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騎馬戦

 馬岱と張飛のそれは完全に偶然がもたらした遭遇戦であった。

 対してこれは必然。


 公孫賛は淡々と陣形を確認する。

 だが内心は、感情は、燃焼は最高潮にある。


「そう、ここしかないよな!」


 幽州の牧としてあらゆる地形を把握している公孫賛である。

 洛陽に至る道についても把握しているのだ。


「残念だったな!ここは通行止めなのさ」


 応じるのは蜀騎兵の主。馬超である。


「ハッ!

 白い馬を並べてご満悦の田舎者!騎兵のなんたるかを教えてやろうか!」

「ぁわ……翠さん、白馬義従は伊達ではありません。そして公孫賛があのような言。

何かあります」


 補佐するのは鳳統である。

 馬超の、些か短絡的な行動を補佐するための一手。そして馬超率いる軍勢の重要さを示す一手でもある。


 その様子を見据えて公孫賛はにまり、と笑う。


「ああ、誰かと思ったら……ええと、ええと。本当に誰だっけ?

 騎兵を率いて世に名が知れているのは、神速と異名がある張遼くらいだもんな。

 まあ、有象無象相手ならば楽ができるってもんさ!これはついてる!」


「ふざけるな!中華最強の騎兵は馬家だ!

 どっかの田舎者が何をいうのか!」


「ほう?

 なるほどなるほど。頭が悪い方の馬家の息女であったか。

 これは失笑ものだな。

 草葉の陰で馬騰殿も泣いているだろうよ!

 貴様のような低能が馬家の跡継ぎとか冗談にもほどがある!

 色に狂って漢朝に矛を向けるなぞな!

 程度が、知れるというもの……。

 ああ、かつて錦馬超などと持てはやされてい色狂いよ。

 貴様に錦という二つ名はもったいない。

 私から失、の字を更に与えよう」


 公孫賛は高らかに言い渡す。戦場に響き渡る声。

 戦場での声量。それは名将の必須条件であり、公孫賛はその条件を高い水準で満たしている。


「は?何を言っているんだお前は」


「なに、簡単さ。失禁馬超ということよ。

 聞いたぞ、未だに夜尿症おねしょが治まらないらしいじゃないか!

 いかにも幼稚くさい貴様にお似合いだなってな!」


 かぁ、と馬超の顔に朱が差す。

 馬超のその様子を見て。

 公孫賛は、堪え切れぬとばかりに呵々大笑する。声高らかに笑う。

 穏健、良識の人と評される公孫賛であるが。

 その気になればいくらでもこのような口は叩けるのだ。


「まあ、騎兵最強とか言うだけ言えばいいのさ。

 色に狂った失禁馬超!」


「吐いた唾、後悔しろおおおおおおおお!」


 滾る、熱く。馬超は突撃する。鳳統も制御できないくらいのその熱量。


「貫けええええ!」


 馬超の指揮官先頭。それに引きずられるように従う騎兵たち。

 待ち構える公孫賛の陣をあっさりと割る。まっぷたつに。そして騎兵の弱点である背後に襲い掛かろうとする。


「なかなか、やるじゃないか!」


 公孫賛は、ニヤリと笑う。中央突破、背面展開。既視感がある。なるほど。受けると、こういう感じだったのか。

 これに韓浩との模擬戦では幾度も苦汁を舐めたのだ。いつも韓浩はさらりと受け流してくれたものだ。そして!


「喰らい付けぇ!」


 中央突破しつつある軍を背後から襲う。騎兵の弱点は背後にあるのだ。突撃する軍の後背を襲う。


「なに!」


 馬超からすれば思いもよらない事態。そんな、非常識な!

 慌てる馬超に構わず鳳統は指示を飛ばす。これ故に自分は馬超に随行しているのだ。

 乾坤一擲の一撃。それを確実なものにするために。必死に!


「もっと追ってください!」


 鳳統の指示は簡にして単である。陣を追うその背を追うのだ。

 結果、ぐるりと円を描くような陣になる。それは公孫賛にとってはいつの日かの再現。


「なるほど、やはりこうなるか!」


 ちい、と舌打ちする。このままでは千日手。

 かつてはそうして引き分けていた。だが。


「速い方が勝つ!分かり易いな!」


 騎兵の尻をごりごりと押す馬超に公孫賛は苦笑する。

 そのままであればじりじりと馬超率いる軍が勝ったかもしれない。なにせ馬超が率いるのは匈奴の精鋭なのだ。だが、何のために膠着状態を作り出しているのか、という話である。

 そして現状に違和感を覚え、打開すべく献策しようと鳳統が口を開くが。


 それを阻むのは、銀の閃光。


「あ……」


 眉間、喉、胸。三条の光が鳳統を貫く。

 一矢一殺。それの三乗。

 その智謀の真価を発揮することなく、鳳統はその命を散らす。胸に秘めた幾百幾千、或いは幾万の策。それは遂に発揮されることなく霧散する。

 そして、そのことにより、其処の地名は後世、落鳳破と名付けられることになる。


◆◆◆


「他愛無いものだ……」


 とは言え、夏侯淵はそれでも果たした任務の大きさを認識している。ただ、それでも将帥としての力量を競ってみたかったというのもまた、偽りのない本音ではある。

 無論、此度の指揮官も、本当の主もそのような感傷を認めないであろうが。


「それもまたよし」


 夏侯淵は狙撃箇所であった崖の上から華麗に身を翻し、離脱する。

 些か回り道をして、なんとも言えない拾い物をするのはまた別の話である。


 そして、馬超は混乱の極みにあった。


「な、雛里?」


 崩れ落ちた彼女に馬上で茫然自失してしまう。それを見逃す公孫賛ではない。


「今だ!放てよ!」


 白馬義従。その恐るべき真髄は、匈奴の技術である騎射を習得していることである。

 容赦のない矢雨、或いは矢嵐が降り注ぎ、馬超率いる騎兵はその数をすり減らしていく。


「ひ、退け!」


 どうすればいい。どうするべきか。その判断を預けていた鳳統を喪い、馬超は戦場を離脱する。その代償は大きい。実にその兵は本陣に帰参するときには半減していた たという。


 そして、これにより、この時代の騎兵最強は公孫賛率いる白馬義従。それが定説となるのである。

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― 新着の感想 ―
[一言] どう考えても蜀側の配置ミス。いくら騎兵の扱いに熟達しているとはいえ遊撃部隊の指揮官に脳筋配置したらあかんですわ。黄忠連れてくるか龐統を指揮官にしとくべきだったんじゃないかなあ。まあそれでも龐…
[一言] ネームドの死にびっくりした
[良い点] 面白い [一言] 白馬義従こそ最強の騎馬軍団よ! 騎射で落としたかと思えばスナイパーさんがいましたか……彼女も大概やべぇ 失禁馬超……後の歴史書で軍師を失い戦いに敗れて失禁しながら逃げた…
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