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黒山賊討伐

 黒山賊は常山に本拠を置く武装集団である。その軍事動員数は数万に達するとも言われている。通常は私兵集団として辺境の街道の安全保障をしたりしている。あのあたりを通る時は奴らに金を払って安全を買うわけだ。払わない奴には見せしめ的な制裁があったりする。

 まあヤクザがPMCとか傭兵団やってるみたいな感じであるな。特に袁家と対立することもなかったんだが、最近はちょっと関係が怪しいそうな。張紘の情報網ではどうも洛陽方面からけしかけられているとのことだ。袁家の勢力を殺ぎにきているというのは本当らしい。

 今回袁家領内で暴れているのは極少数、ほんの数十名程度だ。通常ならそこらへんに常駐している兵力で対応できる範疇なんだが。


「ったく、厄介この上ない」

「ほんまなー、ありえへんやろ、内部から情報が漏れるとか」

「外患誘致とかぶっ殺すべきっすね」


 袁家の冷や飯食らいどもが何をトチ狂ったのかやらかしてくれている。警備隊の動きをリークすることで、賊が自由に領内を食い荒らしてやがるのだ。少数の兵力ということもあり、なかなか捕捉も難しい。

 そこで腰を上げたのが紀家だ。とーちゃんのお仕事のおかげもあり、元々各地の治安組織との関係もいい。更に袁家内では比較的自由な裁量で動ける遊撃軍という位置づけも後押しした。梁剛隊の兵力は百余名。それに母流龍九商会の私兵が百名ほど動いている。

 賊の広域捜索も想定されているので、彼奴等のおよそ十倍以上の動員となっている。


「サクッと片付けんとな」

「ええ、誰に喧嘩売ったのか思い知らせてやりましょう」

「気合を入れるんはええけど、入れ込みすぎるとあかんでー」

「へいへい、おれはしょうきにもどりましたよ、と」

「あかんやん」


 姐さんに軽く小突かれながらも粛々と進軍する。つい最近被害を受けた村落が目的地だ。そこを仮の根拠地とし、賊を捕捉し殲滅する。そして内外の敵に警告を発するのだ。

 喧嘩を売る相手に。次は、お前だぞ、と。何せ武家というのは舐められたらいかんのである。


 到着した村はまあ、控えめに言ってひどい有様だった。家は焼かれ、財貨は奪われている。陰鬱になる俺達を出迎えた村長は涙ながらに謝辞と、被害と、税の軽減を訴えてきた。確かに、この村から例年通りの税を取ると流民になりかねん。

 というか、他の村落もここまでひどいのだろうか。低金利で母流龍九商店に融資を検討させよう。そう考えつつ、言葉を交わす。どうやら賊は二十人程度で、この村を襲った後に北に移動したそうだ。事前情報通りである。しかし、この有様では、ここを根拠地にするのは困難と言わざるをえない。


「あかんなあ。ここは使い物にならんわ。移動するで」

「そっすね。泊まろうにも屋根のある建物もほとんどないっすもんねえ」

「せや。むしろ村に負担になるわ。・・・それにうちらは復興の手助けに来たんとちゃうんやし」


 そう、あくまで賊の殲滅がお役目。それ以外は埒外である。思う所がないではないが。


「本末を転等させるわけにはいかねっすもんね」

「そういうこっちゃ。残念ながら野営が続くで」

「問題ないっしょ。姐さん肝入りの訓練。天幕も張らずの一ヶ月自給自足よりは全然マシっすわ」

「ならええ、ここの援助は後続に任せて野営地を選定するで」

「ういういー、雷薄を先行させますね」


 そうして、俺達は村を後にする。村長がちょっと物言いたげだったのはこのまま見捨てるように見えたからだろうか。だが、他の村落の被害を考えるとそこまでのフォローはできん。兵は神速を尊ぶのである。

 そして、雷薄が見つけた野営地は近場に水場もあり、理想的な平地だった。流石は雷薄。歴戦オブ歴戦。人相が悪いのが玉に疵ではあるがね。いや、戦場ではプラス要因なんよ?威圧スキル持ち確定のいかつい形相であるのだ。

 

「若、そりゃあひでえですよ」

「あれ、口に出てたか」

「そりゃもう、ばっちりと」


 隊の皆が笑う。よし、流石梁剛姐さんの直卒。士気にも問題はない。天幕を張り、仮の根拠地設営を進める。明日からは賊の追跡と索敵だ。実に地味だが、段取り八割ってね。





 軍を見送った長の顔がぐにゃり、と歪む。


「これで、よろしいのか」

「ええ、そうよ。なかなか見事なお芝居でしたわ」

「これで、孫は・・・」

「ええ、傷一つ付けずにお返しするわ。それとこれが焼いちゃった建物の代価ね。

 これだけあれば十分でしょう?」


 女がじゃらり、と重量感のある袋を差し出す。くすくす、と愉快そうに笑う。


「ええ、ご苦労様だったわね。それじゃあ、もう会うことはないでしょうし、失礼するわね」


 無言で女を見送る。年老いて皺の刻まれたその顔は、内心の苦悶に歪んだままであった。





 野営地の設置は滞りなく行われた。今日はこのまま休息を取り、明日から本格的に索敵業務開始である。これまでの傾向から、賊は居場所を転々としながら村落を襲っている。その動きはかなりランダムで読みにくい。

 よって隊を四つに分ける。俺、雷薄、韓浩が三十ずつ兵を率い、北、東、西を索敵する。賊を発見し次第本陣に連絡。現場の判断で撤収、あるいは威力偵察。もしくは殲滅を行う。母流龍九商会の私兵については合流し次第編成しなおす感じかなー。機動力ではやはり騎兵を中心とした紀家軍に一日以上の長がある。まあ、別運用でもいいしな。合流するまでに片付ければいいだけの話ではある。


「うっし、やってやるぜ!」

「おお、若が珍しくやる気だ!明日は雨ですな!」

「ちょっと待ってみようか。誰が雨乞いの達人だ!」


 げらげらと俺と雷薄のやりとりに皆が笑う。


「ほら、アホなこと言ってへんで、さっさと手伝う!」


 姐さんの声で皆がきびきびと動き出す。実にごもっともである。やはり引退とかありえんよな。姐さん指揮下の戦場料理に舌鼓を打ちながらそんなことを考えていた。




 梁剛は出撃する部下を見送るとすぐに食事の支度に取り掛かる。タダでさえ野営は過酷。屋根の下で眠れることを期待していた皆には申し訳ない気持ちでいっぱいである。だから、せめてご飯くらい美味しいものを食べさせてやろう、と気合いを入れる。

 ・・・梁剛は元々軍人になど縁はなかった。輜重に物資を納入する立場であったのだ。それがいつのまにやらごらんの有様である。まあ、それを愚痴っても仕方ない。正直人を率いて戦うより、手料理で士気を鼓舞する方が性に合っている。

 今でも自分がなんでこんな地位にいるのか、戸惑いがある。戦にいい思い出なんかあるはずないのではあるし。それでもまあ、自分の職責を果たしているうちにこういうことになった。紀家軍のトップたる幹部を預かるとか、非常時のみの扱いかと思ったら戦後平時でもその職責は維持されてしまったのである。

 だが、それももうすぐ終わりである。ようやく、紀家軍のトップの座を譲ることができる。そして夢であった自分の店を持てるのだ。それに、だ。子供を産んでやろうと思う男に会えた。まさか、と自分でも思うのだがどうにもベタ惚れである。


「二郎」


 なんとなく名前を呟いてしまう。初めは生意気なガキかなと思った。だが、その立ち振る舞いを見るに、流石は紀家の跡継ぎよと感嘆するようになった。支えてやらなければ、と自然に思う。情が湧く。気づけばご覧の有様だ。

 ――紀霊は色々と事業を手掛けている。そして成果を出している。しかし、危うさを感じる。これは幾多の戦場を潜り抜けた梁剛の直感であるから、根拠としては意味をなさないのではある。それでも、思った。どこか危うい、と。


 それも過去形で語るべきことであろう。自分と一夜を共にしてからの紀霊は地に足をつけることを覚えたようである。一歩一歩、踏み出したその立ち位置を大切にしてくれている。


「ほんまええ男になったわ」


 万感の思いを込めて呟く。そして、思う。自分が紀霊をそこまで魅力的に仕上げたというのは自惚れではない、と。だから、長生きしたいな、と思う。添い遂げられるわけではない。それでも、と思う梁剛の思索は断ち切られる。


「か、火事だー!」


 なるほど、敵襲。梁剛は理解する。つまりここが正念場。


「総員、戦闘態勢!舐めたらあかん!日没までには偵察に行った部隊が帰参するよって!それまで凌ぐんや!」


 応、と唱和する人員の質と量に梁剛は満足する。それが数名であっても、だ。


「死んでたまるかいな。うちは、こんなとこで死ぬわけにはいかんのや!」


 咆哮とともに迫る兵卒を切り捨てようとしたのだが、届かない。


「くっ!」


 見れば右膝を矢が貫いている。なるほど、これでは満足な動きができない。それでも、できることはある。梁剛は数少ない部下に指示を飛ばす。一秒でも長く持ち応えるのだ。

 そう、持ちこたえたらば援軍がくるのだから。その双眸には確かに不屈の炎が宿っていた。


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