はおーのとこ、不在だと思って形式的に寄ったら いたわ
よし帰ろう。俺は決意した。
「あら、二郎?まだ帰るには早いと思うのだけれどもね」
くすくす、と可笑しげに笑みを漏らす華琳。
来なきゃよかったなあと後悔の念が胸をよぎる。さて後悔が立つのは後だったか、先だったか。どちらにしろ、後先考えずに来てしまった俺が迂闊なのだろうけれども。
「いや、華琳の働きぶり、まさに漢朝の柱石として比類ないものだと確信した。
俺の懸念は晴れまくってしまったからに。元々用件なんぞないのを春蘭に無理を言ってしまったからな。
去るとも、ああ去るとも。お騒がせいたしましたってことでひとつ」
よろしく、と言ってスタコラサッサとばかりに去ろうとする俺なのだが。
「あら、用件もないのに私に会いに来てくれたのでしょう?
それを歓待もせずに返すほどに薄情だと思われても困るわ」
にこり。いや、にやり。むしろニタリとばかりに捕食者の笑みを浮かべてじり、と歩みを進めてきます。
その体躯はけして大きなものではないのに威圧されまくりです。
ぼすけて。
「いやいや、今を時めく華琳の貴重な時間。それは金剛石よりも貴重だと理解しているよ。
俺は表舞台から去った人間。ちょっと顔見せに来ただけだからして、さ」
近くまで来て、素通りしたのがばれたらなんか言われたらやだなあ、と思って寄ったが。
忙しそうな昼下がりに不在前提で表敬訪問しただけなのだが。
なんでいるの?解せぬ。
適当な口上をでっちあげてその場を去ろうそうしよう。
「あら、これはしたり。と言うしかないわね。
北伐の英雄、紀霊殿をすげなく追い返したとなれば私の評判は地に墜ちるわ。
――ああ、それが目的だったのかしら?
なるほど、麗羽の政敵になりそうな私を封殺するには悪くない手ね」
くすくす、と。とんでもないことを言う華琳。そして安定のドヤ顔である。実際怖いんだってばよ。
「あら、反論もないということは図星なのかしらね」
ニヤニヤ、と小悪魔的な笑みを浮かべながら俺の鼻頭をぺちり、と弾く。
「私はそれでもいいのだけれどもね、二郎?」
いやいやいやいや。
目を白黒させる俺を心底。心底楽しげに見てる華琳、ドS確定である。うん、知ってた。
「まあ、冗談はさておき、随分と楽しそうなことをしてるわね、漫遊だなんて。
どうせ隠居しても次々と陳情だったり打診だったり陰謀だったりが持ち込まれて面倒になったのでしょう?」
図星である。なんなの?千里眼とか順風耳とか備えてるの?
「子飼いの部下を連れて、いいご身分ね」
ちらり、と俺の背後に控える凪と蒲公英と風を見やる。字伏は宿に置いてきました。
なんでって、華琳が執着してるからな!面倒の火種でしかねえよ!
「羨ましい限りね。隠居した遊び人の道楽にそれだけの人材を充てるなんて。
誰か一人くらい寄越してほしいくらいよ」
「だが断る。猫の子じゃあるまいにほいほいとあげれません!」
「ふうん。まあ、二郎に愛想を尽かしたら曹家に来なさいな。歓迎するわよ」
「だーかーらー、目の前で堂々と勧誘とかすんなよ」
「いいじゃない。私と二郎の仲だもの」
どんな仲やねん。ちなみにこういう時にギャーギャー言いそうなネコミミとか含め、華琳の部下は同席していない。純粋に忙しいのだそうな。
「ふふ、なんて顔してるのかしらね。まあいいわ。
そうね、あまりに人手不足と思われても癪だしね。新顔を紹介するわ」
さ、と手を上げると閉じられていた扉が開き、一人の女性が姿を現す。
む、体つきは引き締まり、動かずとも躍動感を感じさせる。茶色の髪は短く、その顔には……不粋な仮面が。
「鳳徳というのよ。ふふ、涼州の出身らしくってね。霞と同じく騎兵の将となるわ」
鳳徳……なるほど。涼州出身で曹操に仕える。なにもおかしくないな。だが、華琳が将として迎えるならばそれ相応の実力があるはず。
蒲公英とは既知か?と思い、ちらり、と蒲公英の様子を見やると。
「そんな……」
顔色を失っている。そして、燃えるような気迫で鳳徳を睨みつける。なるほど、既知か。それも相当因縁がありげな?うん?
改めて鳳徳をしげしげと凝視する。と。
これ、翠ですやんか……。生きてたんかいな……。
「あら、二郎?欲しがってもあげないわよ?大事な大事な私の部下なのだもの」
おい。
おい。
「ええと、だな」
色々な思いが駆け巡るが、正直俺の頭がカオスで。
「わざわざのご紹介痛み入る。華琳は漢朝の柱石。華琳を支えること即ち漢朝を支えること。頑張ってくれ」
月並みで無難なそんな言葉しか発せられなかった。
無言で頷く鳳徳。ニヤリ、と笑みを深める華琳。
俺の洛陽滞在は始まったばかりだ!
……洛陽、スルーした方がよかったかもしんない。




