんな関係が続けばいいなあ、と思うのであるが。
いやいや、それを続かせるのが俺の仕事っちゅう話だ。袁家の潤滑油。それがきっと俺のお役目であるのだよ。
「麗羽様は、なんというか……元気でしたからねえ」
「もう、覚えてないことをそんな風に言われても分かりませんわ」
頬を赤らめながら麗羽様が軽く抗議してくる麗羽様が年相応で可愛い限りである。常であれば、こんなに無防備な表情はしないもんなあ。いや、ちっちゃい頃の話をされても反論できねえし照れくさいものだからな。いや、申し訳ないことをしたかもしらんね。
「あら、美羽が目を覚ましましたわ。騒がしかったかしら」
あ、ぁ、と軽く声を上げながら美羽様がふわふわと手を伸ばす美羽様。
当然の帰結として、麗羽様の女性の象徴。豊穣の神を思わせるそれ……胸に手が当たる。手の動きに合わせて豊かな胸が形を変える。これはこれで眼福、眼福。
「あら、おなかが空いたのかしら、ね二郎さん……ってどこを見てらっしゃるのかしら」
「いや、時の流れというのは実に偉大だな、と」
あのつるぺったんだったちび麗羽様がなあ、と思うと感慨深いものがある。いやあ、本当にご立派に育って……。
「……なんだかとっても失礼なことを考えてませんこと?」
「とんでもない。今も昔も赤心に変わりはないですよ」
「もう、二郎さんの赤心に疑いなんてないですわ。そうじゃないって分かってて仰ってるのでしょう?ほんと二郎さんは昔から……ってあら」
みるみるうちに美羽様の表情が崩れていく、あ、泣くかな。
「あらあら、おもらしですのね。ふふ、可愛いこと」
うろたえるでもなく、乳母が持ってきたおしめを受け取る麗羽様なのである。てきぱきと美羽様のおしめを交換する。最近では手馴れたものだ。いや、ほんと。
うん、そういえば俺もよく麗羽様のおしめを取り替えたもんだ。知ってるか?赤さんのうんちって、臭くないんだぜ?母乳だけだからなんだろうな。ちなみに、離乳食を摂り出すと臭くなる。これ豆な。
「ほんと、赤ん坊って手間がかかるんですわね」
すごく優しげな顔で麗羽様が呟く。再び美羽様を胸に抱えて、揺すり、あやす。
なんだか父親になった気分だ。この姉妹がいがみ合うようなことになってはいけない。そう思う。本当に、思うよ。
「二郎さん?」
そう言って麗羽様が美羽様をこっちに差し出す。
美羽様が俺に向かって手を伸ばす。美羽様を胸に抱きながら麗羽様と談笑する。幸せってこういうことなのかも知れないなあ。
そして、思いを馳せるのだ。それは未練なのだ。喪った彼女を、思う、偲ぶのだ。そして、俺の胸の中できゃ、と笑う美羽様の温もりが、如何に尊いかを思う。
向けてくれる無防備な笑顔。なるほど、七乃が籠絡されるのも納得の笑顔である。
いや、マジ可愛いんですけど。




