科挙
「で、二郎殿は一体漢朝をどうしたいというのですか」
ちょっと待ってよ稟ちゃんさん、時に落ち着け。
つか、物見遊山の気楽な旅路。その途中で立ち寄った洛陽。それだけのことのはずなのにどうして俺は稟ちゃんさんに詰問されてるんだぜ。
「……おとぼけですか。それもよいでしょう。ですが、曹操殿、孫権殿、韓遂殿。
彼等がそれぞれに地方に利権を持っていきたい、それは分かります。ですが、なぜ漢朝の柱石たる袁紹殿がそれを掣肘しないのか。
むしろ、沮授殿からは更なる要求が内々に!
この動き、どう見ても仕掛けた人物がいます。そしてそれは二郎殿の描いた絵図面でしょう」
キラリンとメガネを光らせて追及されると、だ。割とぐうの音もでないね。まあ、名前の挙がった人物にそれぞれ根回しだったり色々示唆できたりする暇人って俺くらいだろうし。
流石は稟ちゃんさん。俺の浅知恵なぞまるっとお見通しなわけである。
「そこに気づくとは……やはり天才か……」
「安いおだてですね。誤魔化されませんよ」
くそ!なんて時代だ!とも言えずマジレスするしかないね。仕方ないね。
「利権つっかね。ぶっちゃけ現状の追認でしかないのよね。州牧の権限で常備兵を運用したり、独自の税制を制定したりさ。それで各州の州牧は領内の統治に心血を注いでるだろ?
まだまだ、戦後の傷は癒えてない。特に北方はな」
黄巾の乱、そして蜀の叛乱とそれに伴う北伐。これにより最もダメージを受けていたのは皮肉なことに袁家の治める地域である。無論、それまでの天災とか勢力争いによって他の地域も荒れていたというのはある。
それでも多分史実の、黄巾の乱から比べたら全然マシなレベルだと思うけどね。
「戸籍の整備すら追いついていない現状さね。流民、暴徒、その始末。これって結構大変と思うのよね」
特に袁家……というか白蓮だな。あーれは大変。魯粛とか虞翻とか臨時に補助してるけどそれでもなあ……。
「なるほど、袁家の影響下である幽州。そのための献策ですか」
まあ、正直一番ダメージが大きいよ幽州。でも幽州だけにその特権を認めるわけにもいかんだろうしね。
「諸侯からは不満もなく、今上帝の統治は上手くいってるだろう?」
「それは当然でしょう。諸侯の権限拡大を追認してらっしゃるのですから。諸侯の今上帝に対しての評価は極めて高いですよ」
そりゃそうだ。
便宜上この地方分権という言葉を使うが、それを進める政策に対して二つ返事で了承を与える今上帝。
そりゃあ諸侯の評価は高まるだろうさね。
敢えて言おう。漢朝のトップである今上帝は本来諸侯に対する求心力なぞ本来欠片もないと。
「つまりさ、力を蓄えつつある諸侯が漢朝に対して忠誠を誓い、今上帝を支えるというのはさ。そういうことだよ」
今上帝の権威、その後ろ盾は大将軍たる麗羽様である。
自然袁家の隆盛は留まることを知らない。えらいことになっている。
ぶっちゃけその傀儡みたいな――皇后すら美羽様という袁家のVIPだしな――今上帝。その現状において、諸侯の力を削ごうとするよりもだ。
それでも今上帝に不満を抱く諸侯がいないのだ。その根源はつまり、諸侯の利権拡大に対して寛容――いっそ無関心だからである。
だからこそ今上帝はかつてないほどに諸侯から支持されている。皮肉なことに。
それに劉璋ちゃんが正論を述べて皇室の権限保持に走っているのだが……。焼け石に水、よりはマシだろうなあ。
本来大嫌いな儒家すら動員して抵抗勢力になってるもんなあ……。いや、まさかの政治力である。そら今上陛下も劉皇叔と慕うわ。
「成程。権限移譲により自由度の増した領地運営による地方の生産力の向上。
それがあるから、最も恩恵のある袁家に対する反感と警戒を棚上げ出来る、と。
ひとまずその論旨は理解しました。
であればあの献策も理解できます。諸侯会議、いえ、二郎殿曰く……」
円卓会議、ですか。
実に興味深いと言う稟ちゃんさんの目は更に鋭さを増して俺を突き刺す。
やだなあ、でもそんな目つきでも可愛いけどね!
「今上帝は融和をその旨とされている。
だからこそ、その意思決定の透明化がないといかんと判断した。
それがあれば不満が蓄積出るにしても、矛先は拡散するしな」
じろり、と物言いたげは稟ちゃんさんは勿論言いたいことを言うのである。こわいね。
「その円卓会議で諸侯の利権、不満を散らして争わせるおつもりなのでしょう?」
是、である。仲よく喧嘩しとけというのが主眼である。
「そこに気づくとは……やはり天才か」
「そういうのはもういいです」
更に物言いたげな稟ちゃんさんの言葉を遮る。
「つまりさ、俺の選んだのは妥協案さね。
荒廃した領内を整える(主に袁家内部)
地方豪族の不満を抑える(現状追認)
地方豪族の発言権を整える(ガス抜き)」
そのための諸侯会議さ。
まあ、その恩恵は袁家が一番受けてるけどな!
「本当に貴方は……漢朝をどうしたいのですか」
ふむ、と暫し考え込む。
ぶっちゃけ漢朝については思考の埒外であったしな。袁家……俺がこの先生きのこるために必死だったし。
ただまあ、できれば穏便に王朝の交代が出来ればいいなあと思っている。
滅びない国はないし、死なない人もいない。でも、人死には避けれるならば避けたい。
インフラだってできれば残したい。
でも思うのだ。安寧は停滞に繋がり、停滞は腐敗を招く。そして権力というものは集中すれば腐りやすく、破綻する。それは歴史が証明しているのさ。
「水さえも淀めば腐る。変化というのはそれで健全だと思うのさ」
俺の言葉に稟ちゃんさんはため息を。
「本当にそれだけなのでしょうね、二郎殿の思う所は。
思いつきで私たちを引っ掻き回して楽しんでいるのではないかというのは邪推であったと反省しましょう。
ですが、だからこそ問います。
本気ですか?」
考廉を廃するなんて!
「漢朝の英雄である武帝その人が制定したそれは、既に形骸化しているのは確定的に明らかさ。
それが故に中央の官僚の水準の低下。そのせいで宦官がのさばることになったのじゃあないか」
考廉というのは、まあ、発令当時は高潔な人材を出世させるための推薦システムだったのだ。
が、推薦とかなるともう有力者の人的な恣意が入り乱れて……お察し状態である。
だからさ。新たな官吏の採用については絶対評価を導入しようと思っているのだよ。
統一した試験。その上位から採用するってな。そしてこれは別に俺のオリジナルな発想でもない。
「官吏を登用するための試験。それはいいでしょう。特に曹操殿は熱心に賛成されてましたね」
あー。別にこの案件については根回しとかしてないよ?
ちなみにその制度。センター試験とか共通一次とかではなく。
――科挙、と呼称されることになる。
いやまあ、時代を先取りってことで、ひとつ。




