はおー来襲者 その弐
「はあ?」
思わず、それがどうしたと答えようとして自重しました。
二郎です。
二郎です。皆さまお久しぶりです。これまでも、これからも頑張っていこうと思っております。
それはそれとして、耳に入った情報から逃げたくて仕方ないのですが誰に回すこともできない案件であるのは確定的に明らかで結局俺が判断せんといかんということで頑張ろうと思います。
ぴえん。
「おや、聞こえておりませんでしたか?これは失礼いたしました。
ではもう一度ご報告いたしましょう。玉璽の所在が不明、とのことです」
淡々と稟ちゃんさんが繰り返す。
漢朝の権威を担保する玉璽。それがないとなれば結構な大ごとではある。あるのだ。稟ちゃんさんが、わざわざ俺に報告するほどには、だ。
なんとなれば、勅命を発するにも玉璽がないと話にならない。劉弁様の身柄を確保したアドバンテージが活かせない。
なので、困ったことである。
それはそれとして、現実見ると、こうなる。
「よく探せとしか言えないんだが」
そう言いつつも、これは見つからないんだろうなあと思う。多分どっかの井戸の奥に沈められてるんだろう。三国志的に考えて、三国志演義的に考えて。
そういやあったねそんなイベント。こうかはばつぐんだ。くそう。
「井戸の底を漁れとか言えないし、なあ……」
ぼそり、と呟く声を流石の稟ちゃんさんも聞いてはいないだろう。
つうか、洛陽に井戸が何個あると思うか!そんなんの調査とかやってられるかよ。
「まあ、ないなら仕方ないさね。ない物は造るしかないだろうよ」
いいさ、と俺は思いきる。
「散逸したと断じるしかないだろう。目端の利いた宦官かなんかが持ち逃げでもしたんだろうさ。
とは言え、その発見を待ってたら国が動かん。発見者には厚く報いるとしよう」
それでいいか、と視線で問うと稟ちゃんさんは深く頷く。
「せっかく治まったんだ。洛陽の平穏を乱すような要因は潰しておこう」
風が上手くやってくれたのだ。これには感謝感激の十六連射である。雨霰である。
外部から軍が進駐するのだからして相応に混乱やら反発やらがあると想定していたのだが、そのようなものは全くと言っていいほどになかった。
まあ、袁家にたてつく愚昧は、これまでの経緯でつぶされているはずだしね。
やったぜ。
なにも伊達や見栄で大兵力を動員したのではない。
俺は、本気で袁家単独で董家軍と、そして諸侯軍と遣り合うつもりだったのだ。
それだけの軍勢を動員した。無論それは抑止力を第一としていたのではあるが。それでもやるべきことはやった。と思う。
万が一にも逆らうアホな勢力がいたならば全力で、無慈悲なまでに叩き潰すはずであった。
それを見た諸侯が逆らう気を失くすくらいに苛烈に攻めたてる目論見であったのだ。
それが穏便に済んで、誰より安堵しているのだ。きっとね。
人死には、嫌だもの、な。
そんな俺に、とある申し出がもたらされる。
誰あろう白蓮からの、だ。
「北郷一刀が、会いたいらしい。なんとかならないか?」
俺は別にというか、会いたくないんだよ。
結構、本気で、だ。
「なんだよ、こっちはそれどころじゃないってのに」
つい、愚痴が零れる。なにせあれだ。新政権の一角を担うはずだった皇甫嵩と劉協という二大巨頭がいずれも死体で見つかったのだ。大混乱である。主に俺が。
七乃がなんか暗躍したのかとも思ったのだが鼻で笑われてしまった。
まあ、七乃がやる時は俺に隠し事はしないはずだしなあ。
ああ、どうせ禁裏になだれ込んだ俺の所業ってことになっちゃうんだろうなあ。積み上げた名声が台無しである。
よかった、星がいてくれて。偶像的な英雄たる怨将軍はこれにてお役御免にするとしよう。
それはそうとしてどうしたものか。白蓮からのお願いとあらば無下にできないのではあるが気が進まないなあ。
つうか用件は何だっつの。それくらいは伝えろよとか色々と悶々としている俺でありました。そんな俺にまた厄介な報せがもたらされる。
「曹操殿がおいでとのことです」
げえ!華琳!
ジャーンジャーンと響き渡る銅鑼の音は幻聴である。多分。
「お忙しいようなら結構とのことですが……」
わざわざ出向いてきた華琳を追い返すとかどんな死亡フラグだよ!
「構わんさ。通してくれ」
気は進まないんだけどね。進まないんだけどね。ほんと。ほんと。ほんとに。
いや、ほんとに。
◆◆◆
「あら、二郎。私と会うのがそんなに嫌だったのかしら。ひどい顔をしてるわよ?」
「うっせえ、地顔だよ。ほっとけ」
け、と吐き捨てる俺にくすり、と華琳が笑う。
「珍しく荒れてるみたいね。ほんと珍しい。
でもね。私も荒れてるのよ?
二郎。
二郎、やってくれたわね」
にこり、と笑うその華琳が纏うオーラに俺のやさぐれてた気分は一気に霧消する。いっそ可視化したらいいのに。覇王の波動とかみたいな。
そう思うほどに何か禍々しいほどに練り上げられた覇気を背負い、華琳はその艶やかな唇を再び開く。
「やってくれたわね。何を、なんて言わないわよ。
ええ、今更何のことだなんて言わないわよね?」
ゴゴゴ、と背に太字の効果音を背負いながらの華琳のお言葉に思わず俺はへへー、となりそうになる。流石のカリスマである。威圧感半端ないね。
あれですよね。あれです。うん。宦官誅滅したことだよね。華琳の地盤となるはずだった宦官をぶち殺したことだよね。いや、怒るだろうなあとは思っていたけれどもいざ華琳を目の前にすると逃げ出したくなるなあ。
とはいえ、だ。
「分かってるさ。分かってるとも。
華琳」
はあ、とため息を一つ。
「だが、宦官については謝らんぜ」
何度同じ状況があっても俺は同じことを繰り返すだろう。宦官を決して許すことはないだろう。
「そのことを以って、不満はあるだろうさ。だがな」
それによって袁家に仇なすならば。全身全霊で叩き潰す。そう、今ならば圧倒的な力でもって叩き潰すことが出来る。例え華琳と言えども、だ。戦いは数なのだよ。
尚も言い募ろうとする俺の機先を制して華琳は鋭く切り込む。
「そういうことじゃないのよ。分かってないの?それとも分かってて、それで言ってるのかしら」
おファッ?
「……何がだ」
「一方的に私の権力の、飛躍の基盤になるはずだった宦官勢力を誅滅したわね?つまりそれは私と敵対するということでしょう?少なくとも世間はそう思うわね」
それで、と。言うが俺は割と混乱している。
効果が抜群だと思ったのは後日のこと。
「本気で私と敵対しようというのかしら?」
まさかね、とあくまで上から目線の華琳。どうやら宦官誅滅そのものについては不問にするということのようで。
まあ、あれだ。懐柔するなら受けてやらんこともない、ということだろう。実利を重視する華琳らしいことである。手土産次第ではあるのだろうけども。
やれやれ、困ったものだ。などと親友兼義兄弟の口癖を思い浮かべながら口を開く。
はいはい、そりゃもう準備してますよっと。
「司空の座を用意している」
三公。漢朝においての最重要な地位。こともあろうに売官のために空白であった地位でもある。そして麗羽様の英断で袁家がそれを購おうとした地位でもある。
司空とは法を司る地位。法家たる華琳には相応しいだろう。
「へえ……」
んでもって、色々と五月蠅い儒家――腐儒者とも言う――の相手をさせるということでもある。無論華琳はそれを察したであろう。
「いらんか?」
「まさか」
即答。
法を司るということは、様々な案件においてその法的判断をするという地位。これがどんなに重大な権限か。それが分からないわけがない。当然その地位を蹴るなぞないわな。
「でもね」
にこり、と。
「足りないわ」
え?
まじか。まじっすか。この答えはさすがに予想外。
「ええ。散々虚仮にされたのですものね。二郎は忘れているのかしら。貴方達が無事洛陽を脱出できたのも私のおかげでしょう?だのに二郎ってば隙あらば私を殺しに来るんだもの」
ちょっとひどいのではなくって?
そう目線だけで問うてくる華琳に何を言えばいいのだろう。んなこと言ったってお前、あれかなーりギリギリのタイミングだったぞ。
あわよくば、と仕掛けた仕掛けさえもな!
見事逆手にとってくれた。今や孫家に続く勢いのお手柄だ。なにせ不穏な動きを見せる諸侯軍を大人しくしやがったからな!さしもの稟ちゃんさんも悔しそうにしてたっけか。
まあ、春蘭がすごかっただけのお話である。
春蘭なら仕方ない。
「そう言えば、董家軍はどうなるのかしら。まさかに全軍誅滅なんてことはしないでしょう?」
軽やかに言葉を続ける。
「潔く降伏したものね。あれらも誅滅するのかしら?宦官みたいに」
きり、と心が軋む。
ぐ、と歯を食いしばる。
「んなことはしねえよ」
そんなことをしたら、だ。
自暴自棄になった恋一人でえらい被害が出るわ。
あれと遣り合うとかマジ勘弁願いたい。それに。
詠ちゃんとも約束したから、な。
「そうね。袁術殿入内。恩赦により董卓と賈駆の死罪でもって幕を引くというところかしら」
お察しの通りだ。そうなる。そうするしかない。
「哀れ董卓も賈駆も。
とことん利用されつくされる、というわけね」
そうだよ。
それでも。それでも、だ。董家の将兵を助命するにはこれしかない。詠ちゃんのあの泣き笑いの表情がまた俺を苛む。
それくらいは、したい。それくらいに、したい。
などとおセンチな俺なんて華琳は考慮するわけなかった。
「じゃあ、張遼を頂戴」
「なにい!」
「何よ。どうせ放逐するんでしょうが。だったら引く手数多よ。彼女には既に唾付けてるんだから。それくらいは骨を折りなさいな」
いや、確かに官職には留めておけないけどさあ。先を読み過ぎだろ。
ん?
「恋はいいのん?」
俺の好奇心からの問いなのだが。
は、と華琳は一笑する。
「いい?二郎。私はね。将帥が欲しいの。獣が欲しいわけではないのよ」
「お、おう」
果たしてこれが本音なのか、恋を手中に収めることに対しての各方面からの警戒を気にしたのかは俺には分からない。
ただまあ、勢いに押されたわけでもないのだが。放逐された張遼の進路については俺は口を挟まないことを確約させられた。
あれ。これって華琳のボロ勝ちじゃね?
これは。
七乃とか稟ちゃんさんとかメイン軍師にお説教受けるのかなあ。
というか、疲れた。華琳のマジ気迫とサシで向かい合うとかマジ勘弁願いたい。だって役者が違うし。
だから。
俺が申し込まれた面会に条件をつけるのも当たり前田のクラッカーってなもんである。
きっとね。
俺が北郷一刀からの申し出に付けた条件はただ一つ。
関羽のみ、目通りを許すというものである。
べ、別にあわよくばスカウトして華琳にお届けしてご機嫌をとろうとかこれぽっちも思ってないんだからね!
まだ、はおー。
 




