火酒
さて、反董卓連合。その一連の軍事行動を経て袁家内で最も声望が高まったのは郭嘉である。当主たる袁紹を補佐し、最上の戦果を挙げたのだからして。
本来……と言うかその役割には沮授が充てられるというのが大方の予想であった。
袁家を牛耳る立場にある紀霊の義兄弟。そして「あの」不敗の田豊の秘蔵っ子なのだ。当然参軍するのは沮授であろうと思われていたのだ。
だが参軍したのは郭嘉。
いや、北方――匈奴への備えを考えれば沮授が南皮にあって備えるというのは実に妥当ではあったのだが、それは後知恵というものである。
「まあ、ねーちゃんと師匠の相手を稟ちゃんさんにさせるのも酷だろうよ」
どこぞの自称凡人の言である。
そんな事情もあったのかもしれない。
ともかく、郭嘉は見事にやり遂げてみせたのだ。もっとも、彼女は諸侯軍の誅滅が果たせなかったことが若干心残りだったようであるが。
そして、その郭嘉は現在、親友たちと歓談していた。
「しかし、まさか稟がなあ。よくぞまあ、鼻血を吹かなかったものだ」
趙雲は感慨深げに頷く。いや、実際心配していたのだ。いざ、ことに及ぶ段において、だ。
「そですねー。少なくとも二郎さんは血の海の中で欲情するような性癖はないようですし~」
程立もその通り、とばかりに頷く。
「ふ、二人とも!私をなんだと思っているのですか!」
さしもの郭嘉も声を荒げる。が。
「などと説得力に欠けることを言っており」
「稟ちゃんは可愛いですね~」
その無垢なる怒りはどこにも届かず、いいようにからかわれていた。
ひとしきりそのようなやりとりを終えた後。
「……で、実際、よくもまあ乗り切ったものだと思うのだが」
興味津々といった風に趙雲が尋ねる。
む、と口ごもる郭嘉。そして、ぽつり、と。
「その、二郎殿が、ですね。
あまりに痛々しくて。その、なんとかお慰めしたいと。その一心でしたので……」
見ていられなかった、と漏らす郭嘉を流石に茶化すことは出来ない。
なんとなれば、彼の傷心については彼女らにしても、心を揺らしていたのだからして。
「ですから、その。
あまり、常のようにその行為を……あ、あの。あのような行為。
はしたなくも甘美でそれでいて苦痛すら悦びに変換されるそのような行為。荒々しくも優しい二郎殿。
そして……!」
ぷぴ。
破裂音、一つ。
「はいはいー。稟ちゃん、とんとんしましょうねー。とんとーん」
吹き出す鮮血に驚くこともなく対応する二人。
「うう、すみません……」
「それは言わない約束でしょう~」
その様子にけらけらと趙雲は笑う。
いや、いつもどおりだな、と。そして三人揃って袁家に仕えることができてよかったと心底思う。
知り合い同士で殺しあうというのはまあ、端的に言って好みではないからして。
ありえた未来ではあったのだ。幸運にもそうはならなかったが。
「しかしなんだな。これから先はどうするのだ。主を好きすぎて思考が焼きつく状況なぞ中々なかろう」
む、と郭嘉は唸る。確かにそうだ。勢い――と断じるのは甚だ不本意ではあるが――で身体を重ねたことはいい。望んでいたことだから。だが、そのような突発的な場合なぞこれから幾度あるのだろうか。
まったくもって厄介な体質である。
「そこはですね。風に腹案があるのですよ~」
くふ、と含み笑いをする程立。
「ほほう。長年の懸案事項であった稟の特殊体質が解決されるというのか」
感嘆する趙雲。その声に邪気がないから郭嘉は文句も言えない。
「……星の言い様はあまりといえばあまりですが、風。どういうことでしょうか」
くふふ、と笑みを漏らし。びし、と指を郭嘉に突き付ける。
「謎は大体解けたのですよ。結局稟ちゃんはあれこれ考えすぎなのですね~。
稟ちゃんはとってもお利口さんだからこその不思議体質と申しましょうか~」
「つまり、どういうことなのだ?」
問う趙雲の言葉ににまり、と程立は笑う。
「あれやこれやを考えることのできる状態になければいいのですよ~」
「そうは言いますが、具体的には?」
郭嘉の問いに、くふ、と笑う。
「思考能力を奪う魔法の薬があります~」
程立がじゃじゃーんとばかりに取り出したのは……。
「酒瓶を取り出して、何を言うのですか!」
「おお、見事な突っ込みなのですよ」
程立が取り出したのは酒瓶。それも火酒、だ。袁家内で幾度も試作を重ね、そのまま飲むと、喉を焼くようなそれはまさに火酒。つまり蒸留酒、という奴である。
それを見て趙雲がなるほど、と頷く。
「ああ、なるほどな。酔っぱらってしまえばあれこれ妄想する余裕もなくなるということか」
「流石は星ちゃん。その通りなのですよ~」
「ちょっと待ってください色々おかしいしひどくはありませんか?」
とは言うものの、他に妙案なぞなく。
「……釈然としません」
だが、普段は冷静沈着の鉄壁で殊色事なぞ話題すら許してくれそうにない郭嘉が前後不覚になり、それをお持ち帰りしつつ美味しくいただいてしまうという極めて限定された睦言の合図。
――大好評であったようである。
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