VS覇王その賛
「指揮官先頭、それこそが紀家軍の強さだと聞いていたのだけど?」
天幕の中でそんなことを華琳が言ってくる。
いやあ、確かに一理ある、という以上に教訓がね。
確かにあるんだよね。だが今はそれを語る時ではない。
つまり煽りに乗るときではないと断じる。
多分煽りに乗ったら乗ったで華琳は不機嫌になることは確実であるからして。
ずび、と茶をすする。うん、流石華琳だ何か知らんが美味いわ。
「そりゃ伝聞でご苦労様って感じだな。
伝聞が有効で参考にしたくて、実践したいなら止めはせんけど」
ただし、相対するのは呂布である。
あの、恋であるのだ。
正直、やってられんわ。クソゲーだわ。
「あら、私が聞きたかったのは紀家軍の強さの秘訣よ?
二郎に今から、指揮官先頭してほしいってわけじゃないのよ?」
くすくすと、おかしそうに笑ってこんちくしょう!
「やれるもんならやってみろってか?
恋相手に指揮官先頭とか、陳宮あたりは大喜びするだろうよな」
俺も流石に、そりゃキレるよそんなのね!
実際、恋とガチでの殺し合いすることになったら、割と大変である。前提の無理を置いておいてね。
なにせ、真正面からやり合って勝てる目が見えないしね。一応というか、持てる全ての手札使って頑張って鎧袖一触とはあのことさ。いやあ、本当に何も通用せんかったよ。
くそう。
くそう。あそこまで圧倒されるとは思わなかった。いやほんと。
閑話休題。
恋とまともにやりあって勝てるわけがない、ってね。少なくとも俺は思うのだよ。
多分それを理解した上であれこれ煽ってくる華琳であるのだろうなあ……。
何がしたいのやら。いや、あれこれ実務については相当伝授――押しつけたとも言う――したのだからして。
こんなの沮授とか風に相手をさせるべき案件なんだよ。いや、そうはいかないというのも理解はしているが、圧倒的に俺の対応力が足りてない。ボスケテ。
「実際、反董卓連合の時とやってることは変わらないわよね。
最大戦力である呂布の封じ込めが有効かどうかという点を除いては、ね」
「流石だな華琳。
そこに気付くとはやはり天才か……。
まあ、そうだな。
稟ちゃんさんに言われるまでもなく、やられて困るのは恋が一人一殺を徹底することさ。
あの時は麗羽様が標的だった。だからこそ、戦闘に関しては日の出日の入りの暗黙の了解を遵守したわけだ。
だが今回はそうじゃない。
今回の標的は多分俺で、前回みたいに戦闘の時刻や場所についてはあちらに主導権があるのさ」
俺の言葉に華琳は苦笑する。
「分かっているのね。だからこそ覚悟を決めているのかしらね。
そして護衛を侍らせているのね」
華琳の指摘はある意味正鵠を射ている。
なにせ、流琉と凪が常時控えているからな。
それとも含みがあるのだろうか。
「まあ、華琳の出る幕はないだろうがね。
流石に相手が恋だ。
備えは万全と思いたいが、どうなるかは分かったもんじゃないしな」
苦笑ひとつ。
「まあ、そうね。個人の武で戦局を変える。
万夫不当という武の極みを甘く見るつもりはないわ。
その上で、見させてもらうわよ。人の武の極みというやつを」
くすり、と笑む華琳。
そして俺も華琳もこの場に恋がやってくることを疑っていない。
いかに厳戒態勢を整えても、所詮は人のやることである。
本気で隠密と化した恋を察知できるわけもない。
前回は董卓軍の統率のため、そして賈駆の……詠ちゃんの統率あってこそだったがね。
こちらがやられて困ることをあえてやらないわけがない。
これについてはもう、どうしようもない。
大軍であるのだ。
僅か一人の侵入についてどうかしようとすることが無益であるのだ。
だから備えている。
備えているんだよ。
備えているんだけどね!正直不安だしメンタルが保たんよ。
「ご安心ください、二郎さま。
我らの身命を賭して守護りますとも」
凪の言葉に流琉も深く頷く。
とは言え、な。
いっそ今のうちに恋が襲撃してくれたらば、とも思う。
なにせ、確定していないだけに、戦場の勝利をつかむべく。
「一騎当千、趙子龍は戦場にあるものね」
そういうことなのよな。あくまで星は戦場の将として在る。軍勢同士の戦いで恋が指揮官先頭してきたら星以外に対抗できる将はいないのだからして。
孫策や関羽みたいな将がこちらにいたらまた話は別だったんだけどね。そう思うと春蘭もこっちに引っ張ってくるべきだったかな、と思ったりもする。
「なあに?私が目の前にいるのに別の女のことを考えているの?」
「それくらい考えるよ。華琳、お前に悋気は似合わんぞ」
くすり、と笑う華琳。だってお前散々百合の庭園を食い散らかしているじゃんよ。
「私はいいのよ。でも私以外はだーめ」
出たクソ理論。自分は多数を相手にしてもいいが、相手は自分一途でないと許さない。はい、身を省みるとブーメラン案件なんでやめやめこの話!閉廷!解散!
「それはそれとして、そんなに呂布って強いの?」
いざとなれば、と愛用の武具を手元に引き寄せて勝利を疑わない。
「慢心、環境の違い、か…」
「何を遠い目してるのよ。私だって武の心得がないわけじゃないのよ。
それが例え呂布であっても、ね」
いや実際華琳は強いよ。
愛鎌の絶を手にしてなんか浮かんだりビーム出したりできるものね。春蘭相手の手合わせ見たが大概人智を越えているレベルだったわ。
だが、それでも流石に恋相手ではね……。
そんなこんなの益体もないやりとり。そして日が落ちる。落ちていく。
不穏!




