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始まりの終わり

第一部完となります。

 怒涛のような歓声が響き、俺を包みこむ。そう。俺は南皮に凱旋した。そう、凱旋だ。袁家領内を荒らしまわっていた賊百名を一人で殲滅した英雄ということになっている。

 なるほど。奇襲を受け、指揮官が討ち取られるも、単騎で駆け戻り賊を討伐する。紀家の麒麟児は武においてもまた素晴らしい。そんな筋書きが湧いてくるのには納得である。納得ではある。姐さんは所詮紀家の陪臣だったからなあ・・・。それに俺の立場を強化するという意味もある。だから納得するしかない。だが、思う所はあるのだ。あるのだよ。くそう。


 長らく平和だったからだろう。適度に危険の香りのするこのエピソードはあっという間に広まった。何も知らない者は歓呼で出迎え。ある程度事情を知るものは咎めるような視線を向け。更に深く知るものは道化として俺を見るだろう。造られた英雄。それが俺というわけだ。

 ――惚れた女一人守れない。それが俺だ。だから振り向けないし、涙を見せるなどもってのほか。感傷にひたる贅沢なんて許されない。

 そして、賊を皆殺しにした容赦のなさから異名も広まりつつある。


「怨将軍、ね」


 勇名である。いわば戦国時代の「鬼柴田」とか「鬼吉川」の鬼みたいな意味合いであるのだよ、怨というのは。まあ、持ち上げ過ぎだろうとか思うのだけれども、それだけの期待を受けているということなのであろう。それくらいは理解している。

 俺の凱旋の裏で囁かれる噂。麗羽様がいよいよ袁家の当主となられるらしい。引継ぎのためだろうか、袁逢様の姿をお見かけすることもなくなっている。体調が相当悪いのだろう。そして、ある日、袁家の主要な家臣が集められる。

 ここで麗羽様の後継を宣言するのだろうか?しかし傍流、反対派なども勢いを増しているのだがなあ。待ち合わせていた沮授と合流し、広間に向かう。


「しかし、麗羽様もいよいよかー、早いもんだなあ」

「ええ、そうですね。でも、今日はそれだけじゃありませんよ」

「あ?そうなのか?何があんの?」

「それはお楽しみということで」


 胡散臭い笑みのまま沮授が言う。こいつ、ほんといい性格してやがるよなあ。とりあえず蹴っとこう。うりゃ。おら。てや、てややー。

 などと沮授にちょっかいをかけていたのだが、後から思えば暢気すぎたのだよなあ。



「まあ、そういうことだったのかよなあ、と俺は脱力しまくりだのだよ」


 半ば呆然としたまま部屋に戻り、頭を抱える。沮授が意味深に笑うわけだ。流石だよ、流石だよ。つか、そんな一手は思いもよらなかった。


「ど、どうされたんですか?」


 陳蘭が茶を淹れながら問いかけてくる。よーし、おちつけ、KOOLになれ俺。


「やられたよ。あれもこれもこの日のためかよ。やーらーれたー」

「とりあえず落ち着いてください」


 淹れてくれた茶を啜りながら頭を整理する。うん、不味くはないが美味しくもない。いつもの陳蘭の茶だ。


「袁家の非主流勢力というのがあってだな」


 まあ、麗羽様を次期当主にしたくない勢力である。これが意外と手ごわいのだ。いや、流石に伝聞でしかないのだがね。そんな面倒な勢力と関わるつもりはないしね。麗羽様支持だけで十分だと思っております。奥向きのことにこれ以上関わるのは流石に俺の立場がやばくなるしね。越権行為にもほどがある。


「はい」

「それがまあ、非常に追い詰められつつあったわけだ。そりゃまあ、田豊様が腕を振るい、麗羽様が着々とその地位を固める。武家の文、顔が側近として仕え、うちとも関係は良好だ。

 そりゃあ、付け入る隙なんてないやな」

「そうですね」

「だから外部と結んだわけだ。

 外部にはこっちも手を出すのが難しいからな」


 忌々しいことである。まあ、追い詰められた勢力が外患を誘致するというのは歴史的にもよくあることである。なおその末路はお察しください。


「十常侍、でしたっけ」

「そうそう。黒山賊とも繋がってるだろうなあ。外患を誘致するなぞ愚の骨頂なんだがな。例え袁家の主導権を握ったとしても、現場おれたちがついていくものかよ。

 そういうことも分からないから主流派になれないんだな」


 なんでも反対の野党勢力が何かの間違いで政権を取ったらそりゃあ、国は乱れるよ。


「でも、それじゃどうしようもないですよね」

「だから、あえて袁家内に対立軸を仕立て上げたんだ」

「な、内部にですか?でも、麗羽様に対抗できる人なんていませんよね?」

「そう、だったんだよなあ」


 袁胤殿がその筆頭だ。特に外部――特に洛陽――とのパイプが太い。とはいえ、本来ならばそれはプラス要因だったのではあるのだが。実際今回の一件でそれが裏返ってしまった。その、絶妙なタイミングでの一手である。流石に狙っていたわけではないと思うのだが。


 俺は頭を振りながら、記憶を呼び起こす。麗羽様が当主を継ぐこと、それに従い、猪々子と斗詩がそれぞれ当主になること。

 それはいい。いいんだ。まあ、予想よりちっと早かったが既定路線だ。

 だが、そこに袁逢様がおいでになったんだ。病床に臥せっているという噂で、ここ暫く――半年くらいかなあ――はお姿をお見かけすることもなかった。

 その時。広間の空気がざわついた。




「久しいわね、皆」


 袁逢様が声をかけられる。相も変わらず鈴をころがすような麗しいお声である。が、俺達は反応できない。なぜなら、袁逢様は一人ではなかったからだ。その豊穣たる、豊かな胸に、赤子を抱いていた。それに一同の注目が集まり、無言の問いかけが袁逢様に向かう。

 にこり、とその空気を読んだかのように袁逢様は言の葉を紡ぐ。既に場は袁逢様に支配されており、流石は袁家当主だと後から唸ったものである。


「そして紹介するわね。袁術。私の娘よ」


 嫣然と袁逢様がおっしゃる。どういうことだ?これは出席者のほぼすべてに共通した思いだろう。いや、落ち着け俺。袁術ってあれだ、確か三国志では袁紹の異母兄弟だ。

 じゃなくて!


「ふふ、皆驚いているようね」


 そりゃそうでしょ!不意打ちどころの話じゃないっての!


「この娘を無事産めるか分からなくてね、皆には黙ってたのよ」


 ・・・あー、まあ、確かに袁逢様のお体を考えたら非公開にするのも致し方ないと言える。かの孫堅も産褥にて儚くなってしまっているのだからして。なのだが。なのだが。これはあんまりでしょう田豊師匠・・・。仕える主、そして生まれてくるお子様すら政略の彩にするとか、非情すぎませんかねえ・・・。

 こんな手、思いつかねえよ普通。思いついても、普通、やるか?あ、普通じゃないか。俺の茫然自失具合を見たら高笑いされるか殴られるかどっちかだろうなあ・・・。あ、蹴られる可能性もあるか。

 などと口から魂を出しながら現実から逃避していた俺に更なる試練が!


「そして、守役には紀霊と張勲。よろしくね?」


 なん・・・です・・・と・・・!




「ええ、袁術様の守役、ですか?」

「おうよ。拒否権なんてねえな絶対」

「それって、いいことなんですか?」

「何とも言えない」


 実際何とも言えないのだ。麗羽様と俺の関係はいたって良好。しかしここで袁術様の守役になった。

 これは見ようによっては左遷だ。

 しかし、袁術様の後ろ盾としては申し分ない。仕立て上げられたとはいえ、英雄な俺と、張家の跡取り娘だ。あるいは袁術様を奉じて袁家を牛耳ることも可能。そう、係累に思わせることができるだろう。


「つーか、張家含む不穏な勢力を俺に抑えろ、ってことなんだろうなあ」


 むしろ特に張家、かなあ。


「ふぇ、えええ?」

「あー、田豊様マジ鬼畜。鬼だ。悪魔だ」

「じ、二郎さまなら大丈夫ですよ!わたしもお手伝いしますし!」

「ありがとな」


 あー、マジへこむわ。360度365日周囲が敵じゃねえか。せめて事前の打診とか欲しかったでござる。いや、その場合全力でお断りさせていただきたいのだけど。

 ――と、とりあえずは武力だ。紀家軍はもちろん、母流龍九商会の私兵も増やさねばいかん。あれこれと考えながら頭を回していると、来客を告げられた。


「張勲、だと・・・」


 袁家の闇を支配する張家。その次代当主たる張勲のご指名に俺は頭が真っ白、である。いや。どないせいっちゅうねん。俺、アドリブに弱いのよー?





「ふん、ご苦労だったな」

「は」


 華雄は指令を果たしたという高揚感、それを打ち消して尚余りある忸怩たる思い。その、冷静と情熱の間で持て余した感情をどうしたものかと思いながら仔細を報告する。

 その懊悩を察したのだろうか、すさまじい威圧感が華雄の身体を縛る。


「なんだ、かなり不満そうじゃないかよ」

「・・・やはりあのような策は忌避したく」

「はは。おかしなことを言う。お前の任務は李儒の護衛。それ以上でも以下でもない。

 お前の見解など知らんな」


 冷然と切り捨てるが如く、響く。それには冷笑が含まれていると思うのは華雄の思い過ごしであろうか。


「無論、だ!一切口は出していない。それでも、それでもやはり承服しがたい」

「ほう。随分と愉快なお仕事だったらしいな」

「守るべき民草を蹂躙するなど、いくら袁家の勢力を削ぐためといえ、妥当とは思えん!

 それに、貴方は十常侍とは対立しているはずだ。なぜ十常侍の走狗たる李儒の護衛など申し付けたか!

 袁家の力が充実し、邪魔なら正々堂々と兵を起こせばいいではないか!

 黒山賊などという盗賊ごときの!片棒を担ぐなど!」


 怒号。しかしてその内実は哀願に近い。それほどまでに両者の力関係は隔絶している。少なくとも華雄はそれを理解している。

 そして、そのような華雄の哀願を聞いた男は笑みすらなく、淡々とした言の葉を紡ぐ。


「ふん、苦界に身を沈めてみるか?そんなこと言えなくなるぞ?

 ああ、それがいいかもしらんな。ま、現実と向き合うにはまだまだ足りんだろうがな」


 ニヤ、と笑う男に華雄は反発する。


「わ、私をそこまで愚弄されるというのか!」

「愚弄ではない。正当な評価だよ。

 武だのなんだのに拘ってる限り、お前は最強などには辿り着けんよ」


 華雄は反論できない。目の前の男の単純な武力。それに華雄はかつて膝を屈したのだからして。


「まあいい、お前の内面などには期待してなかったさ。

 ちゃんと、李儒は袁家に喧嘩を売ってきたのだろう?」

「――は。それに関しては間違いなく」


 ニヤリ、とした笑み。何進の笑み。滅多にない感情の発露にさしもの華雄も戸惑いを覚える。


「それでいい。袁家の勢力を削ぐとかはどうでもいいのさ」


 そのような華雄の思いを無視するが如く、更に笑みを深める。


「どういうことだ?李儒は色々火種を撒いてたようだが」

「クハ、それはどうでもいい。重要なのは十常侍が袁家に害を成したと言う事だ。

 今の袁家は日の出の勢いだからな。あのような小細工で止められるものではないさ」

「・・・よく、わからない」


 貴様はそれでいいとばかりに笑みを深めて言い募る。


「李儒の工作が十常侍の意思だというのは袁家に看破されるだろうよ。それに気づかぬくらいならば、逆にありがたかったのだがな。まあ、それはいい。そうすると、俺が差し出した手は限りなく貴重なものとなる。

 袁家と俺。同時に喧嘩を売るのはよっぽどの愚者だろうよ」

「・・・やはり、私に内向きの話は向いていないようだ」

「ふん、やはり一度輪姦でもされてこい。貴様に足りんのは弱者となることよ。視野が広がるぞ?」


 げらげら、と下品な笑い声を残し男が立ち去る。妹を使い、のし上がった成り上がり。肉屋の倅。彼を忌み嫌う者はそう言うのだ。

 漢朝に巣食う佞臣と言われ、権力をほしいままにするその男。事実上の漢朝の最高権力者。大将軍という並ぶものない地位を得た、魔都洛陽の実質的な最高権力者。


 その名を、何進、という。


1月を目途に書き溜めに入ります。

と思っていましたが、明日から書き溜めなので年内更新あるかどうかですね。

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[一言] 恋姫なのになんで可進が男なんですかねぇ?
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