征夷大将軍
「はあ?」
間抜けな声を発した俺を責めるものはいない。なぜならば、そこにいる者が皆絶句していたからだ。五言絶句。違うか。
「いやいやいや。いくらなんでもそれはないだろう。いや、確かに挑発も兼ねて陳琳を派遣したんだが……」
ないだろう。流石にないだろうよ。三公に次ぐ地位である九卿の一角たる陳琳に手を上げようとするなんぞ。しかも使者だぞ使者。使者を死者にしてやろうってか。うるさいわ。
「全くですよ。誠心誠意でっちあげようとしていた罪状と、その証拠がもう意味をなさないじゃないですかー」
けらけらと小気味よく笑うのは七乃である。いや、精力的に頑張っていたらしいよ。そんな彼女の努力を嘲笑うかのように事態は動いたのだ。大きく。ものすごく大きく。
いや、大きいよね?
眼前。
無言で項垂れる陳琳。怒りを噛み殺しているようでもあり、打ちひしがれているようでもある。
「陳琳。もう一働きしてもらおうか。
匈奴を招き入れたばかりか、九卿たるその身、その権威を亡き者とみた彼奴らを討伐する。これは確定事項。
ならばその嚆矢は……陳琳よ。誰の仕事か分かるな?」
化粧っ気もなく、憔悴した顔。だがその双眸には炎。青白く燃え上がるそれは見る者全てを焼き尽くすような熱。
その熱。その想い。激情が彼女の内包する才能を燃え上がらせる。食いしばるのはその烈火を漏らさぬためか、それとも。
頼んだ。
任せた。
「これからは北伐である。近日中に今上陛下へと上奏するが……」
それを頼みたい、と言う。お願いしたい、と言う。
「明日には。明日未明には必ず」
任せた、と言う。
静かに。爛々とその眼を、その思い滾らせた彼女が俺に届けたその文。
後世、「出師の表」と呼ばれるものであった。
いや、俺からのリクエストなんだけどね。いくつかのキーワードをお願いした。それを見事にやり遂げた陳琳には賞賛喝采である。
「危急存亡の秋、ですか……」
稟ちゃんさんが微妙な顔で冒頭のキーワードを読み上げる。いや、いいでしょ。
陳琳筆のその奏上文。その一節を口ずさむ。それは正に名文にして名分。劉備ご一行の悪徳をこれでもかと指摘し、糾弾する。ご丁寧に七乃が用意していた罪状すら飲み込んでいるところに官僚的な美しさすら感じる。
「七つの大罪といったところかね」
そこまで煽られたら誰だって燃える。俺だって燃える。
軽口。それにすら口を挟まない軍師陣。断を下すのは俺の役割。そうだ。戦争を始めるのは俺の役割。そしてメインシナリオの核を口に出す。こういうのは言ったもん勝ちなんだよ。
「我が率いるは五虎将軍。その五軍を以って討伐する。右将軍は白蓮。前将軍に猪々子。後将軍に斗詩。中将軍に星。そして左将軍が俺だ。留守は七乃だ。任せる。
そして稟は全軍統括。風は俺の傍にて助言を」
そう。そして、だ。かの天の御使いたる北郷一刀。彼が持っているアドバンテージ。それが如何に無力であるかを思い知らせてやろう。ヒントはあったはずなんだけどね。ここでネタばらしをしてやろう。
「おやおや。それでは全軍の責任者たる二郎さん。貴方の地位、称号はどうするのですか~?」
にこやかに聞いてくるメイン軍師たる風に応える。
「おうよ。北伐。その軍を統括するこの身紀霊。全身全霊をもって夷狄をうち滅ぼすべし」
その称号。すなわち。
征夷大将軍、である。