表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
311/350

胡蝶の夢

 日輪がまだ地平線より上る前。払暁前、目覚める。

 いつもならば立ち上がり、立木打ちをするのだが中々そういう気にもならない。億劫というわけでもないんだが。気怠いというだけではない。

 なんとなれば、だ。


「気が進みませんか~」


「起きてたのか、風」


 すやすやと俺の横で、先ほどまで寝息を立てていた風がそんなことを言う。


「そですね、起きていたとも言えるし、今でもぐっすりなのかもしれませんね。

 ええ、今でも夢心地ということです~」


 ふんわりと眠たげに笑い、俺の胸に飛び込んでくる。

 受け止めた感触の軽さに、柔らかさに。


「どうした急に」


 すぐには応えず、風はぐりぐりと頭を押しつけてくる。

 こんなにひっついてくるのは珍しい。というか初めてじゃないかな?

 思えば、風から俺の部屋に来るのも珍しいことではあった。


「くふふ、たまにはいいじゃありませんか。

 常には抑えていた慕情が溢れてしまったということで、どでしょか~」


 くすり、と笑みを浮かべたその顔は蕩けそうに甘く、蠱惑的であった。


「いやそんな慕情とかあったのなら嬉しいけどね?

 というかそんなことを口にするのも初めてじゃね?」


 辛うじて口に出した内容なぞよくは吟味していない適当なものであるが先方はそうでもないとか正直思考回路がショート寸前というかパンクしそうであるよ誰か助けて。


「くふ、そうでしたっけ?

 これはいけませんね。思いを口にしないと伝わらないものもありますからね~。

 ええ、そうですね。

 そですね~」


 ふわり、と立ち上がる。

 朝日を受けて、一糸まとわぬその姿。ある種の神々しさすらあり、息を呑んでしまう。


「幾百、幾千、幾億の夜を重ねてなお、やはり二郎さんなのですよ。

 ええ、そうです。そうなのですよ。二郎さんの横で見る月はとても輝いてます。

 二郎さんとご一緒させていただくお酒はとっても美酒です。

 だから、幾度でも選びます。選びます。二郎さんがいるのならば、ね。

 それが二郎さんなのです」


 いつもの、ある意味胡散臭さのある言葉ではなく、透き通った心を感じた。実際、いつもの風らしくない。

 それでも、とても大切なものが含まれている。そしてそれはとても貴重なもの。ありえないもの。

 何より、風が涙を。

 抱き寄せ、その真珠に口づける。


「いつだって、俺のメイン軍師は風さ」


 もっと気の利いたことを言えればよかったのかもしれない。でも、俺の肺腑から出たのはその言葉だった。


 一瞬、きょとんとして。


「くふふ、ありがたき幸せ、というやつなのですよ~」


「そうかい、だったら嬉しいね。これからもお見捨てなきように頼むわ」


 くすり、と笑みは深まる。


「こちらの台詞です~。

 ええ、二郎さんのために頑張っていこうと決意を新たにしております~」


 常ならば胡散臭い、あるいは真意が五里霧中な風の言葉だ。

 だが今日のそれは、まごころ、のように感じた。


 そして唇を合わせた。どちらからと言うと風の方からだったと思う、

 実に珍しいことである。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 良い甘々回でした。 と言うか風はなぜこうも突然べたべたしだしたんでしょう? 嫌な事が起きないといいんですけど……
[気になる点] 風ちゃん? えーと、なんか、野暮な事だけど、漢女が居ない(?)世界だから勘繰ってしまう?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ