三者三様
「二郎殿はこれより先、進むに及ばず。お疲れでしょう、御身の養生をのみお考えください」
「は?」
稟ちゃんさんから放たれた言葉。それに俺は言葉を失う。何言ってんの?、と。
「呂布の単騎特攻。邪道と言って貶めるのは容易いですが、その有効性は明らかなものです。
蜀なぞと標榜する武装集団。そこには未だ関羽、張飛、馬超という傑出した武人がおります。そして蜀勢が狙うのは二郎殿の首ひとつでありましょう。
既に逆賊の狙いは明らか。洛陽にて療養していただくのがよいと愚考いたします。
なに、華佗殿も洛陽に向かわれていますし……」
「まて。
ちょっと待って」
「ああ、身辺の警護については典韋殿、李典殿、陳蘭殿を充てます」
不足ですか?と首を傾げてくれる。
無論。
「気に食わないな。これは俺の喧嘩だ。俺の戦争だ。
ここで引けとかありえんだろうが」
そして、いっそ冷たいばかりの視線が俺に注がれる。
「感傷、という奴ですか。
相手の勝利条件は二郎殿の首級。であればそれを避けるのは必然。
お気に召さずとも聞いていただきますとも」
淡々とした言葉、だが俺の神経を逆撫でるそれにしみじみと思う。
なんか、ありがたいなあ、と。諫言、有難し。
だが、それはそれ、これはこれである。
「風、蜀勢の動きについて現状報告!」
「はい~。その軍勢を集結させ東へ向かっていますね。襄平は既に孫家によって落とされていますからねぇ~。
なお、近隣の村落を扇動し、引き連れている模様ですね~。
既に数千の民が同行。ほどなく数万に膨れ上がるかと~」
どこぞの笛吹き男かよ!
まあ、それも想定内である。つまり。
「民の歩みの遅さ、その分厚さに追撃が困難ということだろう?」
ぴく、と稟ちゃんさんの鉄面皮が揺らぐのを見て。笑う。
「民を肉の壁となしての逃亡。厄介この上ないだろう?
追撃するならば民を馬蹄の犠牲にせんといかんだろうさ。
そして、その汚名を背負うのは俺の仕事だ。
そう、その通り。そして自称天の御使いたる北郷一刀を。蜀なぞという幻想に生きる蒙昧どもを教育してやろうじゃないか。そうさ、つまり」
――魔王からは逃げられないのさ。
◆◆◆
「征夷大将軍たる俺の決定だ。
異論は認めない。各員の奮闘に期待する」
ニヤリ、と笑い紀霊は指をぱちり、と打ち鳴らす。その合図に典韋は付き従う。見送るのは軍師二人。
「風!どうして貴女は二郎殿を止めなかったのですか!」
ふわりとした笑みを浮かべて程立は応える。
「これはしたり。ですねえ。当然のこと。二郎さんがそれを望んだから。
或いは望まなかったからですが~」
くすくす、と程立は柔らかく笑う。
「やはり、分かっていたのですね」
「勿論です~。風は二郎さんの軍師ですからして~」
くふふと笑みを漏らす程立に郭嘉はぎろ、と視線を強める。
「分かっているでしょう。的を狙う英傑には関羽、張飛、馬超と一騎当千が揃っています」
「だからこそ、ですよ。二郎さんを後ろへ下げる。そこに集中的にそのお三方が殺到したらどうしようもないですよ」
ですから、と笑う。
「もっと言えばね、一番安全なのは星ちゃんの傍ですよ。
保証します。既に階梯が違いますよ、今の星ちゃんはね……。
まさに、絶対無敵、国士無双というやつなのですよ……」
わが身の智謀、搾りだした謀略なぞ児戯の如く薙ぎ払うであろう。
戦術なぞ、趙雲一人で事足りてしまうのだ。
目の前で見た程立はそう確信している。
「そのへんにしてもらいたいものだな。
我が軍の誇る軍師たちが言い争うなぞ、ぞっとせんよ」
するりと、当然のようにそこにいた趙雲が笑う。
そうしてどう勝つか、の段に来ているのだと話している所に割って入る。
「今から、戦後について語るとは随分余裕だな?」
趙雲は手にした愛槍龍牙を軽く振るう。風を切り裂くその音響。そして音量、音色。
超一流の武人が奏でる、猛々しい舞曲。
「……これは星ちゃんに一本とられたのですよ~。
……ですが、戦略戦術において如何に激論を交わし、譲らぬことがあっても、です。
目指す方向は同じですし、別に友誼に影響があるわけでもありません。単に、目的地に赴く。その道程の違いだけなのですし。
ね?稟ちゃん」
くふふ、とほくそ笑む程立。その様子に超雲はやれやれとばかりに。
「なんだ。風と稟がいつになく険悪だから、と思ったが余計なことだったか」
こういうのは、向いていないのかな、と首を傾げる趙雲に郭嘉は憮然とする。
「星にまでそのようなことを言われるとは心外の極みですね。一体私はどういう風に思われているのか一度聞いておきたいくらいに」
ニヤリ、と趙雲が応える。
「無論。神算の戦術家、鬼謀の戦略家だとも。だからこそ悔しいな。
風が言ったがな。如何に関羽、張飛、馬超がいようとも最早主に毛ほどの傷もつけさせんよ。
そして、彼奴ら……。
ズタズタにしてやるぞ……!」
刹那、獰猛な笑みを漏らす趙雲から吹き出す、圧倒的な覇気。殺意の波動とでも言うべき禍々しい奔流に郭嘉は言葉を失い、程立はくふふ、と笑う。
「どっちにしてもです。蜀軍がどこに逃亡するのか。それを見極めないといけません。
どうせ稟ちゃんも星ちゃんも。
無論私もですが、此度の不首尾、責任を負うつもりなのでしょう?
で、あれば功績を被せる方は近くにいた方がいいのではないですか?
流石にここから二郎さんを洛陽に帰参させた上で完勝して、それを二郎さんの手柄にするのは苦しいでしょうし」
くふふ、と程立は笑う。
まずは勝つ。それは三者の合意。
そしてその功績は主の物である。
くふふ、と。ニヤリ、と。そして無表情に。
三者三様に必勝を期す。今度は、今回こそは完膚なきまでに叩き潰す、と。




