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未来予想図

 早朝、いや、まだ払暁であろう時刻に姐さんは起床する。同衾している俺を起こさないようにそっと起き上がるのであるが、常在戦場を叩きこまれているのであるからして。


「ああ、起こしてもうたか。寝ててかまへんで」

「そっすか。じゃあ、お言葉に甘えようかな・・・」


 とは言うものの、一つ大きく伸びをしてから意識を覚醒させる。これから朝の鍛錬をするのだ。柔軟、走り込み、立木打ち。そしてクールダウン。日課となっているそれを姐さんは揶揄する。


「なんや、えらい元気やな。昨夜は手抜きやったんかな?」

「いやいやいやいや。あれ以上やってたら姐さんの旨い朝ごはんにありつけないだろうなあと思ってのことですよ」

「飢えたケダモノめ。うちをあんだけ鳴かせといてまだ余裕があるんかいな」

「がおー」


 目を合わせて互いに笑い合う。最近、姐さんのとこに入りびたりである。いいじゃん。若いんだもん。青い山脈は狂った果実だということで、ひとつ。そりゃ障子から怒張が天元突破するというものである。


「塩と酢、どっちにする?」

「塩でー」

「はいな、と」


 汁物の味付けを器用に調整しながら鼻歌を歌う姐さん。あれだな、幸せってのはこういうことなんだろうなあ。・・・しかし、裸エプロンか・・・。マンモスマンが火事場のクソ力であるが、自重自重。である。そんな姐さんが投げかけたのは驚愕の台詞であった。


「あんな、ウチ、今回の出兵が終わったら紀家軍を辞めよう思うねん」


 なん、だと・・・。人間、本当に驚いた時には声が出ないものだな、と思った。つか、マジで?


「なーに間抜けな顔しとんねん」

「いやだって、姐さんがいなくなったら隊はどうすんのさ」

「二郎。アンタがおるやん。

 ウチはむしろおらへん方がええんちゃう?」


 そんなことを言いやがりますよこの方は。


「俺じゃあ、まだまだまとめきれませんってば。雷薄とか韓浩とかを指先一つでこき使う姐さんってばすごいんですよ。っつーか、まだまだ色々学びたいですし・・・」


 愚痴、である。姐さんの決めたことを俺がどうこうできるわけがないのだ。そんな俺をぴしり、と鼻先を爪弾いて笑顔で姐さんが言う。


「教えられることはもう叩き込んだっちゅうねん。

 後は自分の身で学ぶこっちゃな。万全の戦場なんてあらへん。常在戦場にして臨機応変にすべし、や」


 にひひ、と悪戯っぽく笑う姐さんは小悪魔めいていて。チェシャ猫の笑いというのはこういうものだろうか、などと益体もないことを思う。


「はあ、分かりましたよ。で、辞めた後どうするんすか?」


 にんまり、と姐さんが今日一番いい顔で笑いかける。


「んとな。うち、ご飯屋さんやるつもりなんよ」


 なるほど、と納得する。姐さんは料理が上手い。むしろ絶品である。紀家軍の士気が高いのは姐さん由来の食糧事情に依るところが大きかった。そして姐さんは元々は軍人になるつもりもなかった。

 ・・・戦乱の中で生き残るためにあがいて今の地位にいる。それはそれで凄いんだが、本人にとっては不本意ということなんだろう。


「なら、寂しくないですね」

「お、ご贔屓にしてくれるん?」

「姐さんの料理が食べれるならむしろ紀家軍の皆が殺到するでしょうよ」

「はっはは、まあ当然やな。餌付けした甲斐があったっちゅうもんや」

「姐さんなら料理だけで勝負できるでしょうに」

「せやろか?でもまあ、二郎がそう言ってくれるならそうなんかもしらんな。うち、ちょっと自信出てきたわ。

 いやー、これでうちのお店も安泰やわー。紀家軍の総帥がご贔屓にしてくれるからなー。

 かー、きっと二郎はお客さん、ぎょうさん連れてきてくれるんやろなー」


 けらけら、と笑う姐さん。その声は明るくて、つまりずっと描いていた夢なんだろうなあというのが否応なく理解できる。だったら、どうせなら繁盛してほしい。飲食店は立地八割だ。そして姐さんに恥をかかせるわけにはいかない。だから最高の物件を手配しなければならん。俺の声掛けだけの集客なんて。

 と決意を新たにしていたのであるが。


「なあ、二郎?」

「なんすか?」

「丈夫な子供、産んだるさかいな」


 その言葉に絶句してしまう。色々と考えていた――妄想とも言う――俺の頭が真っ白になる。


「なんや、愛想ないなぁ。毎日あんだけしといてほったらかしかいな。

 まあ、ウチはそれでも別にかまへんけど、な」

「いや、そうじゃなくって!」


 けらけらと俺を見て笑う姐さん。ああもう、翻弄されてるのは自覚するけど可愛いなあ。


「やから、うちとこのお店。食材は安く卸してな?」

「・・・まあ、いいですけど。そこらへんは張紘が上手くやってくれると思いますよ」

「なに、拗ねてんのん?いや、二郎はそういうとこ、可愛いねんよなあ」


 ニヤニヤ、艶っぽい笑みで迫ってくる姐さん。近い。近いってば。


「・・・言葉にしないとわかんねーこともあるんすよ」


 大人気ない。我ながらそう思う。思うのだが、やっぱりこう、そこはストレートに言って欲しい。とも言えず。だってさ。そんなあっさり身を退くとか、伝手で優遇しろとかさ。いや、流石に姐さんが俺のバックボーン目当てで近づいたとは思わないけどさ。でも、こう、な。

 

「つまらん意地を張る。うちは恰好ええと思うよ。むしろ武家の棟梁やもん。それくらいでないとあかんわ。

 ほんま。二郎はええ男になったわ。

 うん。ええ男や」


 ほう、とため息交じりの声。そして決定的な言の葉が脳髄の奥底までをも揺らす。


「ほんま、な。二郎はええ男になったわ。うち、な。ほんまに惚れてもうたんよ。

 やから、うち、二郎の子供が欲しいんよ。せやから、鉄火場とはおさらばやねん。

 せやねん。こっぱずかしいんやけどな。うち、二郎がほんまに好きやねんよ・・・」


 その言葉に俺は耽溺した。籠絡された。いや、もともと惚れていたのを自覚しただけなのかもしれない。


「姐さん。俺だって、姐さんに惚れてるし、俺の子を産んでほしい」


 つまり、そういうことである。俺だって姐さんのこと、間違いなく好きなのである。惚れてるのである。うん、これは確かだ。

 自分の好き勝手な都合だけでなく、他人のために頑張る。それってすごく頑張れる。だから。これ見よがしに、にししとほくそ笑むのをなんとかしたいものである。いや、ほんとに。

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