VS関羽
風が砂塵を舞い上げる。踊るように四方に飛び散るその様は何故か郷愁を掻きたてる。とはいえ、前に進むと決めたのは俺だ。俺なのだ。
白蓮も蒲公英もなんか鬼気迫る表情で自ら斥候として駆け回っている。個人的には民がぞろぞろと進む先に彼奴らはいると思うのだがね。
これには稟ちゃんさんと風も同意はしてくれた。だが、それを目くらましにして逃亡を図るという可能性もあるとのことだ。まあ、流石に自分らを勧誘した奴が行方をくらましたら暴動か逃散だと思うのだけどね。
「もうすぐ、最後尾に追いつきます。どうするのです?本気で民を蹴散らすのですか?」
「荒地やら森を進むわけにもいかん。できるだけ陣を細くして進むしかないだろう。気は進まんがな。」
なんという桶狭間フラグ。言っててまあ。どんより、である。
いや実際、灌木やら草木生い茂るとこを進むわけにもいかん。何より物資を運ぶ馬車が通れんわ。メインストリートの整備はしたが、流石に迂回路とか手が回らんよね。
「まあ、常識的に考えて二郎殿を狙うならば好機ですね。
ですが今回は星をお傍に置けます。ねえ、星?」
「無論。幾千幾万の軍勢来ようとも鎧袖一触。主に毛ほどの傷もつけさせんともよ」
キャーセイサーン!素敵!抱いて!
「まあ、星が傍にあるならば千人力さね」
頼りにしてるよ、と笑う前に報せが。
「ほう……?」
流民の最後尾にあった関羽がその道程の河川。その橋梁の上で仁王立ちしているという報せである。
そして、淡々と数を頼りに押しつぶしてしまおうという稟ちゃんさんの献策に俺は苦笑する。
「そりゃあ、恋ほどじゃないけども関羽も一騎当千というやつさ。無駄な血は流したくない。
ここは、俺が出る」
「これは……。寝言は寝ているからこそ許されるというものです。いいから貴方はひっこんでてください」
おいおい、そりゃあ、あんまりな物言いだろうよ。
「別に丸腰で行くわけじゃない。星、いけるか?」
「無論」
……不敵で無敵。天下無双たる星が傍らにあるのだ。そうだな。もう、なにもこわくない。
◆◆◆
「じゃあ、行こうか」
と言って現場に来たのだが、これはすごい。マジか。マジだった。
「おお、ほんとに単騎で踏ん張っているのだな」
関羽である。青竜偃月刀を構え、腰に差しているのは七星刀かな?
そして天下無双たる星は容赦なく、関羽に言の葉の連撃を浴びせかける。
早い、早いよ星ちゃん!いいぞもっとやれ!
「おお、愛紗。そのように単身立つのはみっともないな。いや、兵卒に見限られたというのであればそれはそれでいいのだが。
にしても、夜鷹のように単身殿方を誘うのは如何なものと思うぞ。
仕える主筋の品位というものが、知れるからな」
ニヤリ、と挑発する星の言葉にも関羽は、その程度の挑発では身じろぎ一つしない。
黙然というやつである。
「この身は、ご主人様の武威の顕現。押し通るならば言葉は不要。千が万の軍勢であっても退けてくれよう」
そして星は歩みを止めない。
「ほお、面白い。言ったな。吐いた唾、後悔させてくれよう。
思えば愛紗よ。武においてどちらが勝るか、結論はお預けだったな」
ゆらり、と星から気炎が発せられるのを感じ。
「やめんか」
「む、主よ、なにをするか」
ぽこん、と星の形のいい臀部に軽く一撃を加えて俺は関羽に向かい合う。
「よお、久しぶりだな、関羽よ。息災そうで何より」
その言葉に関羽はくしゃり、と表情を歪める。決壊する。
「貴方は、貴方がいたから!貴方のせいで!」
フン、とばかりに関羽のそんな惰弱を切り捨てよう。ごめんね。
追いつめられた顔の彼女、狙い撃ちである。
そして真正面から向かい合う。でもまあ、出る言葉はろくでもない感じなんだけどね。
「あぁ?お前のせいだろうが。お前が劉備を甘やかした。見過ごした。そうだろう?
更には北郷一刀だ。天の御使いと名乗る匹夫さ!
厄介ごとを持ち込みやがって!」
反論しようとした関羽を見て猪々子が叫ぶ。
「ふざけんな!ふざけんなよ!お前らが何をしたか!何をしたか分かってるのかよ!
アタイにだって分かる。お前らは余計なことしかしてない!
アニキがどれだけ頑張ってたか!それを台無しにして!あんとき、刺し違えても前に進むべきだったて後悔してるよ!」
今にも飛び出そうとする猪々子の背をぽん、と叩いて落ち着かせる。どうどう。
「で、だ。何か言いたいことはあったりするのかな?」
「……。
ここは通行止めです。他を当たってください」
その物言いにカチン、とくる。
いや、これで最善を尽くそうとしているのだろうけどさ。
「あ?なんつった?聞こえないな」
「ここは通行止めだ、と言ったのです」
ざわ、と殺気が立ち昇る。ニヤリ、と笑う星から。ハァ?と獰猛にその身を臨戦な猪々子から。くすり、と笑う斗詩から。無言の流琉から。
「まあ、そう言うなよ、どうせ分かっているだろう?抵抗は無意味さ。
何せ、お前が守っている橋、それ無意味だからね」
「な、なにを言うのですか!
その手には乗りませんよ!」
まーね、普通だったらそうなんだけどね。
「関羽よ、君が幾日そこで粘れると想定しているか知らないが……。
こちらには母流龍九商会という存在がいてね。
申し訳ないが、数時間もあればお前の横に橋を架けることができるのだよ」
今すぐにでも作業にかからせろという視線は割と、俺でも無視できんくらいの圧力なのよ?
◆◆◆
「あのな。もっぺん言うぞ。健気だと思うがね。
身を挺しての通せんぼだけどな、それ無駄だし」
「まあ、そこでどんだけ頑張るつもりかね。一刻か、それ以上か?
言っとくが、一刻もあればうちの技術部はお前さんの横に橋をかけてしまうぞ?」
ちょっとさばを読んだかもしらんが真桜ならば一晩といわず一刻で浮橋くらいは楽勝だろうさ。多分きっとおそらくメイビー。
そして、動揺する関羽に一番聞きたかったことを聞く。
「で、だ。天の御使いは再起を期すのかね?叩き潰すのも面倒くさいのだけんども」
「――ご主人様は、天の国に旅立たれた。最早中華に興味は持たれていない」
――その言葉が聞きたかった。
「ふむ。じゃあ、関羽よ、なぜそこにいる?もう、北郷一刀は逃がしたのだろうよ、天の国へと。
どうしてそこにいるのかな?」
くしゃり、と秀麗な顔をしかめて関羽は黙り込む、口を開く。
「どうして……。どうして貴方はいるのですか!どうして、こんなにも貴方は私の心をかき乱す!
貴方さえいなければ、きっと。きっとご主人様の描く、皆が笑える世が!」
ほう。
なるほどね。
じゃあ聞こうか。
「皆、って誰さ」
その、俺の問いに関羽は黙り込む。下を向く。
「関羽よ。お前は何を守りたいのだ?ご主人様たちか?それとも無辜の民か?」
「そ、れは……。民だ。無辜の民を守りたいからこそ私たちは――」
苦しいところだよね。分かるよ。だが容赦せん。
「は、笑えるよな。その理想でどれだけの民が死んだか!理想を抱えてどれだけの民を溺死させたのか!戦に駆り出し、無駄死にさせ、寡婦と孤児を幾人作った!」
黙り込む関羽。俺は畳み掛ける。
「で、民のためにお前はそこに立ってるのだったか。
それが本当ならば、さっさと降るんだな。抵抗は無意味だ」
「命にかえても!私は民を守ると誓ったのだ!死など恐れない」
その言葉にニヤリ、と笑う。
「じゃあ、関羽よ。
こうしよう。お前が降ればここで軍を引こう。民も手にかけない。どうだね」
「な!」
言葉を失う関羽。
「主、それは……!」
なに、本拠を喪った蜀軍がどう動くか。それが分からんかったからこうしてえんやこらと足を延ばしているのだ。目的は達せられたと言っていい。これ以上は無駄無駄。
匈奴なり近隣の村落やらで戦力拡充させて逆撃もあると思っていたんだが、それがないならもうどうでもいい。
天の国、ということは日本(後世そう呼称されるであろう列島)に向かったということであろう。そこらへんは俺の関知するとこじゃない。もう、好きにすればいいのさ。無事に海を渡れるとも思わんがね。
「そ、それが本当ならば……。本当に、民に手をかけないならば……」
「阿呆。誰が好きで民を手にかけるかよ。ああ、時間稼ぎは通用しないぜ?既に技術部は橋の建造に動いてるからな」
そして、がくり、と関羽は項垂れて俺の軍門に降ったのである。
勝利……圧倒的勝利……!
「アニキー。でもこいつ、降ったにしてもどうせ死罪だろ?いまここでやっちゃってもいいんじゃねーの?」
「そうですね。文ちゃんに私も賛成です。降ったからといって死一等を減じられることもないでしょうし。いっそここで派手に討死させてあげた方が温情かもしれませんよ?」
猪々子と斗詩の物言いもごもっとも。
私たち不満です、という複数の視線を受けてにへらと笑う。
「そして関羽への沙汰は今下す」
更に視線が俺に集まる。
「関羽。字を雲長。真名を――愛紗」
ざわ、とその場がざわつく。許されてもいない真名を呼ぶのはこの中華において絶対的な禁忌。思わず抗議の声を上げようとした誰より先に。
「沙汰を下す。漢朝に叛旗を翻した不逞の輩。関羽と名乗っていた匹夫。そのすべての名を剥奪する。これが征夷大将軍たる俺の下す沙汰である。
以降、貴様は字伏と名乗れ」
これが俺の下した処分である。




