白眉
「お待たせ致しました」
くすり、と笑みを含んで書類の山を示す彼女。
むしろそれにありがたいと諸葛亮は思う。
なにせこの人に支えられていると言っても過言ではないのだから。
「白眉最も優れたり」
そう、呼ばれる。南皮馬家――あの馬家とは別である――の長女である人物のことである。
蜀、と名乗る彼女たち。実は、味方はそう多くないのだ。
現地の民草は圧倒的に支持を寄せてくれているが、それは表層的なもの。
そして袁家の工作により戸籍をはじめとした諸処の書類も散逸することになってしまった。
それを、その損失を補ってくれたのが彼女ら、馬家である。
名家でありながら、袁家の支配をよしとせずに在野にあったもの。
その馬家が積極的に協力してくれることは、組織の運営上非常に大きかった。
「ええと、本当に申し訳ないですのですが、今回の書類はこちらになります」
おずおず、と差し出された束はなにせ分厚い。
所々に差し挟まれた付箋が目立つがそれは貴重なもの。組織という物を運営する上で見過ごしてはいけないものである。
ぷるぷる、と震える手から受け取り諸葛亮は笑みを浮かべる。
「本当にいつもありがとうございます。助かっていますよ」
その声にふひ、と馬良は悶える。ばたばたとした所作に諸葛亮は苦笑する。
わたしなぞ、とへりくだる彼女は面であるかのように分厚く白粉に覆われている。
その上、だ。常時、覆面で口を覆い、気がつけば扇で顔を隠そうとする。
もっとも、それはうまくいかず、彼女の特徴である白眉をより目立たせることになっているのだが。
「もう、個人的にはですね。
もっと堂々とされたらいいと思うのですが」
「ひゃい!ご指摘ごもっともですが私のごとき醜女が万が一にも尊きお方のお目についたらいけません。いけませんもの。
そんな恐ろしいことなんて、考えるだけでも、その、震えて来ますもの……」
肩を抱え、ぴえんと震える馬良に諸葛亮は苦笑を深める。
「いえ、そこまで気にすることはないと思いますけどね。
ご主人様はそんなこと気にしないでしょうが……いえ、これ以上は不粋なのでしょうかね」
にこり、と笑みを浮かべて諸葛亮は。
だって白粉の奥の素顔はどう見ても佳人であり、競争相手を増やすことに繋がりかねないのであるからして。
白眉、その白粉が貼り付いたような容色は諸葛亮にとっても都合のよいものであった。
◆◆◆◆
夜半。私室。
くすり、と馬良は笑みを浮かべる。
無論彼女が持ち寄った書類に不備はない。いや、むしろ不備のあった書類を糺したものだ。
その指摘は微に入り細を穿っており、諸葛亮をしても賞賛に値するものであった。
そして奏上した馬良の信頼は日に日に深まっているのだ。
「うふふ、頑張れ、頑張れ」
くすくすと馬良は笑みを浮かべる。
「ほんと、可哀想なくらい真面目ですねぇ。
伏龍も、鳳雛も、本当に」
くすり、と笑みを浮かべる。
笑みを深める。
白粉の奥の奥。
ここは蜘蛛の巣の奥の奥であった。




