星の煌めき、そよぐ風
「星、お前こそ天下無双の名にふさわしい英傑だ」
その言葉はするっと出てきた。
圧巻であった。
まさか恋相手にあそこまで一方的に勝ちを決めるとは想定していなかった。
ブッチャーばりの喉への手刀から、鼓膜破り、最後はスリーパーホールドからのトドメである。
いや、あの恋を相手に、だよ。
そりゃあもう天下無双と言っていいよ。俺が認める。征夷大将軍が認定しちゃうよ。
そういや星は毎日の鍛錬も欠かさなかったものな。最近サボりがちな俺と違って。
毎日誰や彼やと手合わせしてたもんなあ。
などと感慨深いなあと思っていたのだが。
「主よ、そう評価されるのは嬉しいがちと早い」
などと言いよる。
つまりどういうことだってばよ。
「まだだ、まだということだよ。
その評価は嬉しいがね、かの項羽は戦況をその身で勝利に導いたと聞く」
ふう、と一息。
「勝利を、軍に与えたからこその無双だろう?
私はそういう意味ではまだ何もなしとげていない。
まだ無念夢想でしかない」
指笛一つ。
愛馬烈風を呼び寄せ、去って行った。
なにそれ超かっこいいんだけど。
◆◆◆
戦況は膠着している。
いや、やや優勢といったところかと程立は思いを馳せる。匈奴の精兵相手ということを加味すれば及第点以上かな、と思う。
ただ、決め手がない。
とは言え、歴戦の指し手である陳宮相手に保つこの優勢は重畳。
じわりとこの優勢を推し進めるのが最善であろうと程立は断じる。
そして。
ここに、この膠着にも近い状況を打開、あるいは一変させる存在が到着する。
「風」
ゆらり、と現れた趙雲。
想定よりも早い。早すぎる。嫌な予感にさしもの程立も身を震わせる。
「せ、星ちゃん。どうしたのですか!」
雰囲気が違う。にや、と笑う表情は不敵で無敵な趙子龍のそれ。
だが纏う気配に流石の程立も言葉を喪う
「ま、まさか二郎さんが……?」
趙雲は苦笑する。
心配をかけたな、と僅かに内省しながら。
「大事ない。呂布も討ち取った」
この凄味。どうしたのだ。
程立は戸惑いを、違和感を。
そして至る。
あった事象に。
「星ちゃん。すぐにお馬さんを準備しますから、なんだか溜め込んだもの、ぶつけてきたらいいと思うのですよ」
その声に超雲は苦笑する。
「ああ、流石は風だ。そう、これは八つ当たりに過ぎんからな。そう、八つ当たりだ。
だから馬はいらんよ。烈風は休ませてくれ。
ちょっと敵陣を撹拌してくる」
「は?星ちゃん?星ちゃん?」
撹乱するならば連携を!と叫ぶ程立を背に。
――天下無双の名を背負う竜が顕現した瞬間であった。
宣言通りに、彼女は戦局を単騎で一変させたのである。
◆◆◆
「流石に、固いのですぞ……」
馬防柵に空堀。戦場のそこかしこに仕掛けられた、小細工と言っていいそれらの備え。流石だと陳宮は内心感嘆する。
進軍が思うようにいかないが、それでいいと陳宮は判断する。自分の役目は時間稼ぎ。呂布が敵陣にて紀霊を討ち取るまでの偽装。それが役目。
「恋殿……」
陳宮は確信している。いや、疑う余地はないとまで思っているそれは信仰と言ってもいい。
彼女――万夫不当たる呂布――であれば単身で敵陣に潜入しても目的を果たして帰還できるだろう。その絶対的な信頼がある。本気の呂布はそれほどまでに埒外なのだ。小賢しい戦術なぞ単身塗り替えるその武。まさに地上最強。
彼女が出馬するだけで戦場の空気は凍りつき、敵兵は地を舐めるのだ。
いつだってそうだった。
だからこれからもそうなのだ。
だから、陳宮はやや優勢であった戦況が動いたことは認識してもその原因については理解できない。いや、したくなかったと言うべきか。
轟音が戦場に響く。精強な匈奴の騎兵が次々と中空に舞い上がる。非現実的な光景。だがそれは陳宮にとっては見慣れた光景。ただし、その被害は常に彼女の敵にもたらされていたものだ。
ああ、と思う。呂布と向かい合った敵はこんなにも理不尽に蹴散らされていたのかと。
そして、理解する。きっと呂布はもうこの世にはいないのであろうと。
心が折れる音というのはこういうものか、と陳宮は力なく笑う。
「恋、どの……」
それまで戦局を優位に運んでいた陳宮の指示が途絶え、戦場の音が様相を変える。そう、幾度も味わった負け戦の音だ。陣が崩壊し、連携が崩れる音だ。
常ならば、優しい暖かさに包まれてその場を去っていたのだが。
「あ……」
いつの間にか眼前に迫っていた死の象徴。白い装束を纏った竜の化身。
「成敗!」
陳宮が最期に目にしたのは、透きとおるような蒼天。奇しくも彼女が主と慕う……呂布が目にしたのと同じ光景であった。
◆◆◆
やることがないです。
はい、二郎です。
目下、恋にズタズタにされた陣容を再建しようとしてたんですけど、恋ってば本当に身一つで潜入していたようで、軍的には特に損害なかったみたいなんですね。
ぬるっと、大軍の陣構えに潜入して将官だけ首狩りするってやべーですぞ。
いやマジで。
あれだね、今更ながらあの時に一番警戒してた恋単独での夜襲というのはある意味最適解だったね。
いや、それをさせないためにこちらも必死だったんだけどね、割と本気で。
などと虚空を見つめながら置物と化しております。
いや、護衛とついでに――からかうと面白いけど――華琳が戦闘不能になっている現在。
これは俺が無傷でいるのがちょっとだけ後ろめたい感じの思いだってあるという現象。
何もさせてもらえないけどね。
酒精なぞもってのほか。やるなら女を抱けとばかりにあてがわれてもね。流石にそれはない。
まあ、暇つぶしには息も絶え絶えで弱っている華琳にご協力いただきました。
命に別状がないとしても、重症というか重傷は間違いなくあってね。
スペックが割と落ちているし、高熱にうかされてるからどうせ忘れるだろうしあれこれ楽しく語ったものである。
まあ、いつもの傲然とした感じでない華琳が話しやすかったというのもある。
それとね、献身的に看病的な見舞いをしとけば華琳の部下もそこまで責めてこないんじゃないかなって思ったりもした。
そこに唐突な訪問者である。
「おや、随分と元気そうなご様子。何よりです」
現れたのは稟ちゃんさん独りで、拍子抜けする。
「なんですかその顔は。私では不満ですか?」
なんでも、全員が押し寄せたら混乱するし話は進まないであろうということで稟ちゃんさんが代表で来たそうな。
つまりどういうことだってばよ。
「まあ、文醜殿は大いに異を唱えられてましたがね」
星が抑えてはいますが、とこともなげに言い捨てて此方を見据える。
「さて、今後のことをご相談せねばなりません」
「おう。基本追撃すべしと思うんだが。それにしたって白蓮や蒲公英の動向にもよるしな。
いずれにしろ、あちらさんは一旦襄平に引っ込んで再編するってのが妥当じゃないの?」
そうなるとまた兵力が補充されて厄介極まりないんだがな。
「公孫賛殿、馬岱殿。共にご無事とのこと。公孫賛殿は馬超率いる騎馬兵を打ち破り、馬岱殿は張飛が護衛する補給部隊。その護衛を釣ったあげく物資にも損害を与えたとのこと。
なお、文醜殿、顔良殿は関羽率いる軍を封殺。
有り体に言って、二郎様以外は大勝利です」
「なんと。
なんとなんと」
これは誇らしいですねえ。ってそうじゃなくて。
「なら、蜀軍はやっぱり襄平に引っ込むだろ。まずくね?襄平に充ててた蓮華たちも挟み撃ちにされるし、さ」
一度こっちも体勢を整えないと。
「ああ、そのことでしたらご心配なく。
襄平は孫家によって陥落させられたとの報せがありました」
なん、だと……。




