女三人寄れば姦しい、況んや恋話をや
「いやあ、やっぱり凪の作る料理は美味いわ」
しみじみと李典が口にした台詞。それに全力で于禁が同意する。
「ほんとなのー。ますます腕に磨きがかかってる感じなのー」
赤くないし、辛くないもの。と于禁は内心で呟く。いや、それを除いても腕に磨きがかかっているというのは嘘ではない。
「そ、そんなことはない。まだまだだ、と自覚している」
楽進の言葉は謙遜ではない。まあ、比較対象が典韋であることを考えると比較基準がおかしいのだが。
とはいえ、年少とは言え料理の腕も、武も典韋に一歩どころではない差をつけられていると楽進は思っている。
前者はやはり専門の料理店である程度修行し、下地が違うと言える。後者については完全に肉体的な性能の差ではある。だが、どちらにおいても現時点の話であり、日々研鑽を惜しまぬ楽進の未来は明るいであろう。それにどちらも既に常人の域を凌駕しているのだ。
そして、料理については。
「どっちもすごく美味しいよ?あとはまあ、業務用と家庭用の違いかな?」
と某青年は論評している。そう評された二人はそれぞれに奮起したものだが。
「にしても真桜、最近ますます忙しそうだな」
「せやねん。最近な、いよいよ兵装が一新されそうでな?その内容で侃侃諤諤なんよー。鎖帷子か板金鎧かで揉めとってなー」
李典の漏らした言葉に楽進が柳眉を逆立てる。
「おい、それは機密じゃないのか!?」
それに李典はひらひらと手を振る。
「かまへん、かまへん。二人ともそんなん漏らせへんやろし、漏れても困らんしな」
「そうなの?次期兵装の内容なんて結構な利権の塊だと思うのー」
その言に李典は苦笑する。
「どっちもなー。
母流龍九商会の工房以外に作れんのや」
無論、一点ものであれば話は別である。が、数万に及ぶ兵卒に供給しようとなれば。
「なんとも、まあ。流石は真桜、といったところか?」
楽進は嘆息する。そう言えば昔から李典の技術――という言葉では表現できない――は自分たちを大きく助けてくれたものである。
「ちゃうねん、ちゃうねん。そらな、うちかて母流龍九商会技術部部長としての矜持はあるし、それに相応しい腕も持っとると自負しとる」
だが、と李典は語る。
「技術開発っちゅうやつはな、革新的な閃きも必要やねんけどな、それだけやったらあかんねん。
ほんまに大事なんはな、地道にコツコツと続けて基礎を積み重ねることやねん。
それが一番大事やねん。
うち一人やったらほんまたいしたことはでけへん」
その言葉に楽進も于禁も大きく頷く。
「確かにそうなのー。沙和がいくら色々と意匠をこらしてもお針子さんがいなければ、それを縫えなければ意味はないのー」
意匠の革新的な発想で、于禁は母流龍九商会の服飾部で優遇されている。阿蘇阿蘇への掲載も多い。
だが、実際に型紙から縫製するのは、当然のことながら于禁ではないのだ。
「せやねん。金型一つ作るんでも、部品同士のすり合わせするんでもな。これがうち一人やったら……一生終わらんわ。
全身覆う板金鎧とかどんだけの部品いるねん!頭おかしいんちゃうか!ってな。」
ここで某青年の布石が活きる。
似非産業革命を目指した彼がもたらしたものは標準化、規格化、細分化による、未来における大量生産を可能としたオーパーツ(場違いな工芸品)ならぬ【場違いな工芸】であった。一つの製品の工程を分解し、それ専門の工員を育成するという未来の発想。
無論、当初は「安かろう、悪かろう」だった製品も、だ。数年も経てば工員の習熟度でそれなりの品質になる。そう、工程が10あって習熟に20年かかるならば10の専門工員に任せれば2年で熟練工員の出来上がりだ。極論ではあるが。
……無論それほど単純なものではないが、規模は力である。そんな感じで母流龍九商会はこの時代ではありえないほどの生産効率を実現している。
そこいらへんについては帳簿と戦いながら人員の質、量の平均化。いや、その人物がいなければここまではならなかった。一言で言うならば。
「張紘、パねェ」
まあ、そういうことである。
無論、現場を叱咤激励し、二徹三徹当たり前で陣頭指揮に当たっていた李典の功績も大きい。身を削るそれは自分の探究心もあるだろう。だが。
「ほんなこと言ってもな、二郎はんのためやもん」
その言葉に于禁は驚愕する。これが、あの李典の言であろうか、と。
「そらな、好き勝手に研究できるのは嬉しいし、楽しいで?でもな。やっぱ嬉しいのんは、うちらの考えた製品を、な?皆が使ってくれてたら、な?
それってとっても素敵なことやん?」
使われてナンボ。かつては諦めていたその思い。
そして舞い戻るのは。
「まあ、それもこれも二郎はんのおかげやねんけどな」
李典はこの上なく理解している。彼の援助がなければ、細々と一点ものの自己満足の品を作るしかなかったであろうことを。
「そうだな。真桜の言うことはすごく分かる。私も、自分が考えた食材の組み合わせ。それが軍の献立に採用された時は本当にうれしかった」
大人数……軍規模の料理は典韋の独壇場である。彼女はその腕前もさることながら、紀家軍秘伝の調理法を会得しているというのも大きい。
だが、いや、だからこそ。そこに一つでも足跡を残すことが出来た時、楽進は感涙にむせび泣いたものだ。これで意外と楽進は負けず嫌いなのだ。いや、向上心があると言った方がいいかもしれない。
ちなみに某青年にはない――と主張している――ものである。
「何より、二郎様の為になると確信できたからな!」
ドヤ顔の楽進に于禁は内心苦笑する。だって彼女は今現在彼氏募集中なのだからして。
「凪はほんまがんばっとったもんなあ。料理屋借り切っての味覚調査とか普通自腹でやらへんで?
いやあ、愛やね、愛!」
「そ、そこまでするの?!」
応えるのは顔を真っ赤に染め上げた楽進である。
「そ、その、だ。なんだ。そう。少しでも、二郎様の負担が減れば、と思って、だ。
いやほら、戦陣での食事は不味いというのが相場だろう?そしたら、二郎様の軍。そこのご飯が美味しかったら、少しでも士気が上がるかな、って思って、だ。
無論、典韋殿がいるから最低限の味は保障されているけれども、それでも私も、だ」
「真桜ちゃん、沙和げっぷがでそうなのー」
苦笑する李典。尚も語る楽進。于禁は思う。ああ、これが恋の力かと。そういったこととは縁遠かった二人がこうまで、と。そしてその思いは自らに。
「まあな、ほんま二郎はんは罪な男やで。なあ、凪?」
「い、いや。私は、だ。私のような武骨者が果たして二郎様に相応しいか。
それでも、お傍にいたい。そう思うのは罪なのだろうか……」
深刻そうな楽進の様子に于禁はちょっと待て、と声を荒げる。
「凪ちゃん!待ってほしいの!
二郎さんなんて優良物件を掴んどいてその弱音は万死に値するの!家格よし!人格よし!
そこにきて凪ちゃんへの寵愛よし!これ以上何を望むのかと問いたいの!」
荒ぶる于禁の言の葉に、楽進は圧倒されて目を白黒させている。
「凪ちゃんの言うことはいちいち贅沢なの。だっていつもの凪ちゃんなら自分を研鑽する方に思考が向くはずでしょ?
それがこんなに!そんなに!」
言い募るうちに于禁は思う。これでは。
ふと、黙り込んだ于禁を見て李典が茶化す。
「なんや、沙和。えらい熱心やなあ。
さては二郎はんに懸想しとるんとちゃうか?」
「違うもん!
……でも、沙和にも縁談みたいのもあるけど、比べちゃうもん。
二郎様と比べちゃうもん。だって、それは仕方ないでしょ!
仕方ないじゃない!凪ちゃんも、真桜ちゃんも幸せそうでさ!
置いてかれた沙和は羨ましいな、って思うしかないじゃないの!
持ち掛けられる縁談!相手を比べるのが二郎様で!だったら頷けないって当たり前でしょ!」
びすびす、と泣き出した于禁をよしよしと抱きかかえながら李典は楽進に目線を送る。
「真桜、そこからは私が。
沙和。二郎様はその、なんだ。素晴らしいお方だ。だったら、その身を、心を委ねないか?」
おずおず、といった楽進の言葉に李典がかぶせる。
「正直、沙和はしっかりしてるようでアレやからな。ええ加減な男に引っ掛かるくらいなら、と思うんやよ。
あれでええ加減ちゃうよ?きちんと、その……可愛がってくれるんよ。
せやない!せやなくて!」
くすり、と于禁は笑う。艶やかに。
「もう、真桜ちゃんと凪ちゃんがいつもそんなに言ってるから、他の人なんて眼中になくなるのは当然なの」
于禁が頷く前に李典は笑う。
「いや、助かったわ。沙和、ほんま助かったかもしれん。うちと凪の二人やったら連戦連敗やったからな!
うちら三羽烏の連携あらば、一矢報いてお釣りがくるやろうて……」
なお、なお、二段構えは完封されていたが、三位一体については効果抜群であった模様である。




