開戦
「ふむ。決戦、とな」
蜀との決戦においてメイン軍師たる風。そして稟ちゃんさんが選んだ戦場は南皮の北に広がる平野だ。幽州の南端に広がるそこが防衛ラインというわけである。賊軍を漢朝の版図になんぞ入れるわけにはいかないのである。
いや、幽州だって漢朝の版図ではあるんだけどね。建前というのは必要なんだなって。今更。
そして、見晴らしのいい平地を決戦場に選ぶのは蜀の小細工を防ぐためである。なんだっけ、八門禁鎖とか遁甲とか、そういうの、いいです、お断りです。
だからまあ、比較的こちらが地の利を押さえられるとこで、大軍が正面決戦できる場所というのは限られてくる。そして決戦場に選ばれた平地に名前がないということで官渡ということにした。
まあ、御使いさんがいればこのシチュエーション、食いつかないはずがない。
「十面埋伏とか、割とロマンだよな……」
袁家が曹操にぼろかすにやられたのだ。ただし、こことは違う世界軸で。
彼奴らが、御使いがそれに乗らないわけがない。決戦の場としては申し分ないだろう。
「馬岱さん。貴女には後方撹乱をお願いしますね~」
埒もないことを考える俺をほっといて風が蒲公英に指示を出す。
蒲公英には五百ほどの騎兵が預けられる。いずれも馬家軍の最精鋭だ。
北方最強を謳い、匈奴を真正面から駆逐していた馬家軍。当主が出奔して賊軍に身を落とした汚名を雪がんと馳せ参じたのだ。
これはガチで頼もしいやつである。ほんと頼もしい。
「まーかせて!ここで名誉挽回しないとね!
名門馬家のため!漢朝のため粉骨砕身でやらせていただきまーす!
そんでもって、あわよくば馬家の存続も狙えるかなって思ってまーす!」
ぶっちゃけやがったー(ガビーン!)。メンタル最強かよ。
いやまあね、これくらいの図々しさとバイタリティーこそが蒲公英の持ち味ではある。
まあ、馬家最精鋭を蒲公英が指揮して遅れを取ったら騎馬では打つ手がなかったりするよね。
「だからこそあの韓遂が馬家の最精鋭の動きを黙認したのでしょう。
つまり、我らが不様を晒したならば、韓遂は掌を返すでしょう。
その時に障害になりそうな存在を放逐したとも言えます」
その、稟ちゃんさんの言葉に蒲公英は異を唱える。
「韓遂の叔父様だからそう思うのも無理はないけど……。
多分考えすぎじゃないかな?
割と普通に応援してくれているんじゃないかなって思うなー」
くすくすと笑いながら、蒲公英は俺にしなだれかかる。かわいい。
うむ、役得というやつだな。むしろ肩に手を回して抱き寄せてやろうよ。
いや、そんな可愛い挙動想定していなかったが。
「まあ、任せてよね。
二郎様。少数での浸透突破、後方撹乱は馬家のお家芸なんだよ!」
にしし、と蒲公英は笑う。その笑みにはかつてのような儚さはない。
アスファルトを割いて咲く花のようなしぶとさがそこにはあり。
だから、言うのだ。
「頼んだ」
「それが聞きたかったんだよ」
にまりと、我が意を得たりとばかりに。
そうして蒲公英は馬家軍を率いて出撃していった。
◆◆◆
「なんとも慌ただしいですねぇ」
くすくすと笑むのは穏。
言葉を継ぐのは蓮華。
「蜀の本拠。任せなさいな」
言葉少なく。
戸惑う俺ににこり、と笑う穏を伴い歩き出す。
「蜀と自称する不逞の輩。
安息の場所なぞないと思い知らせてやりましょうね、ということですよ」
にこり、と笑みを深めながら穏が囁き、発つ。
交わした言葉はそれだけだった。それで充分だった。
なるほどなあ、とか思う。
脱力する。頼もしいことこの上ないじゃないかって。
そこにとどめがきた。
改めて向かい合う。
「まあ、幽州は私の庭さ。好きなようにやらせてもらうとも」
白蓮である。
誰よりも雄々しく、誰よりも静謐に。
その胸の内を察すると流石に俺も思うところがある。
そして白蓮が瞳に炎を宿して言の葉を浮かべる。
「まあ、ちょっと心細いから夏侯淵を借りるぞ。
いいだろ?」
無論、白蓮の申し出に否やを唱える俺ではない。
そして。だ。
いよいよ俺たちも出陣の準備だ。
◆◆◆
「アニキー、燃えてきたー!」
「もう、文ちゃんってば……」
官渡に据えられる主戦場。そこに挑むのは袁家の武を背負う俺たちで。腕が鳴るというものである。のだが。
「ああ、紀家の当主が陣頭で特攻するとか今回に於いては封印してくださいね」
なん、だと……。
「え、でも総大将の陣頭突撃が紀家の伝統で、それにより士気が……」
「だまらっしゃい!」
ぴしりと稟ちゃんさんは柳眉を逆立てる。
「此度の決戦。蜀の勝利条件。その大きなところは貴方を討ち取ることなのです。それを分からぬわけがないでしょう!」
「そうは言うがな……」
最前線で命を張ってこそ、皆がついてきてくれる。そいつが紀家のやりかた。とーちゃんもそうした。だから俺もそうする。と、決めていたのだが。
「主よ。某では足りないかな?」
くす、と笑いながら気炎万丈。
一騎当千たる趙子龍その人である。
「や、星が足りないなんてあるはずないし」
「では、任せてもらいたい。
きっと某はそのために武を磨いてきたのだからして。
部下の晴れ舞台、邪魔はしないだろう?」
「おうよ。そこまで言われたならば、引っ込んどくよ。だからさ」
熱く燃える星を軽く抱きしめて、突端の囀りを愛してから、笑う。
にこやかに送り出すのだ。死地へと。
「天下無双にしてやるって、約束したよな。だから、みっともなくとも、死ぬな。
生きてたら色々何とかなる。だから、死ぬなよ」
きゅ、と星が俺の耳をつまみ、握り、捻って――痛い!痛い!
「主よ。そうじゃない。そうではない。
命じればいいのだ。勇ましく、な。
――勝ってこい、とな」
にまり、と笑う星。それでも。
「知るかよ。星に勝てとか、蛇足にもほどがあるだろうが。
勝つのは俺たちは勝つさ。きっとね。
だから、死ぬな、と俺は言う。
頼むから、死んでくれるなよ。どんなにみっともなくてもいい」
ぼすり、と俺の下腹に拳をねじ込んで星がにまりと笑う。
「主よ、それでは足りんよ。某はこの中華で最強を、至強の座を勝ち取ると誓ったであろう。
それに、そんなに張りつめているのは主らしくないぞ?
もっとゆるーく、無責任に振舞ったらいいのだ。
なに、下手の考え休むに似たりとはよく言ったもの。考えるのは稟と風に任せればよい」
そして、槍を振るうのは自分の仕事だ。
趙雲はにやり、と笑う。不敵で無敵。それを証明するのだ。
――そして、戦端は開かれる。
遭遇戦、である。




