炎(ほむら)立つ
その報せはある晴れた日の昼下がりに届いた。
「母流龍九商会の使い……?なんだろう」
「知らんがな」
どう思う?って言われても俺にも見当がつくはずもない。
それに本来、母流龍九商会からの使いがこの場に来ることが出来るはずもないのだ。なんとなれば、だ。
太尉たる白蓮と司徒たる俺。三公の二人が歓談している最中に注進あるなぞありえん。
それはつまり、非常の時ということなのだろう。
「いや、すいやせんね。雲の上のお人のご歓談の邪魔をするつもりはなかったんですがねぇ」
にひ、と笑いながら通されたのは小汚い、隻腕の男。
いや、こいつは見覚えがある。入隊間もない紀家軍で俺と陳蘭の世話を焼いてくれた……。
「この書状を、ね。昔馴染みに届けてほしいって言われたんでさ。そいじゃ、そういうことで」
淀みない動きでその場を去る。何か言おうと思ったんだけど、何も思いつかなかった。
まあ、それはともかくだ。
「んで、どったの?」
軽く白蓮に尋ねた。が、だ。その顔を青褪めさせて。
「おい!」
ただ事ではないと声を荒げると無言で書を寄越してくれる。
ん、これは――。
「この書面を見ているということは私の命はないものと思っていただきたい」
そんな物騒な言葉で始まるそれ。韓浩からの書状。
それは正に韓浩の遺書と言っていい物であった。
まとめると二点。この書面が目に入る時は自分は生きてはいないだろうと言うこと。そして、それは劉備の暴走を留められなかった時であろうということ。
看過できぬそれを止められなかったことを淡々と詫びるその文面は。
そうだ。いかにもあの鉄面皮で真面目で冗談が通じなくて俺より古参で軍務に精通していて姐さんのお気に入りで雷薄とも仲が良くて古馴染みの幹部の生き残りで魯粛と並んで洗濯板で。
「おい、おい。これはないだろう。冗談にしてもタチが悪いぜ……」
思わずそんなことを言ってしまう。
「そ、そうだよな?悪い冗談だよな?なあ、二郎、そうだよな。
韓浩にしてはがんばったんじゃあないか?これは盛大に笑ってやらんといかんと思う、よ?」
ぬるく、笑い合おうとしていた俺たちに急報が。
曰く。
韓浩、乱心、自害。穴を埋めるべく劉備が州牧代になる旨承認の書面。
「嘘、だろ……?」
茫然自失と言っていい。それも致し方ないと思う。俺だって詠ちゃんの死には平静でいられなかったもの。未だにたちなおってはいないもの。
だから、目を真っ赤に泣き腫らして俺の前で頭を下げる白蓮は凄いと思う。
「二郎、済まない!ほんとうに、すまない!二郎の信頼を無にしてしまった。
でも、だ。未だに桃香が、って思う。何かの間違いじゃないかって思う。
だから、だと思う。韓浩が自害したのはそんな私に喝を入れるためなんだろうって」
「だって、あいつが、韓浩が自害なんてするはずないだろう!それくらい私にだって分かる!
――だから、けじめは私がつける。つけさせてくれ」
「これは白蓮の部下の劉備の暴走で、それを止められなかった韓浩も、うちの部下じゃないのさ。それは分かってる。
……俺が手を出すのも口を出すのも専横というもので、そんなことはするべきじゃあないのは道理というものさ。
……だが断る」
そう。あの劉備陣営相手なんだ。白蓮には悪いが全力でいく。全俺でいく。
「俺が出る。彼奴らの描く理想。その幻想を……まずはぶち殺す」
俺なりの宣戦布告である。
次章、北伐編。




