覇王、来襲者
「それで二郎。
わざわざ私をご指名というのはどういうことかしらね」
くすり、と笑みを浮かべて華琳が問うてくる。
その笑みはまさにあれだ、笑顔とは本来牙がどうとか、なんちゃらかんちゃら、それをさっぴいて、肉食獣――それも大型――の凄味を感じるものである。
いやほんと、こんな圧迫面接を常時やってるとか曹家の面子は神経ワイヤーロープなの?馬鹿なの?
などと思いながらも、だ。聞かれたら答えねばならんだろうね。世の情けとかそういうの関係なく。
「俺が知る中で最大の英傑とは華琳、つまりお前のことさ。
そして俺は全力で今回の不祥事を処理しようと決めた。
だからさ、華琳。
曹家の首魁たる英傑にご出馬いただきたいわけさ」
はあ、とため息を一つ。
なんでこんな圧迫面接を受けねばならんのか。
それもこれも蜀とかいうやつらが悪いのだと責任転嫁しながらも、漏れるのはまたしてもため息である。ああ、幸せが逃げていく。待って、いかないでー捨てないでー。
「へえ……」
くすり、と笑みが漏れる。音が聞こえる。
だからこそ。
「ええ、そうね。二郎はいつもそんなことを言っていたものね。幾度も、ね。
で、私を部下として、ね。きちんと使いこなせるという宣言と思っていいのかしら?」
このような誤解を与えるような言説については本来塩対応するしかないのであるが。
駆け引き、それもある。だが、真正面から迫る華琳に嘘はつけないし、つかない。
華琳を部下として使いこなせるかというと正直自信はない。だが、それでもそれをやらないといけないならば。
それは俺がやらんといかんのだ。やるんだ、今ここで。覚悟を決めろ、決めた。
やってやるとも。それが出来なくて立つ瀬があろうものか。
今世紀最強の覇王を部下として扱う。それをやってやろうじゃん。どうせ無理なら刺されるだけさ。なに、華琳が相手なら背中どころか四方八方から槍衾だろうよ。
なに、覚悟を決めたら後は野となれ山となれ。笑みを浮かべているのを自覚し、内心苦笑する。
「華琳よ、お前が、お前こそ――」
俺がその言の葉。それを口に出す前に引き取る。引き取られていく。
「なるほどね。
春蘭は確かに不安要素になるわ。
あの娘、なんだかんだで自分の判断を最上とするものね。
そして桂花、あの子をどうこうできるのは私だけ。
それをわかっているようで何よりよ」
いやまあ、その通りなんだがね。ドヤ顔で解説されるとなんか、もやっとするな。
「それで、私に言うことないかしらね」
そんなことを言われてもな……。何かめんどくさくなってきた。
「華琳、お前には北伐軍の兵站を任せることになる」
いいや、取り敢えず職責の事前通達しておこう。そしてなんかいい感じに事前準備とかしてもらうとしよう。してくれるさ。そりゃあもう多分ね。だって華琳だからね。
「……へぇ」
二郎、貴方何を言ってるか分かってるのかしら」
くすくす、と楽しげな華琳に俺は。
「分かってるとも。兵站こそが軍の要さ。
反董卓連合では袁家の私兵とその付属だったから、張紘を使えたんだよな。
だが今回はそうじゃあない。漢朝の軍。流石に商人が介入したらまずかろうて」
反董卓連合、袁家以外は付属だったと言っていい。
本来は袁家単独でやれた戦だった。
言わば体裁を整えるために諸侯に軍を募ったのだ。それを分からぬ華琳ではない、が。
それでもここまで言えば腹も立とうものである。特に兵站自前でなんとかした勢力ほどね。
実際、華琳の放つ覇気的なものがやばい。ゴゴゴゴゴとか擬音がありそうなほどに。
「言うじゃない、二郎。
いいじゃないの、乗ってあげましょう。
で、この私を使おうというのだもの」
何か私が納得する事象があるのでしょうね――。
言外にそんなメッセージを浮かべるのはマジ覇王。世紀末に降り立った奇跡の英傑ってか。うるさいわ。
ちらり、と傍らの風を見るが、すやすやと安らかな寝息を立てている。
つまりここまでは特に減点要素も破綻要素もないということ。
それに安心して静かに深呼吸。
気付けばカラカラの口内を冷めた茶――多分風が淹れた美味しいやつ――で潤してニヤリ、と笑う。
「兵站を華琳が運用するならば後方の憂いはなくなった。
そしてこれは、これより始める戦は。
前哨戦と言ってもいいかもしらんが、やがてはこれが主戦となる日もくるだろう」
千年では足りない。もう千年重ねても足りないかもしれない。
所詮人とは石器時代からその本性は変わっていないのかもしれないから。
だが、時代は進み、戦場の在り方は変わっていくのだ。
そして俺が選んだ戦い。その前哨戦、つまり。
「つまりは、経済制裁というやつだ」
あの華琳が眉をひそめ、訝しげな表情をする。
それでいい。華琳ですら咄嗟には理解できない概念。――張紘には渋い顔をされたけどな!
そして察したのだろう。華琳が柳眉を逆立てる。
まあ、やることは変わらん。即ち。
「――幽州全土を干上がらせる」
きっと、俺は地獄に落ちるだろうなあと思うのだが。それはいい、仕方がない。
「風がどこまでもお供しますよ~」
そ、と耳元で風がささやいてくれる。
寝息を立てていたはずのメイン軍師の言葉に救われた、と思ってしまうあたり、つくづく俺は小物だなあと思うのである。そして、だからこそ、勇気百倍、というやつである。
それはそれとして、眉間に皺を寄せ、即答できない華琳を見れただけでも価値はあったなと思った。
いや、きっと何らかの形で倍返ししてくるとは思うけどね?
それはまあ、しゃあないしゃあない。
ということで一つ。